映像2025.10.30

『爆弾』永井聡監督が明かす、山田裕貴&佐藤二朗が現場で生んだ“台本にはなかったシーン”

Vol.80
映画『爆弾』監督
Akira Nagai
永井 聡
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『帝一の國』(17)『キャラクター』(21)などで知られる永井聡監督が、呉勝浩の同名小説を映画化した『爆弾』。

酔った勢いで暴行事件を起こした謎の中年男・スズキタゴサク(佐藤二朗)が、取り調べ中 に「十時 ぴったり、秋葉原で何かあります」と予告し、その直後に街で爆発が起きる。前代未聞の事件の裏で、警視庁捜査一課の刑事・類家(山田裕貴)らが心理戦に挑む。

実力確かな俳優陣が高い熱量で撮影に向き合い、中でも山田と佐藤が現場で生み出した“台本にはなかったシーン”には凄みを感じたという永井監督。本作の撮影秘話を、自身のキャリアとともに聞いた。

「マイルドにしてはいけない」原作の強さを表現

まず、本作の監督を務めることになった経緯を教えてください。

2023年の3月頃に、プロデューサーの岡田翔太さんから原作小説を渡されたのがきっかけです。「監督の意見を聞かせてほしい」と言われて読んでみたら、あらすじの段階で面白くて。すぐに「ぜひやりたい」と感じました。ただ、普通のサスペンスではないので、かなりチャレンジングな作品になるだろうと思いました。

チャレンジになるというのは、どういう部分に感じたのでしょう?

まず、映画の半分以上が取調室のシーンになってしまう。映像的に画の変化が少なくなるので、これをどう見せていくか。さらに、東京では爆発シーンの撮影はなかなかできないんですね。でも原作では都心の真ん中で派手に爆発させているので、そこをどう表現するのか。

ただ、そこをごまかしたら、この作品の魅力がなくなってしまいます。最初に原作を読んだときに感じた衝撃をきっちり観客に伝えたいと思ったので、そのための準備や話し合いは何度も行ないました。

「原作の重厚感を表現する為こんなにも役者達と話し合い、掘り下げたのは初めて」 とコメントされていましたが、特にどんな点を話し合ったのでしょうか?

悪意がちりばめ られていて、人間の持つ闇をえぐってくる作品なので、そこをマイルドにしてはいけないと思ったんです。原作の持つ強さや尖っている部分、なんとも言えない読後感。そうした部分を表現するために、「お互いに覚悟を持ってやりましょうね」と。

どんな場面でも常に「こうした方がいいんじゃないか」と意見を出し合いながら撮影していて、役者陣の熱量もすごかったです。皆さん原作や脚本を気に入ってくれて、「今回の作品は他とは違うぞ」という気概を感じました。監督としては、それが何よりもうれしかったですね。

「台本にはなかった」俳優としての凄みを感じたシーン

実力ある俳優陣がそろっていますが、類家役の山田裕貴さんに対する印象は?


彼はどんな役でもリアリティを与えられる俳優だと思います。類家という役は、風貌だけ見ると博士っぽいというか、少しオタクっぽいというか。ボサボサ頭でメガネをかけていて、実際には捜査一課にいなさそうなタイプなんですね。でも、山田くんが演じると、そこにちゃんとリアリティが生まれて、決して漫画的にならない。そのあたりのうまさをすごく感じました。

実際に撮影する中で、印象に残っているシーンはありますか?

タゴサクと類家が話しているうちに笑い合うシーンがあるのですが、そこは台本にはなかったんです。いきなり2人が笑い出して、山田くんに「どうして笑ったの?」と聞いたら、「タゴサクが笑ってきたので、自分も笑い返した」と話していました。

そのシーンには不気味さがあって。類家も一歩間違えればタゴサクになっていたかもしれないし、逆にタゴサクだって真っ当な道に進んでいたかもしれない。2人はまさにコインの表と裏のような関係なんですよね。2人がそれを無意識のうちに感じ取って共鳴し合ったようなシーンになっていて、とても好きです。

