空間を生む表現「切り絵」で 日本人の中にある「間」を表現

Vol.130
図案師 古城里紗(Risa Kojo)氏
日本の伝統衣装である着物。着物を作る工程には、日本独自の技術と芸術があります。その中に「図案師」と呼ばれる職人が存在することを、知っていますか?今回は、着物業界とはまったくゆかりのない環境で育ちながら、「図案師」としての活動に注目が集まっている古城里紗さんに、独占インタビューを敢行。仕事の内容や、図案師として活動するキッカケ、今後の展望などについてお聞きしました。
 

伊勢で出会った、着物の柄を作る「図案師」。 脈々と受け継がれてきた伝統を受け継ぎ、広めていきたい。

古城里紗

「図案師」とは、どんな仕事をする職人ですか?

簡単に言うと、「着物の柄を作る人」です。型友禅や江戸小紋など、着物は、紙で作った型紙を使用して染めていきます。柄の図案を作る職人は「図案師」、型を彫るのは「型彫師(かたほりし)」、染めるのは「染師」と、役割が決まった三者がいて、着物の生地ができあがります。

着物の染めは、和紙で染めているのですか?初めて知りました。

私自身も、和紙で染めていることも、図案師という職業も知りませんでした。私は高校から家庭の事情でアメリカに行き、ボストンの高校を出てニューヨークの美大を卒業し、フリーランスでグラフィックデザインの仕事をしていました。 ある時期、伊勢神宮の20年に1度行われる「式年遷宮※」に合わせた仕事があり、伊勢に半年住んでいたことがありました。 その時に、お店などで伊勢の伝統工芸品である伊勢型紙をよく見かけたのですが、私自身が切り絵の作品を作っていたこともあって、興味を持ちました。伊勢型紙は着物の生地を染めるために使うものであり、着物の生地は和紙を柿渋で燻しかためた型紙で染めることを初めて知り、驚きました。そこから東京の染色工房を訪ねたり、職人の方との交流が始まり、見よう見まねで型紙の図案を作ってみたりしていました。その流れで伊勢型紙彫師の内田勲さんに図案を見ていただく機会があり、そこで「デザインができて型紙に興味があるなら、図案師になりなさい」と言っていただき、図案師になるために必要なことを教えていただきました。 ※神社の本殿の造営または修理の際に、神体を従前とは異なる本殿に移すことを遷宮といい、定期的な遷宮を式年遷宮と言う。

「図案師になりなさい」と言われて、「なろう!」と即決した理由は?

職人の方々と交流していく中で、使う道具のひとつひとつ、動きのひとつひとつにまったくムダがなく、なんて美しい世界だろうと感じました。古くから脈々と受け継がれているこの美しさ、素晴らしさは、次の世代に伝えていかなくてはならないと強く思いました。ですが、型彫師、染師は古い型を彫り直すこと、染め直すことはあっても、図案師がいないのでなかなか新しい型を手がけることができないと聞き、それならば私自身がやってみようと思いました。 私が図案師として活動することで、素晴らしい伝統を途絶えさせないことはもちろん、着物を取り巻く技術や美しくムダのない世界観を広く知ってほしいという想いが強かったですね。

切り絵は空間を生む表現。 日本ならではの「間」を表現できる。

もともと切り絵の作品を作っていたとのことですが、グラフィックデザイナーの仕事と平行して作品づくりをしていたのですか?

グラフィックデザインの仕事は、クライアントから求められた表現を作ります。クライアントワークも好きなのですが、やはりそれとは別に自分自身の作品を残していきたいと思い、テーマを探していました。その中で、アンデルセンの『絵のない絵本』(33夜にわたる月の語る話を集めた連作短編集)を表現した作品を作りたいと思い、切り絵がその世界観にピッタリ合うと思ったんです。美大では興味のある手法をいろいろと試してきましたが、切り絵は性格にもピッタリ合って「これだ!」と確信して、仕事と平行してコツコツ作品を作っていました。

古城さんが感じる切り絵の魅力とは?

もともと模様が好きで、それを活かせる表現であること。また、切り絵は空間を生む表現なので、角度や光によって、その空間に様々な表情が生まれることも魅力です。着色に工夫をすることも面白くて、このアンデルセンの『絵のない絵本』の作品は押し花で色を着けたのですが、5年経って撮影したら、色が落ちてアンティーク風の表情になりました。テーマとなっているアンデルセンの時代、作品を作った時代、そして今に至るまで、時間が交差する感覚が生まれるのも面白いですね。 また、切り絵は日本人の中にある「間」を表現しやすい手法だとも思います。

日本人の中にある「間」とは?

