アニメ2025.12.29

描きたいのは「多様性」河森正治監督が映画『迷宮のしおり』に込めた、作り手としての飽くなき挑戦

Vol.83
映画『迷宮のしおり』監督
Shoji Kawamori
河森 正治
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©『迷宮のしおり』製作委員会

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©『迷宮のしおり』製作委員会

2026年1月1日に公開となる劇場アニメ『迷宮のしおり』。引っ込み思案な前澤栞が、スマートフォンの中に広がる不思議な世界に閉じ込められることから物語が動き出す、身近なスマホを軸にしたSFストーリーです。
「個人情報が集積されたスマホは、もう1人の自分なのでは」という気づきから企画された本作は、エンターテインメントを通してさまざまな問いかけを視聴者に投げかけてきます。
『マクロス』シリーズや『アクエリオン』シリーズほか、さまざまなアニメーション作品を生み出してきた河森正治監督に、本作に込めた思いをうかがいました。

「スマホはもう1人の自分かも」という着想を夢からえる

『迷宮のしおり』の制作が始まった時期や、着想のきっかけを教えてください。

制作が正式にスタートしたのは、2020年頃だったと思います。途中でコロナ禍の影響がありましたので、「5年以上、ずっと作り続けてきた」というわけではありませんけどね。
着想のきっかけは、10年ほど前のことです。当時の僕は、スマートフォンをどこかに置き忘れたり、落として液晶画面を割ってしまったりすることがよくありました。そんなある日の夜、就寝して不思議な夢を見たのです。
夢の中で僕は、学生時代に過ごしていたような横浜の坂道を自転車で下っていました。そして、ふと「スマホを落としてしまった」と感じ、止まって足元にあるスマホを拾い上げたら、なんと自分のポケットにもスマホが入っていたのです。足元に落ちていたのは誰のスマホだろう? しかし、個人情報がたくさん入っているであろう、他人のスマホを勝手に見るのは申し訳ない気持ちもある……。
そういう夢を見て、スマホはインターネットの検索履歴、発信や着信の履歴、撮影した写真など個人情報の塊で、「もはやもう1人の自分みたいになっている」ことにふと気がつきました。
この夢や気づきは、エンターテインメントに昇華できるのではないかと考えたのが『迷宮のしおり』着想のきっかけです。

(睡眠中に見た)夢にヒントをえたというのは驚きです。

僕はTVアニメを手がけるにしても原作がある作品ではなく、オリジナルの作品ばかり手がけてきていますので、オリジナリティに関しては自分なりのこだわりがあります。
ノンフィクションやドキュメンタリー作品を見て創作の着想をえることもあるかもしれませんが、それは僕の中では一次創作(オリジナル)より二次創作に近いと思っています。しかし、(睡眠中に見る)夢は極めて個人的な体験ですので、夢から着想をえた企画もまた、オリジナリティがあるといえるだろうと。

スタンプは自分の本心や素顔を覆い隠してしまうこともある

作中で不思議な世界に迷い込んだ栞は、ウサギの姿をしたしゃべるスタンプ・小森と出会います。また、作中では「人はスタンプの裏に偽りや孤独を隠す」というセリフもあり、スタンプというモチーフが非常に印象的に描かれていました。河森さんはスマホで日常的に使用されるスタンプにどのような印象を持っていますか。

スタンプを使う人全員がそうしているというわけではありませんが、スタンプは返答をにごす、ごまかすといった用途で使うこともありますよね。スタンプは日本人が得意とする、複合的なコンテクストが込められたコミュニケーションを可能にするものだと捉えています。
だからこそ、スタンプは使いすぎると自分でも気づかぬうちに本心や素顔を覆い隠してしまうこともあると思います。『迷宮のしおり』では、スタンプのそういう側面を描きたいという思いもありました。

スタンプは便利で楽しいだけのものではないかもしれない、と。

僕は良し悪しを語りたいわけではないのです。これは『迷宮のしおり』にかぎらず、『超時空要塞マクロス』(1982年)を手がけた頃からずっと考えていることです。『マクロス』は、地球人と異星人の間で戦争をする物語です。しかし、どちらが強いか、正しいかではなく、「歌」という戦いとまったく異なる文化が持ち込まれることで戦争が終結する構造になっています。

