「戦争」問う名作ミュージカル「ミス・サイゴン」、世界激動の渦中に再演

東京
エンタメ批評家・インタビュアー・ライター・MC
これだから演劇鑑賞はやめられない
阪 清和

※写真は、ミュージカル「ミス・サイゴン」2026~2027年公演に出演するキャスト陣=提供・東宝演劇部

世界中で紛争や戦争が頻発する社会情勢の真っただ中に、戦争の悲劇を問う名作ミュージカル「ミス・サイゴン」日本人キャスト版が今年2026年10月、再演される。1992年の日本初演から1569回にわたって上演されてきたこの作品は、米兵とベトナム女性の悲恋物語としてあまりにも有名だが、その裏にはアメリカという国の矛盾と戦争というものの欺瞞に満ちた現実を観客に気付かせる深い作品でもある。超ド級のスケールの舞台装置や、すべてが歌で表現されるミュージカルの王道として、「観るべきミュージカル」の一番手として挙げられることも多い。戦争が人類に及ばすものを突き付けてくる油断大敵な物語としても一級品だ。今こそ、この作品の世界に出合ってほしい。

ミュージカル「ミス・サイゴン」は1989年、プロデューサーのキャメロン・マッキントッシュが、「レ・ミゼラブル」の黄金コンビ、アラン・ブーブリルとクロード=ミッシェル・シェーンベルクとともにロンドンで初演。1991年には米国ブロードウェイで上演され、1992年には帝国劇場で日本初演が行われている。世界中で上演され、日本でも「レ・ミゼラブル」と並び、絶対的な人気を誇ってきた作品だ。

英国ではロンドン初演版の演出から2004年に新演出版に移行し、2012~2013年には、巨大な舞台機構が収容できない一般的な劇場での上演が可能になったことから、日本でも新演出版で全国ツアー。さらに新しく演出が加えられた2014年公演が世界最新演出版として全国6劇場で上演された。2016年にも再演されたが、2020年はコロナ禍のために全面的に中止。2022年にようやく再演された。

ストーリー自体はとてもシンプルで、ベトナム戦争末期、故郷の戦火で両親を殺され、放浪の末たどりついた南ベトナムのサイゴン(現ホーチミン)で、売春宿兼キャバレーの支配人のエンジニアに半ば強制的にスカウトされ、酒場の女になった無垢なベトナム人女性キムと駐留中の若き米兵クリスが、店で一夜を共にし、将来を誓い合うほど深い恋に落ちる。友人の助けで簡単な結婚式も挙げて、2人は米国での未来に夢を募らせる。

しかし、キムの故郷での許嫁(いいなずけ)で北ベトナムの戦士になっていたトゥイはキムとの結婚に執着し、不穏な影がちらつくことに。ベトナム戦争の情勢は中国など社会主義諸国の支援を受けた北ベトナムが圧倒的な優勢に立ち、サイゴンは陥落直前。極度の混乱の中で、キムは「(私は)米兵の妻よ」と叫ぶが、誰にも取り合ってもらえず、米国大使館からの脱出ヘリに乗ることはできなかった。

2人は決定的に離散した。

息子のタムと共にたくましく生きるキム。米国に戻ったクリスがエレンと結婚したことなど知らないままだった。新生ベトナム政府による洗脳教育に耐えたエンジニアは、ある指令を命じられる。出世していたトゥイは勝利を手にした今、あらためてキムを追っていた。悲劇は近付いていた。

4月末に行われた製作発表の会場は、抽選で選ばれた「オーディエンス」の前で歌唱披露するという緊張感と共に、先輩たちが築いてきた名作ミュージカルを自分たちが継承していくのだという気概に満ちたものになった。

今回は世代交代も鮮明。エンジニア役にはベテランの駒田一とダンサー出身の東山義久に加え、アイドルグループ「WEST.」のメンバー、桐山照史が参加。もともとアイドルには収まりきらないスケールの大きな個性を持つ表現者だけに期待は大。オリジナルプロダクションの制作陣によるオーディションでの合格が必須となる「ミス・サイゴン」に自ら挑戦の声を挙げてつかんだ出演となる。

クリス役には数々のミュージカルで主役級に抜擢されてきた甲斐翔真が初参加。クリスの友人ジョン役には日本の金本泰潤と韓国のチェ・ウヒョクが共に初参加。大学のゼミ発表で「ミス・サイゴン」についてプレゼンテーションした経験を持つ加藤梨里香はあこがれ続けた作品への初出演に興奮が隠せない。

クリスとの愛、タムへの愛、2つの無償の愛の中で苦悩するキム役は、初参加の清水美依紗とルミーナが経験者の屋比久知奈から子役との向き合い方や水分補給するタイミングなど細かすぎるアドバイスをもらうなど初々しい雰囲気だった。

そして何より新旧問わず多くのキャストから聞こえたのが「こんな世界情勢の中で上演する意味」という言葉。観客にとっても反戦を叫ぶ人から「しょせん悲恋ものじゃないか」「戦争なんだから仕方ない」と突き放す人まで、感じ方はすべての人で違うだろう。ただ、「自分ごと」として戦争を考えるためのきっかけになってほしいというのが、キャスト、クリエイター陣、取材している人たちの共通の思いだろう。

ミュージカル「ミス・サイゴン」は2026年10~11日に東京・渋谷の東急シアターオーブで、12月に大阪市の梅田芸術劇場メインホールと福岡市の福岡市民ホールで 大ホールで、2027年1月に静岡県浜松市のアクトシティ浜松 大ホールと札幌市の札幌文化芸術劇場 hitaruで上演される。

プロフィール
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阪 清和
共同通信社で記者として従事した31年間のうち約18年は文化部でエンタメ各分野を幅広く担当。2014年にエンタメ批評家・インタビュアー、ライター、エディターとして独立し、ウェブ・雑誌・週刊誌・パンフレット・ガイドブック・広告媒体・新聞・テレビ・ラジオなどで映画・演劇・ドラマ・音楽・漫画・アート・旅・食・メディア戦略・広報戦略に関する批評・インタビュー・ニュース・コラム・解説などを執筆中です。雑誌・新聞などの出版物でのコメンタリーや、ミュージカルなどエンタメ全般に関するテレビなどでのコメント出演、パンフ編集、大手メディアの番組データベース構築支援、公式ガイドブック編集、メディア向けリリース執筆、イベント司会・ナビゲート、作品審査(ミュージカル・ベストテン)・優秀作品選出も手掛け、一般企業のプレスリリース執筆や顧客インタビュー、メディア戦略や広報戦略、文章表現のコンサルティングも。日本レコード大賞、上方漫才大賞ATPテレビ記者賞、FNSドキュメンタリー大賞の元審査員。活動拠点は東京・代官山。Facebookページはフォロワー1万人。noteでは「先週最も多く読まれた記事」に26回、「先月最も多く読まれた記事」に5回選出。ほぼ毎日数回更新のブログはこちら(http://blog.livedoor.jp/andyhouse777/)。noteの専用ページ「阪 清和 note」は(https://note.com/sevenhearts)

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