『しらぬひ』片野坂亮監督インタビュー 誰かを断罪するだけでは届かない愛の物語

Vol.90
映画『しらぬひ』監督
Ryo Katanosaka
片野坂 亮
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『君の名は。』(2016年)、『すずめの戸締まり』(2022年)などを手掛けてきたアニメーションスタジオ、株式会社コミックス・ウェーブ・フィルム。その最新作となる36分の短篇アニメーション映画『しらぬひ』が、2026年8月21日より公開される。

舞台は1996年の晩夏。海辺の町で父親と暮らす10歳の少年・湊は、少女の姿をした神さま「べんちゃん」と心を通わせていた。しかし、父とのすれ違いが重なるなか、暴力を受けたことをきっかけに、その感情は憎しみへと変わっていく……。やがて、一つだけ願いを叶えるという海上の光〈しらぬひ〉に託した湊の祈りは次第に呪いへと変わっていく。

原作・脚本・監督を担ったのは、本作が商業アニメーション初の監督作となる片野坂亮さん。36分の短篇作品『しらぬひ』で、これまで自主映画を手掛けてきた片野坂監督に、『しらぬひ』の原点やシナリオ開発で直面した苦悩、映像制作を続けてきたキャリアについて話を聞いた。

誰かを断罪するだけでは届かない

『しらぬひ』を作ろうと思った最初のきっかけについて教えてください。

コロナ禍よりも少し前のことですが、子どもへの虐待や、大人が子どもに対して起こした事件が報道されるたびに、「なぜだろう」と疑問に思っていました。本来は大人が子どもを守るべきなのに、どうしてこういうことが起きるのか。ある種、大人に対する強い怒りみたいなものがあったんです。

ただ、コロナ禍に自分自身もいろいろな経験をするなかで、行為そのものを決して肯定はできなくても、そこに至るまでには、外からは見えない事情や積み重なりがあるのではないかと考えるようになりました。また、いろいろな人の話を聞くうちに、誰かを一方的に断罪するだけでは見えてこないものもあると感じるようになったんです。

自分では正しいと思う言葉をかけたつもりでも、相手を守るどころか、傷つけてしまったことがあった。他者を断罪しすぎていた自分への戒めも込めて、傷つけられた側と、傷つけた側の双方に届く手紙のような作品を作れないかと思ったことが始まりです。

今回の映画は熊本県の赤崎地域や、海の上に建つ旧赤崎小学校がモデルとなっていますが、その背景についても教えてください。

高校生のころ、屋久島まで自転車で向かったことがあって、その道中に海の上に建つ赤崎小学校をちらっと見た記憶があったんです。祖父母が鹿児島にいたこともあり、大人になってからあらためて現地を訪れ、いつかあの場所をモデルに実写映画を撮りたいと思うようになりました。

ただ、学校はすでに廃校になっていて、塩害や老朽化も進んでいました。人が入るためには補強工事が必要で、それには相当なお金がかかる。自分たちの予算規模で映画を作るのは難しいとわかりました。

それでも、子どもたちを主人公にした物語を作りたいという思いは、20代のころから持ち続けていましたね。ただ、当時考えていたものは、今の『しらぬひ』とはかなり違って、島で出会った少年たちの友情や成長を描く、いわばジュブナイル作品でした。

シナリオ開発で変わった物語の軸

当初のジュブナイルから、現在の物語へ変わった経緯を教えてください。

シナリオ開発の初期は、男の子と女の子が出会い、仲良くなり、困難に直面するといった三幕構成をどう成立させるかを、プロデューサーと約2年間考え続けました。

ただ、30分間という映像の尺でできることは限られていますし、2人が出会って、関係を築くだけでもかなりの時間がかかる。最終的には、「ここまでに形にできなければ、この企画は作れない」というデッドラインも現実味を帯びてきました。わかりやすさや安全な形を意識するあまり、自分が本当に作りたかったものから離れかけていたのだと思います。

そこからどのように方向転換したのでしょう?

プロデューサーから「片野坂監督がやりたかったのは、本当にこれなんですか」といわれたんです。それをきっかけに、もうなりふり構わず、自分が本当に描きたいことを全部出そうと腹をくくりました。劇中では湊が「もういい、全部終わりだ」と、最後に怒りを爆発させる瞬間がありますが、当時の僕も同じような感覚を持っていたかもしれないです。

湊と父マサルは、「自分でも止められない衝動」を抱えたリアルな描写がなされている印象です。描くうえでどんな部分に気を付けましたか?

