グラフィック2016.01.20

『義男の空』エアーダイブ著 世界に誇る漫画文化を残したい

札幌
有限会社エアーダイブ 代表取締役 田中 宏明氏
北海道では唯一の漫画出版事業を行うデザインプロダクション「有限会社エアーダイブ」。ある1人の医師との出会いにより誕生した漫画が、全国的に注目を集め、大きな話題となりました。企画・制作・編集・出版をワンストップで行い、数々の作品を出版し続けている代表取締役・田中宏明氏に、会社のこれまでと今後の展望についてお話を伺いました。

高橋義男先生に魅了され、 先生の軌跡を残したいとの思いから漫画を再開

エアーダイブ設立以前はどんなお仕事をされていたのですか?

サラリーマン時代には、ウェブ制作の仕事に携わっていました。今は、ウェブといってもめずらしくもありませんが、その頃はまだアナログ回線の時代で、札幌にウェブ制作の会社は5社くらいしかありませんでした。

漫画『義男の空』を発刊したきっかけを教えてください。

ちょうど独立しようと思っていた時に、生後一カ月の子どもが「水頭症 ※1」という脳の病気になって、苫小牧の病院にいらした高橋義男先生に出会いました。高橋先生は全国でも数少ない小児専門の脳神経外科医で、「子どもの可能性を信じる」「子どもが社会に出て、生きていく力をつけて治療が終わる」という姿勢を貫いていらっしゃいました。その姿勢に私たち家族はもちろん、同様に悩み苦しんでいる家族を励ましてくださった先生の軌跡を残すと共に、多くの人に力を与えられるような漫画を作れないかと考えたのがきっかけです。 ※1 脳脊髄液の産生・循環・吸収などいずれかの異常により髄液が頭蓋腔内に貯まり、脳室が正常より大きくなる病気である。脳脊髄液による脳の圧迫が、脳機能に影響を与える。おもに乳幼児に多くみられる。(出展:ウィキペディア)

何故、漫画だったのですか?

子どもの病気をきっかけに、高橋先生と付き合うようになりボランティアにも参加するようになりました。ある時、僕は絵が得意であることを先生に伝えたところ、子ども達の会報の4コマ漫画を描いて欲しいと頼まれました。そんなことを言われ、自分の取り柄は漫画なんだと思い、子ども達や医療に対しての自分にしかできない支援方法を考えるようになったのがきっかけです。

24歳で『ちばてつや賞』を受賞してデビュー プロを目指した漫画への思い

以前から漫画は描いていらしたのですか?

そうですね。実は僕、24歳の時に『ちばてつや賞※2』を受賞してデビューしているのです。そこでプロを目指したのですが、漫画を生業とするプロの漫画家の世界は大変厳しい世界なので、夢を断念した経験がありました。

※2 ちばてつや賞は、『週刊ヤングマガジン』および『モーニング』で行われる漫画新人賞。

その後も漫画を描き続けていらしたのですか?

いえいえ。全く描いていませんでした。まさしく筆を折った状態です。結婚して子どももいましたから、漫画を描き続けて行くことが難しくて……。でも、どこかに諦め切れない思いがあったのも事実です。「ウェブの仕事できちんと収益を上げて、周囲に迷惑が掛からないようにやれないだろうか」「給料を貰って漫画が描けたらどんなに幸せだろう、そんな会社で働きたい」と、思っていました。

田中さんの漫画への思いと高橋先生への思いが上手く合致したのですね

そうなのです。これは必然的だったと思います。漫画を描くことを諦め切れなかった自分が、子どもの病気で医師としても、人としても尊敬する先生と出会い、その先生を主人公に漫画を描きたいという思いが高まっていました。きっとそういうタイミングだったのでしょうね。ウェブの仕事をしながらも事務所用のマンションを借りて、少しずつ備品を揃えて、『義男の空』発刊への準備をしていました。

北海道で「漫画」と言えば「エアーダイブ」と 言われるようになりたい

田中さんが、『義男の空』で描きたかったことはどんなことですか?

描きたかったのは、高橋先生と患者さんたち家族の姿です。医療従事者目線で描かれる漫画は多いのですが、僕は、患者目線に立った漫画こそリアルだと思います。患者目線で描くことで、同じ病気を抱える子どもを持つ家族の頑張りに繋がるのではないかと思ったのです。実在する医師を主人公に本を出すことで、今も病や障がいと対峙している多くの人たちに、北海道にこんなに素晴らしい医師がいるということが伝えられますし、『義男の空』を読んだ子ども達のなかから、次世代の高橋義男先生が現れて欲しいという願いも込めています。

『義男の空』の作者名には、社名である「エアーダイブ」と記されていますが。

世の中一般に、漫画文化が広く受け入れられるようになったとはいえ、漫画で食べていける人というのは、ほんの一握りです。漫画は年をとると食べていけなくなる確率が高く、また、継続して食べていくのも難しいのです。 もしも僕の名前で漫画を出していたら、僕がいなくなったらそれで終わりになります。それを避け、北海道で漫画と言えばエアーダイブと言われるようになるため、継続的に会社をブランディングしていく必要があるのです。当社ではスタッフと共に創り、共に成長し続ける組織づくりを目指しています。また、スタッフの一人ひとりが安定かつ安心できる会社を作りたいという思いもあって、当社で発刊している本の作者名は「エアーダイブ」としているのです。

絵はスタッフの方たちが描いているのですか?

