映像2025.11.14

映画『金髪』坂下雄一郎監督、着想のきっかけは“ブラック校則”「生徒みんなが金髪にしてきたら」

Vol.81
映画『金髪』監督
Yuichiro Sakashita
坂下 雄一郎
拡大

拡大

拡大

拡大

拡大

拡大

拡大

拡大

拡大

拡大

大人になりきれない教師が、金髪にしてきた生徒たちに振り回されながらも成長していくさまをユーモラスに描いた『金髪』。奇抜なストーリーと個性豊かなキャラクターたちがぶつかり合う、オリジナリティあふれる作品となっている。

若手でも中年でもない年頃で自分を客観視できない中学校教師・市川(岩田剛典)の受け持つクラスの生徒数十人が金髪に染めて登校。学校はパニックになり、マスコミやネットでは“金髪デモ”と面白おかしく取り上げられ、文科省からは叱責される日々。そんな中、市川は“金髪デモ”を計画した張本人・板緑(白鳥玉季)と手を組み、ある作戦に打って出る。

皮肉とグチと笑いに満ちた本作を撮った坂下雄一郎監督に、本作の誕生秘話とオリジナル作品への思いなどを教えてもらった。

群像劇から1人の教師を掘り下げる脚本へ改訂を重ねた

本作が誕生した経緯を教えてください。

『決戦は日曜日』(22)でご一緒したプロデューサーの方に声をかけていただき、当時、“ブラック校則”がニュースを騒がせていたので、“校則”を題材にすることになったのですが、具体的に何か物語を思いついていたわけでもなく。そこから、海外の学生が制服を自由に選べるように抗議するため、男の子たちがスカートを履いて登校したというネットニュースを思い出し、日本の生徒たちがこのようなことを起こしてきたら…というところから物語が膨らんでいきました。とはいえ、制服に関しては日本では選べる学校が出てきているので、制服の他に厳しい校則といえば頭髪だと思い、思い切って「生徒みんなが金髪にしてきたらビジュアル的にもインパクトがあるのでは」と物語の骨格が生まれていきました。

“校則”を描きながらもそこに携わる人々が魅力的でした。

僕が映画を作るときはエンタメ性のある作品を作りたいと思っているんです。そしてエンタメ性のある作品と考えたとき、大事にしたいのはキャラクターが魅力的かどうか。誰かと出会うことで悪い人からいい人に成長したり、何かに気づいたり…とキャラクターたちの変化がシナリオの軸になっていくと多くの人に受け入れやすいのではないかと考えていて。そういう意味でも本作はいろんな考えを持って“校則”によって右往左往する人々がたくさん出てきます。

中でも岩田剛典さんが演じた中学校教師・市川は自分を客観視できないイタい人物ですが、すぐにこのキャラクターは生まれたのですか?

実は物語の骨格が生まれた後、教師と中学校を管轄している教育委員会の職員、さらに上の存在である文科省の職員がそれぞれの立場で右往左往する群像劇を想定していたんです。ただそれだとあまり面白い物語ができず…。そこで思い切って1人の教師を掘り下げていこうとなって、市川という人物が生まれました。普通のいい教師が金髪の生徒を対応するより、何かしら毒を持った人物の方が面白いんじゃないかとなり、いい人ぶっているけれど心の中で「金髪になんかするなよ。面倒くさいだろ」みたいなスタンスのキャラクターが日本的で魅力的な気がして。そして生徒側から描くより教師側から描いた方が皮肉なコメディ色が強くなるのではないかと、市川が主人公になっていきました。

17回も脚本を改訂したとのことですが、よりいいキャラクター付けができてプラスしていったという感じなのですか?

それもありますし、最初は群像劇バージョンから今の形にするのにも何度も改訂していて。あとは並行して取材を重ねていたのでそれもプラスされ、かなりの改訂数になっています(笑)。

脚本に必要な情報を書き込むことでキャラクターを共有

市川について岩田さんとどのようなお話をされたのですか?

先輩たちからは好かれていてそれを自覚している人物で、心の中では今回の騒動も面倒くさいと思っている、といったことは伝えたような気がします。あと今回からですが、シナリオにさまざまな説明を足すように変えました。通常、日本のシナリオは感情や過去の経歴といった映らないことはあまり書かないみたいなことが多いのですが、海外は意外といろんなことが書いてあると聞いて、書いちゃおうかなと(笑)。このとき心の中ではこう思っています、この先生は働いて何年目で何の科目を担当しています…みたいな情報をシナリオに書いて、キャラクターの説明を共有することにしました。僕自身、口下手な方で現場でも口数が少ないのでそれをカバーしようという狙いもあるのですが。

変化はありましたか?