僕は実写出身ということもあって、ドラマとドキュメンタリーを別のものとして考えていません。ですので、世の中に対するメッセージを担わせるのではなく、湊やマサル、べんちゃんという人たちがいて、僕は見えないカメラマンとして、彼らの人生の一瞬を切り取らせてもらった。

形式としてはドラマですが、監督としては、ドキュメンタリーを撮るような感覚で向き合っていました。「このキャラクターはこういう役割を持っている」と決めすぎると、人間ではなく、物語を動かす舞台装置になってしまいます。そうではなく、矛盾も衝動も抱えたまま、そこに生きている人を描きたかったんです。

三木眞一郎、花澤香菜、あのが役に与えたもの

声優の皆さんの演技で、特に印象に残ったものはありますか?

三木眞一郎さんの「俺はお前の父親だ」というセリフが、とても印象に残っています。その短い言葉に父性を込めてくださって、僕自身も「そうか、マサルは湊の父親だったんだ」と改めて気づかされました。

収録後にそのことをお伝えすると、三木さんは「どうしてもマサルを悪としてだけは捉えられなかった」とおっしゃっていました。マサルは弱さや歪みを抱え、湊に対して許されないことをしてしまった人間ですが、同時に湊の父親でもあります。三木さんの声によって、その一筋縄ではいかない人物に、確かな体温が加わったと感じました。

花澤香菜さんが演じたべんちゃんについてはいかがですか?

べんちゃんは、湊にとっての友達であり、姉のようでもあり、母のような包容力もある。同時に、人間とは異なる神さまとしての静けさも持っています。僕の感覚では愛を具現化した存在で、キャラクターというより自然現象に近いんです。

べんちゃんの人物像は花澤さんにお伝えしましたが、細かく説明しすぎると、存在のあり方が固まってしまいますし、僕自身が持つ女性像を強く投影したくはなかった。花澤さんの内側から出てくるものを宿してほしいと思い、演出では大まかな方向性だけをお伝えしました。難しいお願いだったと思いますが、花澤さんはご自身の感覚でべんちゃんをつかみ、殺伐とした世界の中にある救いを表現してくださいました。

今回主演を務めたあのさんの演技力は、SNSでも話題になっていますね。

あのさんは、シナリオ開発中から僕が影響を受けていたアーティストのひとりでした。作品作りや、与えられた環境に真っすぐ向き合う姿勢に勇気をもらっていましたし、歌詞からは「生きていていいんだよ」と語りかけるような、人を慈しむまなざしを感じていたんです。

今回のシナリオが固まったとき、プロデューサーから「これほど痛みと強度のある作品を正しく届けられるのは、あのさんではないか」と提案していただきました。僕からお願いできるような立場だとは思っていなかったので、本当に驚きました。

あのさんにお会いしたときの印象は?

初めてお会いしたのは、アフレコの約2カ月前でした。限られた時間の中で僕という人間を信頼してもらうには、まず自分が心を開かなければいけないと思い、この作品を作るに至った原体験もお話ししました。
その後アフレコ当日には、「何でも言ってください。何でもやります」と声をかけてくださって、その言葉にとても救われました。実際の収録では、僕が演出を加えたテイクよりも、あのさんがご自身でシナリオをかみ砕いて演じたファーストテイクのほうが正解だったことも何度もあります。
感情を瞬時に声へ乗せる力があり、湊の怒りや憎しみだけでなく、その奥にある優しさまで、まっすぐに表現してくださいました。

幼いころに観た『ジョーズ』が原点に。映画監督になるきっかけ

片野坂監督が映画を作りたいと思った最初のきっかけは何でしたか?

幼いころに『ジョーズ』(1975年/スティーヴン・スピルバーグ監督)を観て、いつか『ジョーズ5』を作りたいと思ったことが最初のきっかけです。『金曜ロードショー』で映画を観て、同じ作品を録画したVHS(家庭用ビデオテープ)で何度も繰り返し観るような子どもでした。それからずっと、映画監督になりたいという思いを持ち続けていました。

実際に映像制作の現場に入ったのはいつ頃でしたか?

大学生のころから実写の現場には出ていました。ただ、「本当は映画監督になりたかった」「映画を撮りたい」と話す人が現場にたくさんいても、実際に映画を撮った人はほとんどいなかった。その状況を見て映画監督になるのは簡単ではないと感じました。そこで、まずは「映画を撮った人になればいい」と考えたんです。

大学では大林宣彦監督(※)から映画について学んでいたので、「就職せずに映画を作ります」とお伝えしました。大林監督からは、「映画監督は孤独ですよ」といわれました。当時の僕は、何もわかっていないのに「大丈夫です」と答えていましたね(笑)。

※大林宣彦:映画監督。故郷である広島県尾道市を舞台にした「尾道三部作」などで知られ、独特の映像美と平和への強いメッセージを込めた作品を数多く残した。

その後、アルバイトやさまざまな映像の仕事をしながら制作を続け、26歳のときに初めて長編の自主映画を撮ることができました。スピルバーグが『ジョーズ』を撮ったのが27歳で、自分も27歳までに1本も撮れなければこの道を諦めようと思っていたので本当に良かったです。

映像のお仕事では、CMや企業映像、ブライダル映像などを手掛けたそうですね。その経験は現在の映画作りにどう生きていますか?

