映像2026.03.06

長編アニメーション映画『花緑青が明ける日に』四宮義俊監督── 一人で描く日本画と、チームでつくる長編アニメがもたらした変化

Vol.84
長編アニメーション映画『花緑青が明ける日に』原作・脚本・監督
Yoshitoshi Shinomiya
四宮 義俊
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新海誠監督『君の名は。』(2016)、片渕須直監督『この世界の片隅に』(16)などに参加してきた日本画家・四宮義俊が、初めて長編アニメーション監督を務める映画『花緑青が明ける日に』。第76回ベルリン国際映画祭コンペティション部門に選出されるなど、国内外から注目を集めている。
町の再開発によって立ち退きを迫られる老舗の花火工場を舞台に、再会した3人の若者が、花火の完成と打ち上げをめぐる、ある計画に挑む物語だ。
原作・脚本も自ら手掛けた四宮監督に、作品へ懸ける思いのほか、日本画家として歩んできたキャリア、初の長編監督経験を通して得た変化について話を聞いた。

日本画の経験が作品に与える影響

 

本作ではご自身で原作・脚本を務めていますが、物語の発想のきっかけはどのようなものだったのでしょうか?

僕は神奈川県出身なのですが、自宅の近くに海岸があって、その海が、子どものころに埋め立てられたことがありました。そのことについて、当時は深く考えていなかったのですが、10代後半になってから、どこか引っかかる感覚が残っていることに気づきました。
それから大人になって、別の土地で暮らすようになったのですが、今から10年ほど前、アトリエの前の原っぱが突然、ソーラーパネルに変わったんです。原発事故に端を発して新しいエネルギーといったものが前向きに語られていて、それを否定する気持ちはありませんでしたが、景色として見たときに、うまく意味づけができない感覚があったんです。
そんなあるとき、子どもと車で通りかかると、その景色を見た子どもが「あれ、海?」と言いました。どうやら敷き詰められたソーラーパネルが、海のように見えたようなんですね。
その瞬間、かつて地元で“埋め立てられた海”と、目の前の“海のような景色”が重なりました。もともと風景や景観は、自分の制作のテーマの一つでしたが、その対比が物語のキーワードになると感じたんです。失われた風景と、現代を象徴する風景。その関係性が、この作品を着想するきっかけになりました。

監督は、これまで主に日本画家として活動されてきていますが、その経験が今回の映画づくりに影響している部分はあったのでしょうか?

筆致や描き味に日本画的な要素があるとしても、それはこれまで何十年と描き続けてきた中で、自然とにじみ出ているものだと思うんです。だからとりわけ、「日本画家としての経験を活かそう」という意識はありませんでした。
ただ、例えば花鳥風月や自然描写について考え続けてきた時間は確実にあって、日本画を長く続けてきたことが血肉になっているのは間違いありません。そうした部分が、結果として作品の独自性として表れていればと思っています。

花火を際立たせる「光の引き算」

タイトルには「花緑青」という色の名前が入っていますが、作品内の色にはこだわりがありましたか?

それはありますね。キャラクターも背景も含めて、色はすべて自分で決めていて、全体で約1000カットありますが、1カットずつ判断していきました。
色に関しては、自分の力を最も発揮できる部分だと思っています。“色を決める”という工程は、制作の中でも最も興味のあるところで、重要な仕事として取り組みました。
とはいえ、1カットに掛けられる時間は限られています。1000カットを積み重ねていく作業は、常に判断を迫られるスリリングな作業でもありました。

本作では「花火」が重要なモチーフとして印象的に描かれています。花火の表現の仕方については、どのように考えましたか?

映画は、光と音で成立するものです。だから、「何を引き立てるために、何をしないか」という引き算の考え方を意識しました。具体的には、花火のシーンを際立たせるために、それ以外の場面では極力、光の表現を抑えています。
今はデジタル処理でいくらでも派手にできますが、そうはしませんでした。花火が打ち上がる場面までは、花火的な光の表現は使わない。そして、最後に一気に解放するといったコントラストを大切にしています。

それだけ花火のシーンが印象的に映し出されていると感じました。また、今回、原作・脚本・監督だけでなく、作画監督、美術監督、色彩設定まで担われていますが、このような体制を取られた理由は何でしょうか?

