まずいオムライス

宮城
ライター
KIROKU vol.27
佐藤 綾香

 

まずいオムライスを食べた。

この3月もおかげさまでたくさんの思い出ができたのだが、いまこれを書くために今月の記憶を掘り起こしてみると、いちばん最初に出てくるのが「まずいオムライスを食べた」。

「いやいや、もっと楽しい思い出あるでしょ」と自分に言い聞かせて何回かやり直してみるけれど、結果は同じだった。

だから今月は「まずいオムライスを食べた」について書き連ねようとおもう。

 

 

その「まずいオムライス」は、とある洋食屋で食べた。

最近のわたしは、“ふわふわとろとろ” じゃないほうの、卵にしっかり火が入っているオムライスにハマっていて、おいしいオムライスを食べられるお店を探している。

そんなタイミングでの出来事である。

「まずいオムライス」は、わたしがオムライスにハマってから最初に食べるお店でのオムライスだった。

その洋食屋は割と長年営業しているところで、ハンバーグが看板メニューらしいのだが、わたしの目当てはオムライス。

ネット検索で調べる限り、たぶんわたしが望んでいるような、卵にしっかり火が入っているオムライスだ。

わくわくしながら頼んで、どきどき待っていたのだが、運ばれてきたのはチキンライスから漏れ出た真っ赤な油がお目見えした、卵がハゲたオムライスだった。

 

 

ちなみにわたしはこのオムライスに、1,100円を支払う予定である。

さらに言えば、わたしはおいしいものを食べていたい。

限られた人生の中で食べられる食事の回数は、当たり前だけど限界がある。

「最後の晩餐は何がいい?」という永遠の問いもあるが、人はいつ死ぬかわからないし、たぶん最後の晩餐を選べることは滅多にないんじゃないだろうか。

だったら、わたしは最後の晩餐について追求するのではなくて、きょうのゴハンやおやつを真剣に悩みながら考える人生がいい。

生きる糧になる食事は、明日への活力になるエネルギーで、ハッピーの源だ。

だからこそ、わたしはおいしいものを諦めたくない。

 

なのに、まずいオムライスがわたしの前にあらわれてしまった。

はじめは「見た目で判断するのはよくない」と食べてみるが、感動がない。

中身のチキンライスには、チキンのほか、にんじんやコーン、グリーンピース、ウインナーの輪切りまで入っていて具沢山。

具沢山なチキンライスはとてもうれしい。けれども感動がない。

半分まで食べたところでお腹いっぱいになった。なにせ真っ赤な油が漏れ出るくらい、チキンライスがオイリーだ。

だけど「残したら食材が捨てられてしまう」という未来の事実がわたしには重すぎて、使命感にのみ突き動かされながらやっとのことで完食。

食べ終わったあとに残った気持ちは「かなしい」だった。

 

 

会計の際、キッチンのほうに目をやると、一人のおじいさんが奮闘していた。

たぶん、というか絶対に「まずいオムライス」を作りやがったのはこのおじいさんだ。

長年愛される評判の洋食屋らしいのだが、「腕と舌が落ちてしまったんだろうか」と考えてしまう自分もいて「かなしい」という気持ちがさらに増した。

会計を終えたあと、どうしても「ごちそうさまでした」を言う気になれず、店員に会釈だけして帰った。

 

 

しかし「まずい」というのは印象に深く残るもので、いまでは忘れられない味となりつつある。

というか3月の思い出が「まずいオムライスを食べた」で埋め尽くされるくらいなのだから、自分のなかでも強烈な体験になったんだろう、とおもうことにしている。

そのおかげか最近はおいしいオムライスを食べられる店を探すことよりも、オムライス作りに力が入っている。

「わたしはこういうオムライスが食べたかったのに!」という憤りがそうさせているのだろうか。

自分でもわからない感情に動かされているのだが、いまのところ、セロリとにんじんと合い挽き肉を入れたケチャップライスを、しっかり火を入れた卵で包むオムライスに行き着いた。

まだケチャップライスを卵でうまく包めないのが課題。

ケチャップライスの味もまだまだ改良の余地がある。

あのまずいオムライスを思い出しながら、オムライス作りを極めてやろうじゃないか。

 

 

プロフィール
ライター
佐藤 綾香
1992年生まれ、宮城県出身。ライター。夜型人間。いちばん好きな食べ物はピザです。

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