戦いしか知らない異星人たちが、歌という未知の文化に衝撃を受けて戦う手を止める『マクロス』のストーリーは衝撃的でした。

あの頃からずっと、僕はいかに「多様性」をエンターテインメントに昇華できるかを考え続けていたのかもしれません。今年は「2025年大阪・関西万博」でもテーマ事業プロデューサーを務めさせていただきましたが、そこでも「生命が持つ多様性をいかにして描くか」というテーマとずっと向き合っていました。

良し悪しの二元論に捉われない「多様性」を描きたい

「良い・悪いの二元論にはならない創作をしたい」という思いと、「多様性を表現したい」という思いは、どちらが先だったのでしょうか。

「良い・悪い」の範疇に納まらない物語を描きたいという思いは、昔からずっとありました。そして、ここ数年で、その思いを突き詰めていくと多様性にたどりつくのだと分かりました。
『迷宮のしおり』を含め、僕はSF作品をよく手がけます。そして、SFに欠かせない科学は量子論以前では再現性が求められます。同じ条件であれば、どこで誰がやっても同じ結果が出なければなりません。言い換えると、再現できるか、できないかが重要な科学やテクノロジーでは、多様性をうまく表現できないのです。
しかし、生きものは太ったり痩せたりしても問題なく動き続けられますし、心の在り方も一様ではない。心は多様性を必要としており、多様性を表現できる概念だと思うのです。
そして、先ほど話したようにどちらが良くてどちらが悪いかという話ではなく、それぞれの向き・不向きをうまく絡み合わせると、エンターテインメントに昇華できる。これが、数々のアニメーション作品を手がけてきて、大阪・関西万博での経験も踏まえた僕がたどりついた結論です。

『迷宮のしおり』には、大阪・関西万博に携わった経験も生かされているのですね。

万博の話を続けると、僕は1970年開催の大阪万博にも行きました。当時10歳だった僕は、会場でいろいろな国のさまざまな文化、建物、食べ物などに触れて、その多様性に大きなカルチャーショックを受けました。同時に、当時住んでいた横浜から富山の山奥にある生まれ故郷に帰ることもよくあって、帰郷するのも楽しかった。どちらかだけではなく、行ったり来たりするのが好きでした。
『迷宮のしおり』も、視点が現実の横浜と栞が迷い込んだ迷宮のような横浜を行ったり来たりする構成になっています。このような構成になったのも、自分の体験や思い出が根底にあるかもしれません。

その行ったり来たりも、多様性の表現のひとつでしょうか。

そうです。「古い田舎を捨てて、都会で生きる」とか「都会の息苦しさに疲れて、田舎暮らしに癒される」みたいなどちらが良いかではなく、どちらの暮らしも楽しめる方が、充実した人生を送れますよね。そういう意味でも、多様性を持って生きられる世界になればよいなと思います。

スマホは時間と空間を超越する「超時空デバイス」である

『迷宮のしおり』に話を戻しますが、作中ではSNS、動画配信、短期間で爆発的に話題や動画が波及する「バズ」などが重要な要素として描かれています。ここ10年ほどで急速に広まったこうした文化や潮流を、どのように見ていますか。

ささいなことでバズることがあってすごいな、おもしろいなと思う一方で、激しいバッシングが発生しているのを目にすると、バズが制御できないモンスターのように感じられることもあります。そうした要素を身近なものにしているのが、誰もが肌身離さず持ち歩くスマホであるということも、あらためて考えると興味深いです。
かつてのパソコン以上の性能を持つ端末が手のひらに収まるほど小さく、いつでも世界中とつながれて、昔撮った写真を見返すことで過去にもさかのぼれる。スマホは、時間も空間すらも超越する、いわば「超時空デバイス」なのだなと。

アニメ『超時空要塞マクロス』のように、「超時空」という概念は河森さんにとって重要な意味を持っているのですね。

僕は、これまでに巨大なロボットが登場するアニメを数多く手がけてきました。『迷宮のしおり』はスマホに焦点が当たっていますが、人の感覚を拡張増幅するという意味では、スマホも巨大ロボットに匹敵するシステムなのではないかと思っています。
僕たちはスマホを使うことで、スーパーロボットレベルの力を手にできていることを自覚して活用できるのか?『迷宮のしおり』は、そうしたメッセージも込められればと思って制作しました。