はい。僕も含め皆で描いています。当社の制作過程の特徴は「共創」というスタイルをとっていることです。それぞれの長所を活かした分業制にすることで業務の合理化を実現し、表現できる最大限のクォリティーを発揮することが目的です。 当社は採用時に描画試験をするので、はじめからある絵を描けなくてはダメですが、入社後、全員が描き方のガイドラインを学びます。実践を重ねてだいぶ絵柄が統一できるようになったので、近ごろは僕のチェック時間も減りました。

動いているうちに、気が付けば出版社に 周囲の助けで書店販売が可能に

初めから出版まで自社でやろうと考えていらしたのですか?

初めはそんなつもりではなく、まずは原稿を持って色々な出版社を回りましたが全く否定的な出版社ばかりでした。ですが、一社だけ、非常にいい企画だと評価してくださり出版の話になったところがあったのですが、タイトルも、内容も、出版社も、作者まで変えろと言われて、自分たちの考えるスタイルで出版してくれないのであれば、自分たちで出すしかないと決断しました。この本を出すために出版のことを勉強して、漫画を描くことはもちろん企画も制作も編集も、すべて自分たちでやっていたら、いつのまにか出版まで、自社で行うことになってしまいました。

販売ルートはどのように確保したのですか?

取次店がないと書店に流通しないと聞いてどうしようかと思っていたら、当時、教科書取次店の日教販の支社長さんが、僕の出版への強い想いに賛同してくださり、教科書取次店なのに漫画を取り扱ってくださいました。創業以来初めてのことだとおっしゃていましたが、この助けが無ければ、『義男の空』は世の中に出ませんでした。 印刷についても大きな助けをいただきました。北海道で漫画の印刷をしているところがなく、漫画用の紙を仕入れているのは当社だけで、費用も非常に高い中、協力するといって手を挙げてくれたのが須田製版さんでした。当時の部長さんが僕の強い想いに賛同してくださったおかげです。

そういった助けがあって『義男の空』が書店に並ぶことになったのですね。

そうなのです。最初は5店での販売でしたが、今では全国展開もできて、700店舗までの取り扱いに広まって、書店での売上ランキングでも上位になりました。札幌紀伊国屋本店さんでは、発売月のコミック売上げランキング1位を獲得することができました。その辺りから動き出したなって感じでしたね。 テレビ番組の『奇跡体験!アンビリバボー』で、『義男の空』と家族を取り上げてもらったことも、全国的に知ってもらうきっかけとしては、大きかったと思います。

夢は『義男の空』の映画化 漫画という文化を残していきたい

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漫画だけでなく、絵本も作っていらっしゃるのですね。

漫画なら漫画だけ作っていれば合理的だと思うのですけど、違う個性を混ぜることで、さまざまな発想やアイデアが生まれ、それが新しい作品に繋がっていくと思うのです。そうやってきたおかげで、自社で出版した作品が今や営業マンとしての働きをしてくれるので、事業にも広がりが出て、最近では企業や自治体からの広告の依頼も入ってきていますね。

今後の夢や展望について教えてください。

夢は、いつか『義男の空』が映画化され、一人でも多くの人に『義男の空』で伝えたかった想いや願いが伝わることです。それから、年をとったらプロを養成する漫画塾も作りたいですね。そこで教わった人が、後に教える側になり次世代へ繋いでいく環境をつくって、漫画という文化を残していきたいのです。 また、地域と共生していく新しい出版の在り方にもチャレンジし、漫画という文化産業が世界に誇れるものとして存在し続けるよう努力したいと思っています。

取材日:2015年12月18日 ライター:八幡智子

有限会社エアーダイブ

  • 代表者名:代表取締役 田中 宏明(たなか ひろあき)
  • 設立年月:2006年3月
  • 資本金:300万円
  • 事業内容:出版事業、クリエイティブ事業、ライツ
  • 所在地:札幌市中央区南8条西4丁目422番地5 グランドパークビル3F
  • URL:http://www.air-dive.com/
  • お問い合わせ先:上記HPの「お問合せ」より
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