“生きづらさ”を繊細に描いてきた天野千尋が、実際の金密輸事件をもとに描く『マジカル・シークレット・ツアー』
2017年に中部国際空港で実際に起きた主婦たちによる金密輸事件*に着想を得た、天野千尋監督のオリジナルストーリー『マジカル・シークレット・ツアー』。
流されるままに生きてきた3人の女性が、金の密輸を通じて、それぞれの人生や価値観と向き合っていく姿を描く。夫の横領を知った二児の母・和歌子を有村架純、借金600万の研究員・清恵を黒木華、貯金ゼロの未婚の妊婦・麻由を南沙良が演じる。 本作ではシンガポールロケを敢行。異国のきらびやかな街並みや空気感をリアルに映し出しながら、秘密を共有することで結びついていく女性たちの姿をスリリングに描いていく。
天野監督に、魅力的なキャラクターの作り方や、映画監督になるまでの歩みについて語ってもらった。
*2017年、愛知県で発生した金密輸事件。主婦グループが金塊約30キロ(約1億3000万円相当)を韓国から中部国際空港に隠して持ち込んだ。
“主婦”が密輸に手を染める背徳的な驚きを味わってもらいたい

2017年に起きた主婦たちの金密輸事件に着想を得たとのことですが、どこに興味を持ったのですか?
犯行に及んだのが主婦のグループというところです。当時の私は子育て中で、家事や育児をしながら専業主婦のような暮らしをしていたのですが、主婦は悪事や大金が絡むような事件は起こさないだろうと、勝手な固定観念を持っていたのです。自分自身も主婦なのに。ニュースを見て、そのことに気づかされ、その意外性を痛快に感じました。何があって彼女たちはそのような道を選んだのか、裏側のストーリーに想像を膨らませてみたくなりました。そして、主婦なのに密輸に手を染めるというその背徳的な驚きみたいなものを、世の中の人にも味わってもらいたいと思いました。
和歌子、清恵、麻由は三者三様のキャラクターでしたが、どのように作っていきましたか?
一緒に脚本を書いている熊谷まどかさんと、「年代や属性はバラバラの3人が密輸を通じて仲良くなって共闘していく物語にしよう」と話し合っていたので、3人バラバラのキャラクターを意識しました。和歌子はいわゆる専業主婦で、これまで自分で物事を決めたり、自分の意思で何かを選ぶのが苦手だったタイプ。そんな彼女が自分の人生を自分で選んで自力で歩んでいく変化を見せたいと、最初にキャラクターを考えました。専業主婦ということもあり、子育てをしていた当時の自分が抱えていた閉塞感などが反映されているはずです。
清恵は一見バリバリと仕事をしている研究者で、エリートで苦労なく生きているように見えるけど、実は奨学金という名の多額の借金があったり、アカハラで苦しんでいたり、和歌子とはまた違った生きづらさを抱えている人物にしたいという思いがありました。以前、私が大学の医学部の研究室でアルバイトをしたことがあり、研究室の皆さんの境遇を間近で目にしていました。成果を出さないと次がないという非正規雇用のプレッシャーや焦燥感を抱えながら働いている方が多くて、そこから清恵というキャラクターは生まれていきました。彼女は賢いし、高い理想に向かって頑張るのですが、一方で危うさも抱えている人物です。
麻由は努力だけではどうにもならない、一番貧困に追い込まれている人物でした。本人は自分の意思を持って強く生きていますが、親の世代からの貧困の連鎖に、がんじがらめになって身動きが取れなくなっているキャラクターになっています。
有村架純のエチュードを見て和歌子像が明確に

