テレビ局にいたころから 一貫した私のスタンス それは「テーマに寄り添うこと」

Vol.62
映画監督 海南友子(Tomoko Kana)氏
 
『“Beautiful Islands”(ビューティフル アイランズ)』という、とてもきれいな映像で、深刻な環境問題を告発した異色作が公開されました。監督・プロデューサー・編集をひとりで担ったのが、海南友子さんです。 海南さんは元・NHK報道局勤務という経歴を持つ映画監督、映像作家です。作品は、環境問題をメッセージしていながら、なぜかその土地に生きる人々に心動かされてしまう不思議な映像作品。観る人の誰もが心のどこかに忘れ得ない記憶を残すであろう素晴らしい映画です。とにかく、お話を聞いてきました。

ツバル、ベネチア、シシマレフ島で起こっていること、 「起きる前の世界」を描いた、 『“Beautiful Islands”(ビューティフル アイランズ)」

ビューティフルアイランズ


恵比寿ガーデンシネマ他にて公開中
全国の公開情報はオフィシャルサイトまで
オフィシャルサイト http://www.beautiful-i.tv/

作品が完成し、公開された、今のお気持ちは?

『“Beautiful Islands”(ビューティフル アイランズ)』は、作品を発案した時にいだいたイメージにほぼ近いできあがりになりました。映像作品を手がけていると、すべてを納得して完成させることの大変さを痛感させられるものです。そういう意味で、とても満足しています。 これは、これまでに類型のない作品ですので、観てくださった方々からどんなリアクションがいただけるかを楽しみにしています。

ナレーションのないドキュメンタリーは、僕は初めてで、とても新鮮でした。加えて、映像が美しく、ツバル、ベネチア、シシマレフ島というロケ地の魅力に魅了されました。環境問題をメッセージする作品としては、かなり意欲的なアプローチですね。

このテーマへの取り組みを思い立ち、リサーチのためにツバルに向かう際、実は、私の中にも「逃げ惑う島民たち」というイメージがありました。もちろん現地には環境被害があったのですが、私にインパクトを与えたのはむしろ美しい海と波の音、風の音でした。 そこから、徐々にこの手法が確立していったといえます。むしろ、この島のいいところをたっぷりと感じていただき、そこから、今何が起きようとしているかを感じ取ってもらえる作品にしていこうという考えが固まっていきました。

とはいえ、もっと「被害」が前面に出ないとメッセージが伝わらないのではという不安もあったのでは?

まったく、ありませんでした。私たちは普段、戦争報道、災害報道で「起きた後の世界」ばかりを見ています。爆弾が落ちた後、災害が起きた後、それは悲惨な風景ですが、実はそれだけでは事実の半分以下しか受け止められない。私はそう思っています。 「起きる前の世界」を、しっかりと見ていただくことにとても意義があるのだと確信しています。

フィルム上映とHD上映の2タイプの上映

撮り方に関しては、かなり試行錯誤があったようですが。

カメラマンは、テレビの世界で実績のある方を起用しました。その分、当初は、ナレーションがないとか、周辺映像を差し込むカット割をしないとかの手法に当惑を持たれたようです。「そんなやり方は、成立しない」とはっきり反対されたこともありました(笑)。 でも、じっくりと議論し、いったん納得してくださって以降は、ノリノリで進んでいきました。 ツバルでの撮影で議論が噛み合って以降は、何の心配もなくお任せできました。

今回は、フィルム上映とHD上映(HD/24P上映=映画専用のハイビジョン)の2タイプの上映となっていますね。。

撮影はHDで行い、フィルムにすることも前提にした撮り方を心がけました。公開用にHDバージョンとフィルムバージョンを仕上げていますが、できることなら皆さんには両方観ていただきたいですね。双方のバージョンに微妙に違う味があって、私としてはどちらもとても気に入っているのです。

編集は、バージョンごとに違う?

まったく同じです。違ったのは、仕上げのプロセスだけです。ただ、そのプロセスの違いは私にとってとても有意義で貴重な体験でした。まずHDバージョンを仕上げてからフィルムバージョンに取り組んだのですが、色調などはあがってくるまでわからない。テレビの仕事からこの世界に入ったため、フィルムに触れるのはこれが初めてだったのですが、とにかく新鮮で興味深い体験でした。

計9回の撮影。移動距離も地球3周分となりました。

この作品は、ツバルだけをとりあげても完成したのでは?

