映像2021.10.11

人生の哀歓が詰まった上質な喜劇、映画『老後の資金がありません!』

東京
エンタメ批評家・インタビュアー・ライター・MC
これだから映画鑑賞はやめられない
阪 清和
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「老後30年間で2000万円不足する」。日々のお金に困っている人が多い中で出された試算はこれから高齢者になろうとしている人々に大きな衝撃を与えた。しかも実際にはもっとたくさんのお金が必要とされるだけに、人々の悩みは尽きない。映画『老後の資金がありません!』の主人公の家族は、その上、舅の葬儀や娘の結婚、自分たちに襲い掛かった予想外の出来事で青息吐息。窮余の一策として断行した計画も逆に苦境に拍車をかけてしまい、老後の資金どころではなくなる。テンポよく進むこの「難局」をコミカルに描写しながらも、追い込まれた彼らが見つけた突破口は意外なところにあった。映画『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』などで、重要なテーマを決して深刻ぶらずにオープンマインドで描いてきた前田哲監督の温かい筆致が冴え、人生の哀歓が詰まった上質な味わいの作品に仕上がっている。

 

物語の舞台は、一般的なサラリーマン家庭の後藤家。篤子(天海祐希)は建設会社員の夫、章(松重豊)をパートで支えながら老後の資金をコツコツと貯めてきたが、舅の死をきっかけに出費はかさむばかり。家族の行動や不運な出来事で、ついには姑の芽乃(草笛光子)への仕送りにも困り、高額な老人ホームから家に引き取ることを宣言する。

ところが、長年老舗和菓子店の女将だった芽乃は浪費家で自由奔放。唯一のオアシスだったヨガ教室にも顔を出すようになり、篤子のストレスはたまるばかり。その上さまざまなトラブルに巻き込まれていく。

一気に風雲急を告げ始めた後藤家にはさらなる追い打ちも、という物語だ。

笑ってる場合じゃないのに、とにかくおかしい。じっとしていてもカリスマ性がにじみ出てしまう女優である天海が、汗かき愚痴りつつ、ヨタヨタになりながらも一生懸命に生き抜いていく姿がほほえましい。

家族を馬車馬のようにけん引するのではなく、飄々と生きている夫ののんきぶりも松重がうまく出している。

出色なのが草笛の体当たり演技。何度思い出しても吹き出してしまいそうになる超ド級の、そして意外と似合っている変装ぶりはこの映画の最大のポイントのひとつでもある。

 

とにかく、娘役の新川優愛と息子役の瀬戸利樹も含めて演技が自然で巧み。それぞれの役がどんな家族でどんなふうに生きてきたのかが手に取るようにわかる会話や仕草にも細かい配慮がなされている。

 

シェアハウスやオレオレ詐欺、生前葬など現代的な道具立ても登場させ、今という時代を感じさせる作品だが、喜劇の基本である人情味と人々の地の優しさが底辺に流れていて、時代を超えた普遍的な雰囲気も持った映画にもなっている。

 

加藤諒や柴田理恵、若村麻由美、石井正則ら実力派俳優のほか、意外な人物をわき役に配置しているのもこの映画の特徴で、友近やクリス松村、佐々木健介&北斗晶夫妻から、毒蝮三太夫、哀川翔、竜雷太、藤田弓子、高橋メアリージュン、果ては劇作家・演出家の三谷幸喜や経済評論家の荻原博子(本人役)まで登場して大騒ぎ。

それでも決してドタバタせずに自然な肌触りで人生を語りかけてくる独特のタッチが活きている。脚本やギャグで笑わせに行っている喜劇ではなく、懸命に生きている人々の姿が面白いという真っ当なコメディー。稀代のストーリーテラーと言われる同名原作の著者、垣谷美雨が小説に漂わせた喜劇性をさらに増幅して楽しませてくれる前田監督のさまざまな手腕が光る。

 

草笛と天海と言えば、言わずと知れた歌劇団つながり。劇中ではそれを前提としたやり取りもあり、小さなクスっと笑いもあちこちに仕掛けてある。氷川きよしの主題歌「Happy!」も軽快で聴き心地が良かった。

前田哲監督 映画『そして、バトンは渡された』レビュー

 

『老後の資金がありません!』10月30日(土)全国公開

 

天海祐希

松重豊/新川優愛 瀬戸利樹 加藤諒 柴田理恵 石井正則 若村麻由美

友近 クリス松村 高橋メアリージュン 佐々木健介 北斗晶 荻原博子(経済ジャーナリスト)

竜雷太 藤田弓子 哀川翔 毒蝮三太夫 三谷幸喜

草笛光子

主題歌:氷川きよし 「Happy!」(日本コロムビア)

企画プロデュース:平野隆 プロデューサー:岡田有正、下田淳行 

監督:前田哲 脚本:斉藤ひろし 音楽:富貴晴美 

原作:垣谷美雨「老後の資金がありません」(中公文庫)

制作:ツインズジャパン 配給:東映 
©2021映画『老後の資金がありません!』製作委員会

公式サイト:https://rougo-noshikin.jp
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#老後の資金がありません

 

プロフィール
エンタメ批評家・インタビュアー・ライター・MC
阪 清和
共同通信社で記者として従事した30年のうち20年は文化部でエンタメ各分野を幅広く担当。円満退社後の2014年にエンタメ批評家として独立し、ウェブ・雑誌・パンフレット・ガイドブック・広告媒体・新聞などで映画・演劇・ドラマ・音楽・漫画・アート・旅・広報戦略に関する批評・インタビュー・ニュース・コラム・解説などを執筆中です。パンフ編集やイベント司会、作品審査も手掛け、一般企業のリリース執筆や顧客インタビュー、広報アドバイスや公式サイトの文章コンサルティングも。全国の新聞で展開予定の最新流行を追う記事や音声YouTubeも準備中。活動拠点は渋谷・道玄坂。Facebookページはフォロワー1万人。ほぼ毎日更新のブログはこちら(http://blog.livedoor.jp/andyhouse777/ )。noteの専用ページ「阪 清和 note」は(https://note.com/sevenhearts

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