「人は“好きなこと”をやるべき」―― 大学時代の仲間たちが再集結した映像クリエイター集団

東京
株式会社BABEL LABEL 代表/プロデューサー 山田久人氏
気鋭の若手ディレクターが集結し、映画やCM、PV、テレビ番組など幅広いジャンルの映像制作を手がけるBABEL LABEL(バベル・レーベル)。個々に名前を売っていける才能を持った人たちが、あえて1つの会社に集う。利益の大部分をつぎ込んで自主制作映画を作る。そうした活動の断片だけを見ると、同社はちょっと変わった組織であるようにも見えてきます。その源流は遡ること約15年、大学時代にまで遡ります。「今もあの頃と変わらず、自分たちが好きなこと、やりたいと思うことに挑戦している」と語る代表の山田久人(やまだひさと)さんに、クリエイターにとって理想的な環境を体現する、BABEL LABELの信念をうかがいました。

ひたすら脚本を書き、映画を作った大学時代

山田さんが映像やクリエイティブの世界を志すようになったきっかけを教えてください。

中学生の頃から映像に興味を持っていました。「自分がやりたいことを仕事にしたいな」という思いも当時からありました。でもその頃は、映画を作る人といっても監督や俳優、カメラマンしか思い浮かばず、自分なりに「どのような道があるんだろう」と調べたんです。それで知ったのが、フジテレビ系列で放送されていたドラマ『眠れる森』の脚本を書いている野沢尚さんでした。脚本家になりたいと思って、大学進学時は野沢さんの出身校である日本大学芸術学部(日芸)を志望しました。

最初の入り口は「脚本家を目指すこと」だったのですね。

はい。日芸では映画学科の脚本コースを選びました。今はもう、独立したコースとしては存在していないんですけど。古代ギリシャの戯曲『オイディプス王』などの古典もたくさん読んで、起承転結などの基本を学び、脚本を書く。卒論の課題も「2時間分の脚本を書く」というものでした。学生時代の4年間は、ひたすら脚本を書きながら映画を作っていましたね。

映画を作っていた?

脚本はあくまでも「映像の説明図」なので、監督の気持ちがわからなければ真に良いものは作れないと感じていました。それで自主制作の映画を撮り始めたんです。同じ脚本コースには、BABEL LABELで監督/ディレクターを務める藤井道人(ふじいみちひと)がいて、彼と一緒に脚本を学びながら映画を作っていました。同じくBABEL LABELのディレクターである志真健太郎(しまけんたろう)も映画学科の同級生で、原廣利(はらひろと)は1つ下の後輩です。当時の仲間がこの会社の原型なんですよ。

監督も制作陣もプロデューサーも「1つのチーム」

大学卒業後、山田さんは大手映像制作会社に就職されています。

大物映像監督ともお仕事をご一緒させていただき、プロデューサーとしての基本を学びました。そこで培った経験は大きいですね。また、業界に対して抱いた課題感も。映像業界はここ5年でも大きく変わり、「歪」のようなものが生まれています。それがBABEL LABELの成長の理由でもあるんです。

詳しく教えてください。

10年前までは、みんなフィルムで映像を撮っていました。機材は高価で、編集には専門的な知識と技術が必要だった。ところが機材が飛躍的に進化し、手に入りやすくなったことで、「誰でもカメラを回して編集できる」時代になりました。テレビCMは低予算でも高いクオリティのものが作れるようになり、ウェブCMやYouTubeなど、プラットフォームの選択肢も増えています。結果として広告の映像制作費の単価が大きく下がり、それによって若い人にチャンスが広がっています。僕たちもそうだけど、20代の人たちが独立して映像制作会社を作るなんて昔はあり得なかったわけですよ。

こうした環境変化の中で「歪」も生まれてきていると?

はい。長らく日本の映像業界の常識は、「広告代理店などのクリエイティブディレクターが映像制作会社のプロデューサーに発注し、その制作会社が監督を決めて制作する」という流れでした。ところが世界では、広告代理店のクリエイティブディレクターが直接監督に発注するんですよ。監督は自身のプロダクションを持っていて、自社にいるプロデューサーを指名する。監督も制作陣もプロデューサーも、1つのチームなんです。シビアな予算の問題なども、監督とプロデューサーが密に相談し連携していくことで乗り越え、限られた条件でも良いものを作れるようになります。でもこの関係性がうまくいかないと、監督をはじめ制作陣の才能を無駄遣いしてしまう恐れもあるんです。

そう考えると、プロデューサーである山田さんが仕切り、個々のディレクターが自由に活動できるBABEL LABELは、旧来の日本的常識を打ち破る組織形態になっているわけですね。

そうですね。ほとんどの仕事はプロデューサーである僕のところに来ます。その際に、監督などの人選は任せていただく。これが大事なんです。でも普通に考えれば、会社を作って売れている監督たちを集めるというのは大変ですよね。僕たちは同級生チームからスタートしているのでやれるのかもしれません。

「日本を代表する金持ちになりたい」とは思わない

そもそも、なぜ個々にディレクターやクリエイターとして活躍していたみなさんが集まり、一つの会社のもとで活動するようになったのでしょうか?