ロケ場所を探すときに、アパートの部屋という文字だけだと探しにくいですが、埼玉県にある築浅の1LDKで…など書いてあると取っかかりがあるようで、難しくても「逆にこういうのはどうですか」みたいな判断を速くいただけるのはラクでした。ただ俳優さんにとってはどうなのかはわからないですが。とはいえ岩田さんのお芝居を見ていると書いていたことが具体化され、さらにそれをお芝居で超えてきてくださったので、よかったなと思っています。

生徒たちも物語の大きな役割を担っていましたが、生徒を演じた俳優さんはどのように選ばれたのですか?

基本、セリフがある人たちはオーディションです。まず校則に疑問を持っている板緑役をオーディションし、白鳥玉季さんが決まった後に他の生徒たちを決めていって。演技力を見せていただきました。

生徒たちもかなり個性的でしたよね。キャラクターを描く上で大事にしていることを教えてください。

単体で考えるより、誰かと話すことで個性を出したいと考えました。特に今回の映画は基本2人で1ペアのシーンが多く、やり取りで面白さを引き出したいと考えていました。そのため、こういうキャラクターだとこういうことを言うよねということを大事にしていて。板緑だと、中学生なのに大人びたことを言っているのが面白いので、市川とのやり取りであえて大人が言うようなセリフを割り当てたり、逆に市川には粗が見えるセリフを当てたりしています。ただ議論に関してはあまり言葉上ではキャラクターが出てこないので、そこはキャラクターをうまく見せる人やそのセリフを言っていても違和感がない雰囲気を持っている人を選んでいます。

今回、ナレーションでもある心の声を市川が担当していますが、自分に対してツッコむことで対話をしているように見えますね。

心の中で思っていることをそのまま語るのではなく、誰かに向かって話しかけているという設定にすることでクスッと笑えたりするんですよ。これは『トレインスポッティング』(96)や『ファイト・クラブ』(99)などでも見られる手法ですが、このことによりユーモラスに見えていると思います。

オリジナルも原作モノも自分が面白いと感じるかを大切に

坂下監督といえば、現在公開中の人気小説を映像化した『君の顔では泣けない』も監督されていますが、オリジナルと原作モノを作る際に違いを感じる部分はありますか?

面白いものを作ることに関しては一緒ですが、原作モノはなんでもかんでも原作から変えていいものではないと思います。今回みたいに途中から群像劇から1人語りの作品にすることはあまりない気がします。そのため、原作モノはこのような方針で脚色するといった大まかな形やコンセプトが最初から見えている必要があると思います。逆にオリジナルは変幻自在で余白があるというか。だからいかようにもできる難しさみたいなものもありますが。ただどちらも自分が面白いと感じるかを大切にしていることには違いないです。

これまでオリジナル作品をたくさん作られていますよね。

こだわっているというわけではなく、原作モノの話が単純に来なかっただけなんです(笑)。オリジナルの依頼があることはうれしいのですが。原作モノもオリジナルもそれぞれの作る上での楽しみ方はあるので、それは今後も楽しみながら作っていきたいです。

本作もですが監督の作品はシニカルな作品が多いような気がするのですが、そこはあえて狙っているのですか?

10代のころ好きだった作品に『マルコヴィッチの穴』(99)や『エターナル・サンシャイン』(04)があるのですが、どちらもチャーリー・カウフマンが脚本を担当しているんです。僕はカウフマンのことが好きで一時期、彼の作品を追いかけて作品を観ていて。少しひねくれた設定を描くのが上手で、そこに憧れていたので、きっと僕の作風もどこかシニカルなんだと思います。ただカウフマンと同じくらい、10代のころはピクサー作品も大好きで(笑)。ピクサーとチャーリー・カウフマンの合わせ技のような作風になっているんじゃないかと思います。

どんな仕事も自分にとって必要かどうかを見極めることが大事

いつから監督を目指していたのですか?