描きたいテーマをエンタメに昇華させる挑戦を続けていく

最後に、『迷宮のしおり』も含め、創作するうえで大切にしている信念やスタンスがありましたら教えてください。

自分の描きたいテーマだけが前面に出た作品は、文芸作品の趣が色濃くなっていきがちです。しかし、僕は難解な文芸作品を作ると言うよりは、アニメーションという媒体で、それをどこまでエンターテインメントとして昇華できるかに挑戦し続けています。
エンターテインメント作品を生み出すのは、いつまで経っても難しくて奥深い。そして、追求したいことが尽きないくらい魅力的な創作プロセスでもあります。

河森さんはアニメーション監督としてだけでなく、メカニックデザイナーとしても多くの実績を残しておられますね。

自分にとってデザインというものは、誰かに依頼されたカタチを描くことではありません。必然的にそのデザインにたどりつくコンセプトを考える行為だと捉えています。そういう意味では、メカだけでなく、キャラクターの感情やストーリーの構成を考えるのも僕にとってはデザインであるといえます。
僕が一番デザインしたいと思っているのは新しい「感動」です。いつか、新たな時代を揺り動かしたり、呼び起こしたりするデザインを生み出したい。そのために、今後もチャレンジを続けていきます。

取材日:2025年11月21日 ライター:蚩尤 動画撮影:浦田 優衣 動画編集:鈴木 夏美

©『迷宮のしおり』製作委員会

『迷宮のしおり』
2026年1月1日(木・祝)公開

出演:SUZUKA(新しい学校のリーダーズ)
原田泰造、伊東蒼、齋藤潤、速水奨、坂本真綾、杉田智和、寺西拓人

原案:河森 正治(Vector Vision)・橋本 太知(スロウカーブ)
原作:Vector Vision・スロウカーブ・ギャガ・フジテレビジョン
監督・メカデザイン:河森正治
脚本:橋本太知
キャラクターデザイン・ビジュアルスーパーバイザー:江端里沙
音楽:yonkey
アニメーション制作:サンジゲン
配給:ギャガ

©『迷宮のしおり』製作委員会

公式サイト:https://gaga.ne.jp/meikyu-shiori/
公式X:https://x.com/meikyu_shiori

 

ストーリー
引っ込み思案な女子高生・前澤栞は、親友の希星と撮ったある動画がきっかけとなり、スマホの中に広がる不思議な世界に閉じ込められてしまう。
栞の目の前に現れたのは、ウサギの姿をしたしゃべるスタンプ・小森。
「閉じ込められたんですよ、この<ラビリンス>に」。
途方に暮れる栞に手を差し伸べたのは、若き天才起業家・架神傑。架神は栞に「本当の自分を取り戻させてあげる」と約束をする。
そのころ現実世界では、派手なスタイルに身を包んだもう一人の「SHIORI」が栞と入れ替わり、SNSを駆使して自由奔放に振る舞っていた。彼女の狙いは本物の「栞」に成り変わること。架神はSHIORIとも接触し、「ある計画」をささやく。
架神の真の狙いとSHIORIの野望が、やがて世界を巻き込むある騒動を引き起こしていく。

プロフィール
映画『迷宮のしおり』監督
河森 正治
1960年富山県生まれ。アニメーション監督/メカニックデザイナー/ビジョンクリエイター。株式会社サテライト特別顧問。慶應義塾大学工学部に在学中から、クリエイティブ企画制作集団“スタジオぬえ”に入社し、タカラ(現 タカラトミー)へ出向。TVアニメ『超時空要塞マクロス』(1982年)の原案、設定、メカデザイン、脚本、絵コンテなどを手がけ、劇場アニメ『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』(1984年)で23歳にして監督デビューを果たす。その後もオリジナルTVアニメの制作やゲームのメカデザインなどを精力的に手がけ、2025年には大阪・関西万博のテーマ事業プロデューサーを務めた。2026年1月1日公開の最新作『迷宮のしおり』は、自身初のオリジナル劇場長編アニメーション。

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