社会人になってからも、みんな自主映画などを作って単館上映をやっていました。5年後くらいに再集結して一緒にチームを作り、そのうちにスタッフや役者さんも集まるようになって、だんだん組織が大きくなっていったのです。僕は、会社ができて1年後にジョインしたんですよ。それまでBABEL LABELは一匹狼の監督集団という感じでしたが、僕がプロデューサーとして入ってからは、チームとして一緒に仕事を受けられるような体制を作ってきました。

学生時代にともに夢を追いかけていた仲間が再び集まり、会社を作る。それこそ映画の世界のように素敵なストーリーですね。

そうかもしれませんね。学生時代にやっていたようなピュアな活動を、クリエイター集団として大切にしていきたいと思っています。「BABEL FILM」として自主制作映画を作る計画も進めているんです。キャストには豪華な顔ぶれが参加してもらえる予定です。原点回帰という感じですね。今期出た利益も無駄使いせず、ほとんどすべてをこの自主映画に使おうと思っています。

自主映画に利益をほとんど使ってしまうんですか?

はい。クリエイティブって、ある種「刹那的に向き合わなきゃいけない」面もあると思うんです。映像制作会社は、スタジオを設けたり編集室を作ったりして大きくなっていくのがお決まりのパターンになっています。僕らはそれよりも、自分たちだけの映画を作ったり、自分たちでアーティストを育てたりという方向に突き進んでいきたい。お金の匂いがすることをやっていると、生み出される作品もありきたりのものにしかならない気がするんですよ。むしろ「そっちに行くか」と驚かれるようなことをしたくて。

とはいえ経営者としては、ときに数字とシビアに向き合わなければならないときもあるのでは?

どうでしょう……。一つひとつの案件であまり利益が出なくても、とにかく良いものを作る。予算が少なかろうが多かろうが「BABEL LABELらしい」と言ってもらえるものを作る。そんな考えで、これまでも予算度外視の仕事ばかりしてきました。面白いのは「作ったものが自分たちの直接的な宣伝になる」ということなんです。映画でも広告でもそう。予算を超えて大損して作ったものが、結果的に高く評価されて次の仕事につながるという経験もたくさんしていますから。

「会社を大きくしていく」ということはあまり考えていないのですか?

そうですね。もともと監督たちのために作った会社だし、監督たちがやりたいことを実現するために人が必要だったから、30人のスタッフを抱えるようになっただけ。そんな会社です。「日本を代表するクリエイティブ集団でありたい」とは思いますが、「日本を代表する金持ちになりたい」とは思わないですね。

人はやっぱり、好きなことをやるべき

会社を大きくするためではなく、自分たちの望むクリエイティブを実現するために仲間を増やしているということですね。

はい。社員のみんなには、「これからは若い人たちが映像制作を担う時代だよ。僕らも若くないから」と話しています。

山田さんもまだ30代前半ですよね? 十分に若いと思いますが……。

今、うちには21歳のスタッフもいますが、実際に僕らにはないスキルを持っていますよ。After EffectsとかCGとか、デジタルの分野ではかなわないと感じます。育ってきた環境、特に技術的な環境が違うので、ここは抗えない事実だと思うんです。そうした意味では、新しい仲間を探すときにも、僕たちはいわゆる映像業界の経験者を求めていません。BABEL LABELの作品が好きで、一緒にやりたいと思ってくれる人なら経験なんていらない。入って数ヵ月くらいで監督を任せることもありますよ。「やりたいことを仕事にする」というのが何より大切なことですから。

好きなこと、やりたいことを仕事にしたいと思っていても、実際にはなかなか一歩を踏み出せない人が多いのかもしれませんね。

そうですね。せっかくやりたいことがあるのなら、積極的に挑戦するべきだと思います。仕事って、結局は何をやっても大変な思いをするじゃないですか。映像制作の裏方も大変な仕事です。でも、本当に好きなことなら頑張れる。人はやっぱり好きなことをやるべきです。その気持ちがあれば、僕はどんな働き方でもアリだと思うんですよ。副業でもいいし。

副業、ですか?

はい。うちには、月の半分は役者、もう半分はプロデューサーというスタッフがいます。振付師をやりながら制作に携わっている人もいます。チームとしては、そういう人間が集まることで、それぞれの得意分野が生かせるという効果もあるんです。良い役者を探してもらったり、ダンスの振付をしてもらったり。だから、その人に見合った条件を整えて入社してもらうようにしています。もちろん若い人の中には「ちゃんと正社員になりたい」という人もいますし、フリーでやっていきたいという人もいます。その人だけの待遇を整備して、会社に縛られず、好き放題言える人たちの集団であり続けたいと思います。

多種多様なバックボーンや思いを持つ人たちが集まってくることを考えると、これからがますます楽しみですね。最後にぜひ、今後の展望をお聞かせください。

実は今年、もう一つ会社を立ち上げたんです。「2045」という社名です。BABEL LABELは映像クリエイター集団として今後も尖り続けていきたいと思っていますが、僕自身はやりたいことがどんどん広がってきていて。例えば広告に関わっていると、「この予算なら映像よりウェブページを提案したほうがいいな」と思うこともあります。そうした提案を、より幅広く柔軟に、かつクリエイティブにできるようにしたいんです。「やりたいこと」「好きなこと」を大切にしながら、貪欲にフィールドを広げていきたいと考えています。

取材日:2018年6月5日 ライター:多田慎介

株式会社BABEL LABEL

  • 代表者名:山田久人
  • 設立年月:2013年10月
  • 事業内容:映像制作(映画、CM、PV、テレビ番組など)、およびそれに付随した芸能プロダクション業務
  • 所在地:東京都新宿区市谷左内町11 市ケ谷左内坂ハイム901
  • TEL/FAX:03-5579-2169
  • URL:http://babel-pro.com/
  • 問い合わせ先:info☆babel-pro.com (☆を@に変更して送信してください)
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