それは、個人作家として活動してきた時間が長かったことが大きいと思います。基本的にはこれまで一人で制作してきたので、分業に慣れているわけではありません。だから、自分の作品の色を出すためには、自分でグリップしていないと難しいのではないかという思いがありました。

ただ、もちろんアニメーションは一人で作れるものではありませんから、作画監督の浜口頌平さんや、美術監督の馬島亮子さんをはじめ、多くのスタッフに支えられて、ようやく形になった作品です。

日本画家がアニメーションを始めた理由

 

今回は初めての長編アニメーション監督作ですが、そもそも日本画家として活動しながら、アニメを手掛けるようになったのはなぜだったのでしょうか?

もともとは日本画家として活動していて、アニメーションの仕事を始めたのは2009年、29歳のときです。当時は日本画の個展を開くための費用を稼ぐという理由が大きくて、本業という意識はあまりありませんでした。外注で美術の仕事を受けていました。そこから少しずつ仕事が広がり、アニメーションCMの制作にも関わるようになったんです。

求められることに応えたい思いで取り組んでいましたが、自分の中で、日本画とアニメーションが二律背反していると感じていた時期も長くありました。個展の会場に映像作品を並べたりして、その二つをどうにか合わせられないかと試行錯誤していたこともあります。
でも、どちらも「描く」ということでは同じで、絵が動くか動かないかくらいの差しかないという思いもあるんです。だから今では、明確な区分けのようなものはなく活動しています。

一人で完結する日本画に対して、チームで作るアニメーション

そのアニメーションの世界で、今回初めて長編の「監督」という立場を担われたわけですが、この経験はご自身にとってどのようなものになりましたか?

一人で完結する日本画と違って、アニメーションの現場は集団作業。提案して、実際に手を動かしてもらわなければいけなくて、そこは180度違う世界でした。
スタッフのみなさんは、それぞれ任された仕事に熱意を持って取り組んでくれますが、その上で、さらに指示を加えるのか、そのまま進めるのかを判断し、伝える立場になります。そういう意味では、物の見方が変わった瞬間は何度もありました。

本作は、フランスのスタジオ「Miyu Productions」との日仏共同製作でもありましたが、現場でのコミュニケーションについて、難しさを感じた点もあったのではないでしょうか。

やはり一番難しいのは、伝わらないということですね。自分の中では明確にイメージしているつもりでも、文化の違いによってそれがそのまま相手に届くとは限りません。だからこそ、本当に丁寧に説明するしかないと痛感しました。話をしてから何カ月も経って、ようやく「ああ、そういうことだったのか」と理解し合えることもありました。
「人に何かを伝えるという行為が、監督という仕事の本質なのかもしれない」と感じる場面は多かったですね。そんなふうに、集団作業の難しさはありますが、みんなで作っているからこそ、「このシーンはうまくいった」と共有できる喜びもあって。自分だけで完結するのではなく、相手の良さをどう活かすのかを考える力は、必然的に身についたように思います。それが、これから日本画を描くときにも、良い形で還元されていけばいいなと思っていますね。

海外のクリエイターから刺激を受けたこともありましたか?

自分たちと同じようにアニメーションに取り組んでいる人たちが、世界中にいるということを実感しました。今回はフランスを含め、20カ国ほどのスタッフが関わっていて、国によっては、アニメーション産業の規模が日本とはまったく違うところもあります。それでも、みなさん非常にハングリーで、日本のアニメーション作品に参加することへの強いリスペクトを持っていました。
好きなものに真摯に向き合う姿勢を目の前にして、自分も怠ってはいられないと感じました。そういう意味では、大きな刺激を受けたと思います。

クリエイターに必要な鈍感さ

 

