スピッツの名曲「楓」から生まれた純愛ラブストーリー、“遠慮し合う”ふたりの切ない心情がリアルに胸を打つ

Vol.82
映画『楓』監督
Isao Yukisada
行定 勲
拡大

©2025 映画『楓』製作委員会

拡大

©2025 映画『楓』製作委員会

拡大

©2025 映画『楓』製作委員会

拡大

©2025 映画『楓』製作委員会

拡大

©2025 映画『楓』製作委員会

拡大

©2025 映画『楓』製作委員会

国民的ロックバンド・スピッツが1998年にリリースし、大ヒットを記録した名曲「楓」。発表から27年にわたり、多くのアーティストにカバーされるなど、愛され続けてきたこの楽曲にインスピレーションを受けたラブストーリーが誕生しました。
メガホンを取ったのは、これまで多様な恋愛映画を手掛けてきた行定勲監督です。1つの楽曲を基に、どのように物語をつくり上げていったのでしょう。また、主演を務める福士蒼汰さん、福原遥さんとのエピソードなどもうかがいました。

正解のない物語づくり。見る人に答えを委ねる世界観に

まずは、本作『楓』の監督を務めることになった経緯について教えてください。

企画自体は、プロデューサーの井手陽子さんがコロナ禍前から温めていたものでした。脚本家の髙橋泉さんが書いたシナリオもすでにあり、「監督を誰に依頼しようか……?」と検討した上で、私に声が掛かったのです。普段、私自身が企画から手掛けることがほとんどなので、こうやって依頼をいただく仕事はとても新鮮です。しかも、久しぶりの直球ラブストーリーですから、おもしろいチャレンジになるだろうとお引き受けしました。

ベースとなるシナリオを基に、あらためて物語をアップデートしていったとのこと。原作が小説や漫画ではない分、難しさもあったと思いますが、どのように物語を練り上げていったのでしょうか。

レジェンド級のバンド、スピッツの代表作とも言える楽曲ですから、当然、楽曲を愛している人がとても多い。おそらくそれぞれの中に「楓」のストーリーがあって、その分、物語化するハードルは上がるわけです。もちろん私や井手さん、髙橋さんがイメージするストーリーも異なります。けれど、皆の解釈のいいところ取りをして1つの物語にしてしまうと、全くエッジのないものが出来上がってしまう。それはスピッツっぽくないと思いました。スピッツの楽曲は、一筋縄ではいかない、ストレートに何かが伝わるものではないのが魅力で、それを表現するべきだと思ったのです。だから、どのように楽曲を解釈して物語をつくり上げるかについて、たくさん議論を重ねました。

確かに「楓」の歌詞を見ても、「さよなら 君の声を抱いて歩いていく」という表現から「別れ」はイメージできますが、多様に解釈できますね。

私は、死と生の境界線上を歩いているような歌詞だなと感じました。死んでいった人たちが生きている人を見つめているようにも思えるし、残された人が亡くなってしまった人に対して想いを伝えているようにも聞こえる。正解はどこにもなくて。それがスピッツのすごいところですよね。世の中には、誰かから見た情景を一人称で語っていく楽曲が多い中で、いろいろなものを超越していく表現は、スピッツならでは。映画には答えはなく、見た人が答えを持つものですから、そういう意味でスピッツの楽曲には、非常にシンパシーを感じますね。

日本人特有の価値観を詰め込んだ、リアルな恋愛の形

行定監督は、「楓の花言葉の1つである、“遠慮”を核にして恋愛を描きたいと思った」とコメントされています。実際に、「遠慮」をどのように物語に落とし込んでいったのでしょうか。

「遠慮」って、とても日本人らしい心情だと思いませんか。『楓』の撮影準備に入る前、韓国で1年間ほどドラマを撮っていたんです。そこで韓国人の日本人とは違う価値観や振る舞い方を体感していたからこそ、互いに譲り合ったり、あえて踏み込まなかったりする日本人特有の情緒のようなものを、いっそう感じるようになりました。日本映画は、長く欧米を中心とした海外のおしゃれなラブストーリーに影響を受けてつくられてきましたが、30年近く映画を撮ってきて思うのは、「日本人らしいラブストーリーでいいのではないか?」ということ。
ラブストーリーには、相手との間に格差や距離があったり、相手が誰かの恋人だったりと、何かしらの障害が必要だと思うのです。その障害を何にするのかが、ラブストーリーのオリジナリティだと思っていて。『楓』の場合は、登場人物それぞれが抱く「遠慮」がその役割を果たしています。

双子の兄弟、そして弟のフリをする兄という、難しい役どころを演じた福士蒼汰さんはいかがでしたか。

弟の身代わりをする役なので、福士さんとは「明確に2人を演じ分けるのはちょっと違うよね」という話をしました。「1人が2人になっている」という発想で演じてもらえるといいなと思っていたのですが、見事にやっていただけました。兄弟2人ともに優しさや穏やかさといった共通点があり、異なるのはそれぞれのコンプレックスの抱え方なのかなと。それを小手先のテクニックではなく、心情の持ち方を変えることで演じ分けた福士さんは素晴らしいですね。

福原遥さんは、「監督といろいろなことを話し合って、つくり上げました」とコメントしています。具体的にはどのようなことを話したのでしょうか。

福原さん演じる亜子は、もしかしたら「ずるい人」のように見えてしまうかもしれない。そう見えてしまっては、キャラクターとして愛されないのではないか……。福原さんとのやり取りの中で、そのような意見をもらいました。でも、ずるさは人間が誰しも持ち合わせているもの。それが露呈しなければ、キャラクターがリアルに見えてこないはずだと彼女に伝えました。亜子が置かれた過酷な状況や、そこから生まれる心情がしっかりと表現できれば、むしろずるさはあった方がいいだろうと。人間には必ず、愚かさやあいまいさや醜さがあって、私は映画の中でそういう部分を見たいんですよね。