大阪芸術大学出身で、1年生で実習を取るのですが、そのときから監督以外の選択肢は頭になかったです。とはいえ、いろんなものを作ってはあまりウケないの繰り返しでした。そんな中、東京藝術大学の大学院に進学して、やっと納得できる作品を制作していったので、監督らしくなったのは大学院に行ってからのような気がします。

大学院で何を意識的に変えたのですか?

周りの学生が制作した映画を観ていると、人間関係をメインに描いた身近な世界の作品が多かったんですよ。そういう作風で撮っていても頭一つ出るのは難しいと考え、あえて私生活を描かず働いている様子がメインの映画を作り、差別化を図ったんです。これは当時の浅い考えなんですが、やはりライバルが少ない方がうまくいくんじゃないかと。なのでそのころは、一人暮らしの部屋や居酒屋といった学生映画によく出てくるシーンはなるべく撮らないように意識して作っていました。まぁ今ではこだわらずにそういったシーンも撮影しているのですが(笑)。

大多数よりニッチを狙ったということですね。

どちらの作風も好きというのは大前提なんですが、ニッチとまではいかないけれど、あまりみんなが選んでいない作風のほうがいいのでは、という感じです。あと、監督を生業にしていくのなら、ということを考えながら仕事をしていて、そうやって突き進んで今があるという感じです。

クリエイターとして大事にした方がいいと思うことを教えてください。

どんな仕事に関してもそれを自分がやる意味があるのかを考えることが大事かなと思います。映像だと、最初のころはすごく安い賃金だけど仕事はちょこちょこあるんですよ。そのときは、我慢してやった方がいいのかな?と思っていたのですが、今考えたら別にやらなくていい仕事もあったと思っています。それをやったことで何も生まれていないというか。

よく若いころはイヤなこともやった方がいいと言われますが、必ずしもそうではないこともあるかなと思っています。そこに意味があるのか自分で見極める必要があると思っています。ちなみに僕は若いころ、少し不毛な仕事をしていて、そこには出会いもなければ発見もなかった。そういうのは時間がもったいないと思います。仕事を受けるとき、自分にとって何が得られるかを考えて動くのが大事なのではないでしょうか。

取材日:2025年10月16日 ライター:玉置 晴子

©2025「金髪」製作委員会

『金髪』
2025年11月21日(金)公開

主演:岩田剛典
⽩⿃⽟季、⾨脇⻨、⼭⽥真歩、⽥村健太郎、内⽥慈
監督・脚本:坂下雄一郎
音楽:世武裕⼦
配給:クロックワークス

©2025「金髪」製作委員会

公式サイト:kinpatsumovie.com
公式X:https://x.com/kinpatsumovie

ストーリー
その⽇、中学校教師・市川(岩田剛典)の⼈⽣を⼤きく変える出来事が起きた。⼀つは担任クラスの⽣徒数⼗⼈が髪を⾦⾊に染めて登校してきたこと。そしてもう⼀つは、彼⼥から結婚の話を切り出されたこと。

マスコミやネット、さらには⽂科省まで巻き込み⼤騒動になる“⾦髪デモ”と、⽇々の愚痴を聞いた彼⼥からの⾟辣な説教で板挟みになる市川は、窮地を脱するために“⾦髪デモ”を計画した張本⼈・板緑(白鳥玉季)と⼿を組み、とある作戦に打って出る⋯。

仕事の問題と⼈⽣の決断が⼀挙に押し寄せた市川は、いつまでも若者で何事も順⾵満帆だと思っている“イタい大人”から“マトモな⼤⼈”へと成⻑し、全ての試練を乗り越えられるのか!?

プロフィール
映画『金髪』監督
坂下 雄一郎
1986年広島県生まれ。大阪芸術大学映像学科、東京藝術大学大学院映像研究科を卒業。2012年、『ビ―トルズ』で第22回ゆうばり国際ファンタスティック映画祭・オフシアター・コンペティション部門の北海道知事賞を受賞。翌年に『神奈川芸術大学映像学科研究室』でSKIPシティ国際Dシネマ映画祭2013長編部門の審査員特別賞を受賞した。その後も『らくごえいが/猿後家はつらいよ』(13)、『東京ウィンドオーケストラ』(16)、『ピンカートンに会いにいく』(17)、『決戦は日曜日』(22)を監督。2025年は『金髪』と『君の顔では泣けない』の2作品が公開。

日本中のクリエイターを応援するメディアクリエイターズステーションをフォロー!

TOP