クリエイターズステーションの読者の中には、クリエイターとして活躍していきたい方や、監督のようにさまざまなジャンルに挑戦したいと考えている方がいらっしゃいます。そんな方々に向けて、最後にメッセージをお願いします。

今という時代を表現しようと思うなら、世の中の動きに敏感であることは大切だと思いますが、同時に、作家やクリエイターとして生きていくうえでは、鈍感さも必要だと思うんです。すごく矛盾している言い方にはなりますが。
敏感でありすぎると、周囲の反応や評価に振り回されてしまうこともあって、僕自身もそういうことはあります。でも、そういうことを気にしない鈍感さがないと、作り続けること自体が難しくなってしまうんです。
若いころは特に敏感になりすぎてしまうこともあると思います。僕自身もそうでした。でも、それだけにとらわれずに、続けることが大切だと思います。

取材日:2026年2月10日 取材:編集部 文:堀 タツヤ 動画撮影:指田 泰地 動画編集:鈴木 夏美

©2025 A NEW DAWN Film Partners

『花緑青が明ける日に』(英題:『A NEW DAWN』)
全国公開中

萩原利久 古川琴音 入野自由 岡部たかし
原作・脚本・監督:四宮義俊
主題歌:imase「青葉」(ユニバーサル ミュージック/Virgin Music)
キャラクターデザイン:うつした(南方研究所)四宮義俊
作画監督:四宮義俊 浜口頌平
美術監督:四宮義俊 馬島亮子
音楽:蓮沼執太
色彩設計:四宮義俊 水野愛子 齋藤友子 岡崎菜々子
撮影監督:富崎杏奈 特殊映像:SUKIMAKI ANIMATION
ストップモーション映像:Victor Haegelin
CG ディレクター:佐々木康太郎
編集:内田 恵
音響監督:清水洋史 録音・調整:太田泰明
音響効果:中野勝博 音響制作:東北新社
アニメーションプロデューサー:藤尾 勉
製作:A NEW DAWN Film Partners
制作:アスミック・エース/スタジオアウトリガー/Miyu Productions
配給:アスミック・エース

公式サイト:https://hanaroku.asmik-ace.co.jp
公式X:https://twitter.com/hanaroku_movie

ストーリー

「その花火は、宇宙を切り取ったんだ――」
老舗の花火工場・帯刀煙火店は、町の再開発により立ち退きを迫られている。そこで育った帯刀敬太郎(萩原利久)
は、蒸発した父に代わり幻の花火<シュハリ>を完成させようと独りで奮闘していた。
夏の終わりの日、東京で暮らす幼馴染のカオル(古川琴音)が地元に戻ってきた。敬太郎の兄で市役所に勤める千太郎
から立ち退き期限が明日と知らされ、4 年ぶりの再会を果たす3 人。失われた時間と絆を取り戻すようにぶつかり合
いながら、花火の完成と打ち上げを巡る驚きの計画を立てるのだが――。
幻の花火に託された希望と、その鍵を握る「花緑青」。火の粉が夜を照らし、新しい朝を迎えるとき、敬太郎たちが
掴むそれぞれの未来とは?

【花緑青(はなろくしょう)】とは
燃やすと青くなる緑色の顔料。しかし、その美しさと引き換えに毒性を含むため、現在ではほとんど使用されなくなった。

プロフィール
長編アニメーション映画『花緑青が明ける日に』原作・脚本・監督
四宮 義俊
1980 年生まれ。日本画家として絵画を軸に、立体、映像など多彩な創作活動を行う。実写映画やアニメーション映画の美術や特殊シーン演出を担当、『君の名は。』(新海誠監督・回想シーン)、『この世界の片隅に』(片渕須直監督・水彩画)等に参加。渋谷スクランブル交差点での四面連動ビジョン放映で話題になった「トキノ交差」や「冒険隊~森の勇者~」(眉村ちあき)MVで監督を務める。本の装丁、広告、CM など各種メディアに携わる一方で、日本画家として培った素材研究をベースに異質なマテリアル同士やジャンル同士を媒介・融合させながら作品を制作し続けている。

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