待合室で電車を待っていると? @Peckham Rye Station

Vol.136
アーティスト
Miyuki Kasahara
笠原 みゆき

南ロンドンのオーバーグラウンド、ペッカムライ駅を出て向かったのはその並びにある駅の待合室。鋳鉄のバロック調の百合模様を土台にした木製の手すりのある石段を上っていくとチクタク、チクタクという時計の機械音が聞こえてきます。中に入ると!今回は1865年に建てられたペッカムライ駅の元待合室から、Sarah Szeのインスタレーション、「The Waiting Room, 2023」を紹介します。以前にも幾度か紹介している、意外な場所に意外な作家のアート・インスタレーションを仕掛ける、Artangelの委託作品です。

球体状に組み立てたれた棒鋼に大小様々の手漉きのような紙が取り付けられ映像が映し出されています。マグマの噴き上がる火山、噴きあげる滝の水しぶき、土をこねる陶芸家の手、墨で描かれたドローイング、草原を駆け抜ける馬?など無数のランダムな映像。その球体のみでなく、壁、窓と部屋全体にもまた様々な映像が投影されています。

時折、個の映像が全体になります。

虹の中を素早く飛行するのは隼?!

インスタレーションの裏側に回ってみます。

積み上げられていたのは、映像を投影するビデオプロジェクター。今回の作品に使われている数は42台。飲みかけのペットボトル、ガムテープ、書類や針金やペンチ、作りかけの紙と針金でできた植物などがテーブルの上に雑多に置かれ、ワーク・イン・プログレス(製作途中)といった感じ。この作品が完成したものではなく、進行中の変化していくものであることを伝えているのでしょうか。

飛び立つ鳩の群れ。

やがて夕暮れとなり、

闇に包まれ、星空が現れます。チクタク、チクタクという音がまた聞こえてきます。この駅が開通した150年以上昔、鉄道のネットワークは大規模な人の移動を可能にし、人々の時間と空間の観念を大きく変えました。一方、現代の私たちの間では、なんと世界中で日に50億枚もの画像がスマートフォンで撮影されているそう。その他のインターネット、テレビやソーシャルメディアを合わせるとまさに天文学的な情報が日々往来しています。作品の映像はSze自身がiPhoneで撮った映像とインターネットから入手した映像を組み合わせています。みていると画像の中に、作業や製作をする人の手は登場しますが、人の姿はありません。細い棒鋼に薄い紙を鉄ピンで止めただけの球体の構造は脆く、浮かんでは消えていく映像は儚く、それらを一瞬にして失ってしまうのではないかという不安にかられます。実際、国連のレポートによれば、森林破壊や人為的な気候変動など現在のトレンドが続けば、2050年までに100万種もの植物や動物が失われる可能性があるといいます。そう考えると、チクタク、チクタクという音がなんだか、カウントダウンの音のように聞こえてきます。おおっと、もうこんな時間!ふと我にかえると、もう一時間以上映像を眺めていたことに気づきます。うっかり電車に乗り遅れてしまう、駅の待合室でした。

プロフィール
アーティスト
笠原 みゆき
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。 Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。
ウェブサイト:http://www.miyukikasahara.com/

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