キャラクターについて、キャストの皆さんともいろいろお話されたのですか?
3人とは撮影に入る前にお会いして話し合いやリハーサルをする時間をいただきました。それがキャラクターを作る上ですごくよかったと思います。有村さんには、リハーサルで夫である高志役の塩野瑛久さんと、エチュード(即興芝居)みたいなことをやってもらったんですよ。その中で有村さんが話す言葉から、和歌子ってこういう人なんだ!と私が気づかされる部分がいくつもあって。有村さんが脚本から掴んだ和歌子像がいいなという感触もあり、より和歌子が明確になりました。
どのような受け答えでそのように感じたのですか?
和歌子が事件を起こす前のシーンのエチュードで、有村さんが「私、小さなことで高志に怒られたりするんです」と話してくれて。この“怒られる”という言葉を使ったところに、和歌子と高志の関係性が垣間見られたというか。“怒られる”と聞くと、上下関係で下の者が上の者に言われている感覚になると思います。それを自然と高志に感じているんだということに気づかされました。
面白いキャラクターの作り方をしているんですね。
そうですね。基本は、撮影前に俳優の方に時間をいただいて、キャラクターについて、お互いに感じていることを話し合ったり、リハーサルで演技をしながら話したり…。なるべく、みなさんがどう感じているのかを知りたいのでコミュニケーションを取るようにしています。やはりいろんな人の感じ方があると思いますし、そこで私自身も見えてくるものがたくさんあるので。コミュニケーションは大事ですね。
シンガポールの開放的な雰囲気が作品にマッチ

シンガポールロケも行われ、街並みがより物語を盛り上げていますね。
実際に、当時の金の密輸の多くがシンガポールか香港から日本へ持ち込まれていたことから、シンガポールでの撮影が決まりました。撮影の順番としては、まず国内でロケをして最後にシンガポールにみんなで行って撮影をして。現地は真夏だったので気分も解放され、みんな一気にテンションが上がりました(笑)。現地のスタッフも熱いパッションを持っていたので、とにかく陽気でした。シーン的にも、和歌子たちの気持ちがどんどん解放されていく流れなので、すごく明るくて楽しかったです。ムードに押されていいカットが撮れた気がします。
現場の空気は映像に映ると感じますか?
難しいですね。とても過酷な現場から名作が生まれることもありますし…。ただ景色という意味では、本作は和歌子たちだけではなく、彼女たちがいる世の中や社会の景色も一緒に切り取って伝えたいという思いがあったので、シンガポールの風景の中でリアルな空気をたくさん撮影できたのはよかったです。あの場所にいる彼女たちから伝わることもあると思うので。
お気に入りのシーンを教えてください。
シンガポールで和歌子が逃走するシーンがあるのですが、初めは雨が降っていたんですよ。でも和歌子が逃げ切って1人でビールを飲むシーンになると急に空が晴れ出して。ちょうど川沿いのテラス席で撮影していたのですが、太陽が川に反射してキラキラ光っていたんです。和歌子が逃げ切った達成感や、いろいろなことから解放された気持ちがすごく伝わってきました。有村さんの表情はもちろん、周りの風景を含めてすごくステキで大好きなシーンです。
映画を撮るのを“辞められなかった”から今がある

天野さんは会社員をしながら映画の勉強をしていったとのことですが、いつから監督になりたかったのですか?
20歳を超えてから急に映画に興味を持ち始めて、大学5年生の後半というかなり遅い時期に映画研究会に入ったんですよ。みんなも、「なんで今、入部してくるんだ?」みたいな感じだったのですが、受け入れてくれて。友だちと一緒に、自分たちで監督して出演もして、という形で短編映画を1本撮りました。それがすごく面白くて、「いつかまた映画を作りたい」という気持ちを抱えながら就職し、また撮る機会があればとチャンスをうかがっていました。
映画に関係のない会社に就職した理由は?
社会のことを全然知らないという意識が自分の中にあったので、まずは社会を知りたいと思いました。あと、映画に興味を持って間もない頃だったので、どう動いたらいいか分かっていなかったのもあり…。でも今思うと、社会人経験をしたことは悪くなかったと思っています。やはり映画を撮ってきて感じるのは、基本は人とのコミュニケーションだということです。そういう意味では、社会人でかなり鍛えられたのでよかったと思っています。
その後、本格的に映画を学んで映画フェスティバルなどに作品を応募していくんですよね。
はい。働きながら夜間で通える映画学校に1年間通いました。俳優コースと監督コースがあり、みんなで自主映画を作ろう!みたいなノリがあって、週末にいろんな人の撮影を手伝いに行きました。そして会社の夏休みを利用して私も作品を撮り、それを映画祭に応募しました。当時は、そこまで先のことは考えていませんでした。作品を見てもらいたいという気持ちと、監督としての足がかりになればという気持ち、その両方があったと思いますが、何よりも映画を作ることが楽しかったんですよ。どこか青春時代に戻ったような感覚になって。その後もこの楽しさを続けたいという気持ちが大きくなり、会社を辞めてみようとなりました。
かなり大きな決断ですよね。すぐに映画監督を選んでよかったと思いましたか?
いえ、最初は仕事どころか収入も全くないし、映画を撮っても何もならないことも続き、正直、この先どうなるんだろうと思い悩んだ時期も長かったです。ただそんな中でも、もっとこう撮りたかった、次はこんなものを撮ってみたいという、自分の理想や目標があって。それを目指さずにはいられないという心境でした。なので、楽しいことや、やっていてよかったと思うこともたくさんあるんですけど、映画を撮るのを“やめられなかった”という方がしっくりくるかもしれません。