役者として自然に反応して、そこから新しい奥行きが生まれる。俳優としての凄みを感じた瞬間で、本当に素晴らしかったですね。

スズキタゴサク役の佐藤二朗さんは、普段はコメディのイメージが強いですが、今回はシリアスな役どころですね。

実は小説を渡された時点で、岡田プロデューサーに「タゴサクは佐藤二朗さんで考えている」と言われたんです。まだ読んでいなかったので、そのときはピンと来なかったのですが、読んでみたら「二朗さん以外に考えられないな」と。頭の中で自然と二朗さんの声でセリフが再生されていくんですよ。

続編の『法廷占拠 爆弾2』も読んだのですが、やっぱり二朗さんにしか見えなかった。本人も「当て書きなんじゃないか」と言っているくらい共通点が多いし、ドラゴンズファンというのも一緒。まさにぴったりのキャスティングでしたね。

映画とCM、両方を手掛けることで生まれる強み

「人間の闇を映した映画にしたい」ともコメントされていましたが、特に観客に注目してほしいポイントは?

タイトルが『爆弾』なので、アクション的な展開を期待される方も多いと思うのですが、取調室での心理戦、それぞれの登場人物が複雑に絡み合う関係性、そうした部分を楽しんでもらえたらと思います。

それともう1つ、「善とは? 悪とは?」という問い。人間って、誰しも嫌な気持ちや醜い部分を持っているけど、理性で隠して生きていると思うんです。「いい人ぶってるけど、本当はどうなの?」「隣にいる人の本性を本当に分かっているんだろうか?」。そういうことを考えるきっかけになったら、うれしいですね。

ここからは監督ご自身についても伺いたいと思います。CMディレクターとしてキャリアをスタートされ、現在は映画とCMの両方を手掛けていらっしゃいますが、両分野を行き来することで、互いに影響を与える部分はありますか?


以前、ある映画プロデューサーに「映画監督のオファーが増えてきたし、映画1本に絞った方がいいだろうか」と相談したことがありました。そうしたら、「永井さんは絶対CMもやっていた方がいい」と言われたんです。「CMで培った技術を映画に持ち込むから、あなたは他の映画監督と少し違うんだ」と。確かに自分もCMが好きですし、その言葉に背中を押されて、今も両方続けています。

「CMをやっているから違う」とは、具体的にどういった点でしょうか?


CMって、バジェット(予算)が高いんです。海外ロケも普通にありますし、海外のスタッフや有名なカメラマンと組む機会も多い。カラコレ(色味調整)を海外のカラリストと一緒にやることもよくあります。

そういう経験は、日本映画の現場だとなかなか得られないんですよね。だからこそ、CMの現場で得た技術を映画に活かせる。複雑なCGも、短い尺のCMだからこそ試せることも多い。そういう積み重ねが経験値を上げてくれて、結果として映画で新しいことに挑むときにトライ&エラーが少なくなります。

あと、映画監督をやっていると、CMの現場で俳優さんたちが優しいですね(笑)。「ちゃんとした監督が来た」と思ってもらえるようで、以前より信頼されるようになりました。例えば俳優さんを待たせたとしても、ちょっとやそっとで怒られない(笑)。CM監督の地位がもう少し上がるといいなとも思いますが、そういう恩恵はあります。

日本で一番「オープニングがカッコいい監督」に

現在はAOI Pro.でCCO(チーフクリエイティブオフィサー)という役職にも就かれていますが、若手クリエイターと関わる機会も多いのでしょうか?

昔、企画演出部の部長をやっていた頃は、若手の面倒をよく見ていたのですが、今はあまりそういうことはなくて。どちらかというと、こうして外で映画を撮ったりして、AOI Pro.の「顔」として動いている感じです。

AOI Pro.が関わった作品ということで学生さんや若い人が興味を持ってくれて、会社を知ってもらえる。そういう広報的な役割が、今の自分の立ち位置ですね。

これまでのキャリアを踏まえて、若いクリエイターに伝えたいことはありますか?

