AI時代の働き方を考える:日本とシンガポール/ASEANのクリエイティブ環境比較

Vol.54
Fellows Creative Staff Singapore Pte. Ltd. 代表
Junya Oishi
大石 隼矢

Fellows Creative Staff Singapore PTE. LTD.代表の大石隼矢(おおいしじゅんや)です。いつもコラムをお読みいただきありがとうございます。

前回取り上げた「社外クリエイティブ人材の活用」が、個人の“働き方の自由”に関する話だったとすれば、今回の「AI」は働き方そのものをアップデートしていくもの。特に国内外のクリエイティブ・ビジネスに関わる方々にとって、AIは補助者であり、時には共創者となり得ます。つまりみなさん個人の機能拡張、「アップグレード」を実行するために切っても切れない関係性となっていくでしょう。 今回はそんなAIについて、日本やシンガポール、ASEAN諸国の取り組みなどを通し、深堀していきます。

日本のAI事情:ハードと制度の重厚さ

日本では、2030年までに10兆円(約650億ドル)規模のAIおよび半導体投資が政府主導で進められています。これは国内産業の競争力と供給網の強靭化を目指す国家戦略の一環です。また、光ファイバー整備や量子コンピューティング分野でも国際的な競争力を維持しており、製造・介護といった分野ではAIロボットの実証も進んでいます。

こうしたインフラと制度の整備が、正確性と安全性を重視した“丁寧な実装”を可能にしている一方で、導入には時間を要するという側面もあります。

シンガポール/ASEANでは「実装とスピード」が先行

一方でシンガポールやASEANでは、政府・企業がAI導入に対して非常にアグレッシブです。

シンガポール企業の67%が「今後3年で最も注力する技術」にAIを選択しており、その市場規模は2025年に46億ドルへ成長。年平均成長率は28%と驚異的な伸び率を見せています。

またASEAN域内のAI関連プロジェクトは前年比80%増、2024〜25年の予算は67%ほど増額することが見込まれており、スタートアップ、マーケティング、スマートシティ構想など、比較的“変化を歓迎する”分野を中心に、PoC(※)から実運用への移行スピードが早いことが特徴です。

・※PoC:Proof of Conceptの略。新しいアイデアや技術が実現可能かどうかを検証する、試作品開発の前段階のプロセスを指す。日本語では「概念実証」と訳される。

日本とシンガポール/ASEANに見るクリエイティブ環境の違い

では、実際に日本とシンガポールにおける、クリエイティブ環境にはどのような違いがあるか。私が実際に現地で感じたことも織り交ぜながら説明していきます。

まず日本のクリエイティブ製作工程は、「丁寧だが時間がかかる」という特徴があります。もちろん、品質重視は日本の強み。ただし、生成AIの試行や遊びのような実験は進みにくい環境でもあります。 対して、シンガポール/ASEANの特徴は、「やってみて、失敗して、またやる」という点。PoCの文化が根付いており、動きながら考えることや、プロトタイプをいち早く出すことに価値があるという考え方を持っています。

実際にシンガポールに在住している私の周囲でも、ブランド開発や企画構想において「AIにまず投げてみる」ことが当たり前になりつつあり、人とAIが共創する土壌ができています。

日本/ASEANの差が示すもの

また、日本とシンガポール/ASEAN諸国におけるテクノロジーやビジネス実装に関するアプローチには、いくつかの顕著な違いが見られます。

・投資姿勢
日本は「安全・制度重視」の傾向が強く、制度や枠組みの整備を重視しながら慎重に進めるスタンスが目立ちます。一方、シンガポールやASEANでは「スピード・実証重視」が特徴で、迅速な実装と結果を重視する傾向があります。

・産業のフォーカス分野
日本は「製造・医療・ロボット」などの分野に注力しており、これまでの強みを活かした分野への集中が見られます。対してシンガポール/ASEANでは、「スマートシティ・マーケティング・教育」など、社会インフラや人材育成に関わる分野への関心が高いです。

・AI活用の捉え方
日本では「補助・業務効率化」を主な目的とし、既存業務への適用が中心です。一方、シンガポール/ASEANでは「発想支援・共創パートナー」としてAIを捉え、新たなビジネス創出や連携に積極的に活用する姿勢が見られます。

・実装スタイル
日本では「設計+慎重導入」が一般的であり、事前の計画や制度設計に重点を置いた導入スタイルです。これに対して、シンガポール/ASEANは「試行→改善→展開」という、まず試してみてから段階的に改善・展開するアジャイル的なアプローチを取ることが多くなっています。

この差は、どちらが正しいというよりも、“何を重視するか”の違い。つまりは文化の違いだと私は感じています。

まとめ:AIによる個の力のスパイラル

人とAIを活用することで試行回数が増え、経験の質も高まり想像の幅も広がります。これはまさに、クリエイティブに生きる人々の「生涯価値」を引き上げる流れだと確信しています。そして、日本とシンガポール/ASEAN、それぞれのAI活用の姿勢には違いがありますが、私はその“違い”こそが未来のヒントだと感じています。丁寧に信頼を築く日本の強さと、失敗を恐れず前進する東南アジアのスピード感。

この2つが交わることで、私たちはより自由に、より人間的に、AIと共に生きる社会を形づくっていけるのではないでしょうか。

AIとの共創が進んでいく中で、求められるのは「テクノロジーを使いこなす人材」ではなく、「AIと共に創る姿勢を持った人との出会い」です。私たちがシンガポールで取り組む事業もまた、そうした“未来の働き方”を実現するための一つの試みです。

今後もこのコラムでは、アジアのクリエイティブ産業におけるAIとの関わり方や、現場で立ち上がりつつある新しい価値観を、リアルな視点から発信していきたいと思います。

弊社の活動について

私たちフェローズシンガポールは、ここシンガポールや東南アジアを拠点としているクリエイティブ人材やプロフェッショナル人材と多くのネットワークを持っています。

この記事を読んでくださる企業の皆様には、フェローズシンガポールをぜひ課題解決や新たな取り組みに活用していただければと思います!ぜひプロフィールよりお気軽にご相談ください。

参考・出典一覧(References)

1)日本政府のAI・半導体支援:10兆円(約650億ドル)https://www.reuters.com/world/japan/japan-propose-65-bln-plan-aid-domestic-chip-industry-draft-shows-2024-11-11/

2)シンガポール企業のAI導入意欲(IDC FutureScape 2025) https://info.idc.com/futurescape-generative-ai-2025-predictions.html

3)APAC全体の生成AI導入と影響(Deloitte Asia Pacific) https://www2.deloitte.com/southeast-asia/en/Industries/technology/research/generative-ai-asia-pacific.html

4)APACでのAI投資額・成熟度分析(Deloitte × WSJ CFO Network) https://deloitte.wsj.com/cfo/asia-pacific-cfos-pursue-generative-ai-amid-adoption-hurdles-survey-01651821

プロフィール
Fellows Creative Staff Singapore Pte. Ltd. 代表
大石 隼矢
1990年 静岡県焼津市生まれ。2012年 京都外国語大学 卒。2010年カナダ・ウエスタンオンタリオ大学へ交換留学。2012年株式会社フェローズ入社。2020年4月にフェローズ初の海外拠点であるFellows Creative Staff Singapore Pte. Ltd.の責任者に就任。シンガポール国内のクリエイティブ人材や専門職人材に特化した人材マネジメントサービスを提供している。
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