私は高校からアメリカに住んでいたこともあって、それまで日本のことをあまり知りませんでした。美大で学んだり、デザイナーとして仕事をする中で、「すごいな」と尊敬する表現やものづくりをしている人は、自分のバックグラウンドをきちんと理解し、自分なりに咀嚼して、それを自分だけのオリジナリティとして表現していることに気づきました。それで、私も一度日本に帰って、自分のバックグラウンドを見つめなおそうと帰国した時に、伊勢の仕事が舞い込んで来ました。自分を模索している中で、日本人である根幹に近づける、ピッタリの仕事でした。 伊勢神宮や伊勢の街に出かけると、日本ならではの空気を感じる人が多いと思いますが、やはりの空間の使い方、「間」の使い方が日本独特なんですよね。この「間」を表現する図案師という仕事に伊勢で出会えたことは、本当に幸運であったし、運命的であったと思っています。

古城里紗

手作業ならではの息遣いを作品に。 職人同士の横のつながりを活かし、多くの人に知ってもらいたい!

作品を作る中で、こだわりはありますか?

PCを使わずに手書きで図案を起こすことにこだわっています。手作業ならではの揺らぎや息遣いが作品に残ることを大切にしています。 日常的には、模様が好きなので、小さなスケッチブックを持ち歩いて、面白い形に出会ったら、その場でデフォルメしてペン画で描き溜めています。

古城さんの作品をじっくり見ると、様々な模様が表現されていますね。

描き溜めたものから選んで、少しずつ作品に反映させています。厚紙を使って模様を描き、紙を何層にもスライスし持ち上げて花のような形をつくることで立体的に見せる作品も作りました。展示会などで「切り絵のイメージが変わった」と言ってもらえると嬉しいですね。

今後はどのような活動をしていきたいですか?

以前の着物業界は、すべての工程や職人の間に問屋が入っていたため、縦割りで職人同士の交流がなかったのですが、最近では、職人同士がつながることで仕事を自分たちで作っていく動きが出てきています。20代、30代の若い人たちも入ってきていて、型彫師や染師などの職人さんたちと一緒に活動していきたいと思っています。 同世代の女性の型彫師、染師と、図案師である私の3人で着物を作ったり、着物の世界や、手仕事の美しさ、豊かさを多くの人に知っていただくため、、ワークショップなどを開催していきたいと思います。

(撮影)石井真弓

(撮影)石井真弓

日本は、あらかじめ決められたことが多すぎる。 余白を残して、新しい可能性を無限に!

自分ならではの世界を切り開いて活動されている古城さんは、同世代や若い世代の女性にはまぶしいくらいの存在ですね。

古城里紗

高校からアメリカで暮らしていたので、日本に帰ると「アメリカナイズされたね」と言われ、アメリカでは「やっぱり日本人だよね」と言われてきました。ボストン、ニューヨークという様々な人種がいる環境の中で過ごして来て、気づいたのは、人種やナショナリティなどに関係なく、私は「古城里紗というひとりの人間である」ということ。 日本は、ひとりの人間である前に「大学を卒業したら就職しなくては」「20代後半になったら結婚しなくては」など、あらかじめ決まっていて、そのために「大学3年になったら就活をスタートしなくては」「就職したら、少しは貯金していかなくては」「就職して3年目、5年目、10年目ではこのポジションにいなくては」と、必要とされることまでも決まっていて、みんな必死に努力しています。その波は圧倒されるほどで、この波に乗ったほうがいいのではないかと思ったこともありますし、「大丈夫なの?」と心配されることもよくあります。 ですが、あらかじめ決めてしまうことは、自分の可能性をその程度にしているということではないでしょうか。決まった道から外れたほうが面白いことがあるかもしれないし、チャンスが来た時に道から外れることが怖くて逃してしまうかもしれない。その時のために、余白は残しておくと、新しい世界が見えてくるのではないでしょうか。

取材日:2016年8月19日 ライター:植松織江

古城里紗 古城里紗

2004年ニューヨークのSchool of Visual Arts卒業後よりグラフィックデザイナーとして活動を始める。 2010年に伊勢型紙との衝撃の出逢いから、伊勢型紙彫師の内田勲氏や江戸小紋染師の藍田正雄氏らとの交流を経て図案師として活動を開始。 現在は『職人の手仕事に触れる・体感する』をキーワードにワークショップやトークイベントの企画やプロデュースも行う。

HP http://risakojo.com/

 
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