まず、今までの経験値でできる仕事だけをしていても面白くないと思った方がいいですね。経験したことのないことがあるからこそ、またチャレンジできる。常に「この仕事にはどんな新しい挑戦があるか」と、探す癖をつけるのが大事だと思います。

もちろん、現実的には制約の多い仕事もあります。でもそれは監督に限らず、どんな仕事でも同じことです。だから例えば、組んだことのないスタッフを入れてみるとか新しいことを試してみる。失敗してもいいし、ストレスがあってもいい。これまでの経験でできることだけをやっていても、新しい仕事は集まりません。自分自身、そんな風に考えてやってきました。

ご自身のキャリアの中で、チャレンジが転機になったと感じる作品はありますか?


映画を撮り始めた頃は、「映画監督なんだから映画の撮り方をしないといけない」と意識しすぎて、うまくいかないことが多かったんです。でも『帝一の國』のときに、「これでもう最後になるかもしれないし、思い切ってCMでやっている表現を全部映画に持ち込んでみよう」とチャレンジしました。

正直、「CMみたいな映画」と言われる可能性もありました。でも実際にはすごく良い反応をもらって、「自分はこの方法でやっていけばいいんだ」と確信を持てた。あれが大きな転機ですね。

細かい話をすると、僕はオープニング映像がある映画が大好きなんです。最初に気持ちが上がるじゃないですか。「邦画では、カッコ悪いんじゃないか」と考えていた時期もありましたが、『帝一の國』で振り切ってやりました。自分は好きなんだから極めようと。今回の『爆弾』でも続けていますし、今では「日本一オープニングがカッコいい監督」になろうと思っています。

 

取材日:2025年10月2日 ライター:堀タツヤ 動画撮影:指田泰地 動画編集:鈴木夏美

 

『爆弾』

2025年10月31日(金)公開

出演:山田裕貴 伊藤沙莉 染谷将太 坂東龍汰 寛一郎 片岡千之助 中田青渚
加藤雅也 正名僕蔵 夏川結衣 渡部篤郎 佐藤二朗
原作:呉勝浩「爆弾」(講談社文庫)
監督:永井聡
脚本:八津弘幸 山浦雅大
主題歌:宮本浩次「I AM HERO」(UNIVERSAL SIGMA)
配給:ワーナー・ブラザース映画

©呉勝浩/講談社 2025映画『爆弾』製作委員会

公式サイト:bakudan-movie.jp
公式X:https://x.com/bakudan_movie
公式Instagram:https://www.instagram.com/bakudan_movie/

ストーリー
酔った勢いで自販機と店員に暴行を働き、警察に連行された一人の謎の中年男(佐藤二朗)。「スズキタゴサク」と名乗り、名前以外の記憶をすべて忘れたという男は、取り調べの最中にとぼけた表情でこう呟いた。「霊感だけは自信がありまして。十時ぴったり、秋葉原で何かあります」。野方署の刑事・等々力(染谷将太)や伊勢(寛一郎)が酔っ払いの戯言だと呆れ果てる中、秋葉原のビルが爆発。青ざめる2人を前に、スズキは淡々と「ここから3回、次は1時間後に爆発します」と言い放つ。前代未聞の被疑者の取り調べに乗り出したのは、警視庁捜査一課の刑事・類家(山田裕貴)と清宮(渡部篤郎)。スズキは刑事たちの問いかけをのらりくらりとかわしつつ、次第に爆弾に関する謎めいた“クイズ”を出し始める。取調室で心理&頭脳戦が続く中、沼袋交番勤務の倖田(伊藤沙莉)と矢吹(坂東龍汰)は爆弾捜索に駆けずり回る。一体、スズキの目的、正体とは――?

プロフィール
映画『爆弾』監督
永井 聡
1970年7月31日生まれ、東京都出身。1994年に葵プロモーション(現AOI Pro.)に入社。CMディレクターとして、数々のCMを手がける。2005年『いぬのえいが』で短編映画監督、2014年『ジャッジ!』で長編監督デビュー。その後、『世界から猫が消えたなら』(16)、『帝一の國』(17)、『恋は雨上がりのように』(18)、『キャラクター』(21)など幅広いジャンルを担っている。

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