ブライダルの映像は、その瞬間を逃すとやり直すことはできません。次に何が起きるのかを考えながら、カメラの設定や立ち位置など、あらゆることを頭に入れておく必要があります。そういう緊張感のある環境で仕事をしてきたので、いつチャンスが来ても大丈夫なように、ずっとイメージトレーニングができるようになりました。

自主制作と商業制作で違いはありましたか?

まったく違いました。自主制作なら、自分が間違えたと思えばやり直せますが、商業制作では多くの人が動いているので、単純に「間違えたから戻ります」とはいえません。現場には関わった人数だけ、それぞれの考え方があって、1本の作品を作るためにはどのような距離感を取ればいいのか…そこは今も悩んでいます。

取材を受けている今も、作品は公開に向けた最後のブラッシュアップを続けている段階です。苦労や悩みが「あった」というより、今も常に「どうすればいいのだろう」と考えながら制作しています。

日々の経験を表現に変え、作り続ける

映画を観た人に、どのようなことを感じてほしいですか?

この映画はいろいろな視点を含んでいるので、「これを感じてください」と一つに決めるのは難しいです。

ただ、一つ挙げるなら、描こうとしたのは愛の在り方だと思います。世の中で起きる悲劇のなかには、それぞれが良いことをしようとしたり、良かれと思って行動したりした結果、惨事になってしまうことがあります。だから、何かが起きたときに、表に出ている情報だけで判断するのではなく、一度立ち止まってほしい。世界は、そんなに表面的ではない。そのことを、この映画から少しでも感じてもらえたらと思います。

最後に、映画や映像制作を志すクリエイターに向けて、メッセージをお願いします。

自主映画を撮っていた時期、生活のためにスーパーの鮮魚コーナーで働いていたのですが、ものづくりをしていると頭の中で悶々と考え続けてしまうことがあり、身体を動かすことは精神衛生上とてもよかったんです。

魚をさばくときは、包丁を入れて、一度できれいに切る。盛り付けたあとに何度も触ると、身が崩れてしまいますし、一発で決めたものが一番美しいこともある。その身体的な感覚は、クリエイティブにも通じていると思います。

もちろん、映像を作るために魚屋で働く必要がある、という話ではありませんよ(笑)。ただ、自分に降りかかるあらゆる経験を「意味のない時間だ」と考えた瞬間、本当に意味のないものになってしまいます。僕は魚をさばきながら、「日本で一番、魚を描ける映像クリエイターになってやる」と思っていました。魚の構造を自分の手で理解していれば、魚が出てくるシーンがあったとき表現にも生かせる。直接は関係のない仕事に見えても、そこから拾えるものはあると思います。

くじけそうになる瞬間は数え切れないほどあったけど、今は続けてよかったとしか思いません。やめればそこで終わりますし、続けたからできることがある。それは、とてもシンプルなことだと思います。

取材日:2026年6月18日 ライター:カネコシュウヘイ

©2026 片野坂亮「しらぬひ」製作委員会

『しらぬひ』
8月21日 (金)劇場公開

出演:あの
花澤香菜/ 三木眞一郎
原作・脚本・監督・作画監督:片野坂 亮
音楽:梅林太郎 
主題歌:青葉市子「しらぬひ」(hermine)
美術監督:小林海聖 
色彩設計:山本智子 
撮影監督:津田涼介
制作プロデューサー:濱﨑周平 
プロデューサー:新井修平
アニメーション制作:コミックス・ウェーブ・フィルム
製作:しらぬひ製作委員会
配給:ギャガ

公式HP:https://gaga.ne.jp/shiranuhi/ 
オフィシャルX:https://x.com/shiranui_movie

ストーリー
1996年、夏の終わり。熊本の海辺の町で暮らす10歳の少年・湊は、酒に溺れる父とふたりきりで息を潜めるように生きていた。湊の唯一の心の拠りどころは、弁天島に現れる少女の神さま・べんちゃん。しかし一時保護されることが決まり、別れの時が迫る。ひとつだけ願いをかなえてくれるという海に浮かぶ不思議な光<しらぬひ>に彼女が消えないようにと祈りを捧げる湊だったが、父への憎しみが募るにつれ、その祈りは呪いへと姿を変えていく。

プロフィール
映画『しらぬひ』監督
片野坂 亮
1987年生まれ、福岡県出身。成安造形大学で映像制作を学び、大学卒業後はスーパーの鮮魚コーナーで働きながらフリーランスとして活動。企業CMなどの実写映像を手掛け、2015年に長編実写映画『たびのやまびこ』で監督を務める。その後、独学でアニメーション制作を始め、約2分の短編アニメ『らお』を一人で自主製作。同作を見たコミックス・ウェーブ・フィルムに大抜擢され、『しらぬひ』にて初の商業アニメーション映画に挑む

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