当初はそう考えていましたし、実際にツバルで撮った映像だけを2時間ほどに編集してもみました。 最終的にロケ地を3カ所としたのは、世界中の人に観てもらうためには他の場所もとりあげるべきと判断したからです。ツバルという島の存在を多くの人が知っているのは、実は日本くらいなんです。ですから、観る人が親近感を持って感じられる内容とするにはバリエーションが必要だった。それで、暑い島に寒い島、そして有名で華やかな島を加えようと考えました。

なるほど、ツバルに胸を痛める人もいれば、ベネチアにショックを受ける人もいる。波及効果は、大きくなりますね。

観客の属する文化圏が違えば、感じ方も違うし共感する対象も違ってくるでしょうからね。世界中のいろいろなところで、出来事が形を変えて起きているのも事実ですし。

完成までに、時間はどれくらい?

3年半かかりました。

ロケ地がツバルだけだったら?

2年は早く完成していたでしょう。

単純計算で、1カ所に1年かかったということですね。

それぞれに3回ずつ撮影に赴いていますから、計9回の撮影。移動距離も地球3周分となりました。

編集作業だって、膨大だったはずです。

のべ、1年は要していますね。

大変な3年間だった。

お金も時間も、とてもかかりました。移動も大変だった。でも、思い返すと楽しい思い出ばかりが浮かんできます。とても幸せな時間だったと思います。

興味のあるテーマを見つけ、現場に赴き、 どれくらい寄り添えるか。 私の興味は、常にそこにあります。

『“Beautiful Islands”(ビューティフル アイランズ)』は、海南さんにとって初めての劇場公開用作品でもありますね。期待や不安がいろいろあると思いますが。

私はテレビ番組をつくっていた時代に、何百万人の視聴者が観てくださるものをつくっていました。そういう意味では、100人単位の人が集まって観てくださる劇場公開作品は小さなスケールの舞台とも言えるのでしょうが、緊張感はこちらの方が上かもしれません。何より、観てくださる方の反応が直に返ってきますから。 また、劇場公開作品は観てくださる方との関係性により、公開以降に育っていくものだとも思います。そういう意味で、オンエアが終わればすべてが終わるテレビ番組とまったく違う性質のものだと思っています。

この作品には、報道にも身を置いていた海南さんならではの報道の視点もあるように感じます。

テーマに対する私のスタンスは、テレビ局にいたころから今も一貫して変わりません。それは、「テーマに寄り添うこと」です。興味のあるテーマを見つけ、現場に赴き、どれくらい寄り添えるか。私の興味は、常にそこにあります。これからも、変わらないと思います。 そういう意味で、私は映画監督ではなさそうですし、ジャーナリストというのも違うと思う。戦場で命をかけているジャーナリストを多く知っている私としては、それを名乗るのははばかられます。一番しっくりくるのは、ディレクターなのかもしれません。もちろん今回は、責任を持って作品を送り出しているという意味で「監督」という肩書きは引き受けますが(笑)。

なるほど、「テーマに寄り添う」か。とてもニュアンスのわかる言葉です。

私は、過去にとりあげたテーマで取材させていただいた方、出演していただいた方と長くお付き合いする方針です。実際に、多くの方と今も交流しています。それが、私なりの寄り添い方なのだと思っています。

今後の活動予定は?

サンダンスNHK国際映像作家賞をいただいた劇映画のシナリオを映画化するための、資金集めを始めています。次回作は、たぶんそれになるはずです。

取材日:2010年6月11日

Profile of 海南友子

海南友子氏

1971年 東京都生まれ。日本女子大学在籍中に、是枝裕和のテレビドキュメンタリーに出演したことがきっかけで映像の世界へ。卒業後、NHKに入局。報道ディレクターとしてNHKスペシャルなどで環境問題の番組を制作。2000年に独立。初監督作品は01年『マルディエム彼女の人生に起きたこと』。続く『にがい涙の大地から』(04)で黒田清日本ジャーナリスト会議新人賞を受賞、台湾国際ドキュメンタリー映画祭などに出品。07年劇映画のシナリオ『川べりのふたり(仮)』がサンダンス国際映画祭でサンダンスNHK国際映像作家賞を受賞。環境問題はライフワークで、学生時代には植林などの活動や地球サミット(92年)のプロセスに参加。ごみゼロナビゲーションで知られるASEEDJAPANの立ち上げメンバーでもある。

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