誰も足を踏み入れていない領域こそ、表現者として目指す場所

これまで多くの恋愛映画を手掛けていらっしゃいますが、リアルな恋愛模様を描くために、普段から気を付けていることなどはありますか。

私は、会話の中で誰かが言った言葉に影響を受けることが多いですね。以前、「あらゆる出来事において、ほとんどが幻です」と言った人がいて、その言葉に興味を持ちました。皆、起こってもいないことに対して、「こうなるのでは」「ああなるのでは」と心配して不安がっているけれど、それは幻でしかありません。でも、あえてその幻と向き合って、闇の中をさまよって、やがて光を見つける。それが人間らしさなのかなと思ったんです。幻を見てしまったために関係がこじれてしまう……、そういう物語がリアルなのではないかと。このように、ある会話を映画に当てはめて考えることもありますね。

読者である、若手クリエイターにエールをお願いします。

ものづくりには答えがありません。だから不安が生まれて、誰かと似たもの、前例があるものを、少しだけ角度を変えてつくろうとしてしまいます。映画であれ、デザインであれ、それが安心だしラクなんですよね。でも本当にすごい表現とは、誰もやっていない領域に足を踏み入れること。私もずっとその領域を目指していますが、なかなかたどり着けません。だからこそ、海外で作品を撮ったり、自分の企画ではない依頼を受けたりといろいろな挑戦をしているんです。私の年齢やキャリアで、わざわざ新しいことに手を伸ばす必要はないかもしれないけれど、まだ誰も到達していない領域へ行きたいから、チャレンジしています。
今は、機材も豊富にあるし、スマホでも映像が撮れてしまうし、編集もテクニックでかっこよくできてしまいます。でも、誰かと比較して自分の立ち位置を意識するようなあざとい作品をつくっても意味がない。未知の領域を目指すのは怖いかもしれないけれど、ぜひありきたりではないゴールを目標にしてほしいですね。

取材日:2025年11月11日 ライター:佐藤 葉月 動画撮影:布川 幹哉 動画編集:鈴木 夏美

©2025 映画『楓』製作委員会

『楓』
12月19日(金)全国公開!

出演:福士蒼汰 福原遥
宮沢氷魚 石井杏奈 宮近海斗
大塚寧々 加藤雅也
監督:行定勲
脚本:髙橋泉
原案・主題歌:スピッツ「楓」(Polydor Records)
音楽:#Yaffle
プロデューサー:井手陽子 八尾香澄
製作:映画『楓』製作委員会
制作プロダクション:アスミック・エース C&Iエンタテインメント
配給:東映 アスミック・エース
©2025 映画『楓』製作委員会

公式サイト:https://kaede-movie.asmik-ace.co.jp
公式X:@kaede_movie1219
公式Instagram:@kaede_movie1219
公式TikTok:@kaede_movie1219

ストーリー
僕は、弟のフリをした。君に笑っていてほしくて。
須永恵(福士蒼汰)と恋人の木下亜子(福原遥)は、共通の趣味の天文の本や望遠鏡に囲まれながら、幸せに暮らしていた。しかし朝、亜子を見送ると、恵は眼鏡を外し、髪を崩す。実は、彼は双子の弟のフリをした、兄・須永涼だった。
1ヶ月前、ニュージーランドで事故に遭い、恵はこの世を去る。ショックで混乱した亜子は、目の前に現れた涼を恵だと思い込んでしまうが、涼は本当のことを言えずにいた。
幼馴染の梶野(宮沢氷魚)だけが真実を知り涼を見守っていたが、涼を慕う後輩の日和(石井杏奈)、亜子の行きつけの店の店長・雄介(宮近海斗)が、違和感を抱き始める。
二重の生活に戸惑いながらも、明るく真っ直ぐな亜子に惹かれていく涼。いつしか彼にとって、亜子は一番大事な人になっていた。一方、亜子にもまた、打ち明けられない秘密があったー。

プロフィール
映画『楓』監督
行定 勲
1968年8月3日生まれ、熊本県出身。
助監督として岩井俊二監督、林海象監督や若松孝二監督などの作品に参加。1997年に「OPEN HOUSE」で長編映画デビュー。長編第2作「ひまわり」(00)で釜山国際映画祭国際批評家連盟賞を受賞。2002年「GO」(01)で、第25回日本アカデミー賞最優秀監督賞を始め数々の映画賞を総なめにし、脚光を浴びる。2004年「世界の中心で、愛をさけぶ」が、興行収入85億円の大ヒットを記録し社会現象に。2010年「パレード」で、第60回ベルリン国際映画祭にて国際批評家連盟賞を受賞。2018年「リバーズ・エッジ」でも、第68回ベルリン国際映画祭にて同賞を受賞。その他にも、「北の零年」(05)、「今度は愛妻家」(09)、「真夜中の五分前」(14)、「ナラタージュ」(17)、「窮鼠はチーズの夢を見る」(20)、「リボルバー・リリー」(23)等を手掛ける。情感あふれる耽美な映像と、重層的な人間模様が織り成す行定監督作品は、国内外で高く評価され、観客の心を揺さぶり続けている。また、韓国ドラマをはじめて演出した「完璧な家族」(25)がLeminoで独占配信中。

日本中のクリエイターを応援するメディアクリエイターズステーションをフォロー!

TOP