監督だけの参加や、本作のように監督&脚本を担当したり、脚本だけで参加されることもありますが、その立場によって作品への向き合い方は変わるものですか?
全然違います。やはり映画を監督する場合は、「本当に自分が作りたいものなのか」に誠実にならないといけないという意識があって。そもそも映画監督にしろ脚本にしろ、何かを作ることは好きなので、楽しみながらそれなりにやれてしまうんですよ。ただ映画は、本当に自分が作りたいものは何なのかを疎かにして取り組んでしまうと、後で後悔するということが、今までやってきて分かっていて。だからすごく意識を向けて、研ぎ澄ませて、自分の作りたいものに集中する感覚があります。対してドラマの脚本などは、そもそも企画が決まっているので、自分がどうしたいかを突き詰めるより、その企画がどうすれば面白くなるかを主軸に考えています。みんなが求めているものを探っている感覚に近いです。
クリエイターにとって大事にした方がいいことを教えてください。
いろいろありますが、一番は自分が作っていて楽しい、気持ちがいいと思えることです。自分が良いと思えるものに忠実で、真摯に向き合うことが大事です。ただ、こう簡単に言っていますがやはりすごく難しくって。映画は商業的なものでもあり、たくさんの人が関わっています。関わる人が多い分、作品に対して提供してくれるものも多いわけですから、それをしっかり集めていく必要があると思います。絶対に1人で考えているより素晴らしいものができるので、独りよがりなものにならないよう注意するというか。その上で、自分が作りたいことは絶対に忘れてはいけない。このバランスが難しくって…。今も悩みまくっていますが、これからも変わらず、悩みながら作品を生んでいくと思います。
取材日:2026年5月7日 ライター:玉置 晴子 動画編集:鈴木 夏美

©2026「マジカル・シークレット・ツアー」製作委員会
『マジカル・シークレット・ツアー』
2026年6月19日(金)公開
出演: 有村架純
黒木 華 / 南 沙良
塩野瑛久 青木 柚 / 斎藤 工
監督:天野千尋
脚本:天野千尋 熊⾕まどか
製作幹事:murmur 日本映画放送 企画:カラーバード 制作プロダクション:エピスコープ 配給:アスミック・エース
©2026「マジカル・シークレット・ツアー」製作委員会
ストーリー
罪という秘密が3人を仲間にした、魔法のような半年間。
あの旅が、私たちを変えた― 生きることに夢中になった。
平穏な日常を送る二児の母が、突然知らされた夫の借金と、解雇。返済のため行きついたのは、シンガポールでの闇バイト【金の密輸】だった。そこで偶然出会った、非正規雇用の研究員と、未婚で妊婦のキャバ嬢。密輸の成功に味をしめた3人は、自分たちで密輸を始めることに。初めて手に入れた、お金と自由、そして“自分らしく生きる喜び”。それは魔法のような時間だったが…。人生、思いっきり生きる!実話に着想を得た【金密輸事件】を描く、違法だけど痛快なエンタテインメント。







