• サイトトップ
  • レポート
  • Creators Eye
  • 東京国際映画祭コンペティション部門に選出された映画『恒星の向こう側』、中川龍太郎監督インタビュー。河瀨さんからの「生きるか死ぬかで映画作らなあかん」という言葉は、次に映画を作る上で大事な羅針盤
映像2025.11.14

東京国際映画祭コンペティション部門に選出された映画『恒星の向こう側』、中川龍太郎監督インタビュー。河瀨さんからの「生きるか死ぬかで映画作らなあかん」という言葉は、次に映画を作る上で大事な羅針盤

東京
クリエイターズステーション編集部
Kiyori Matsumoto
松本きより

11月5日に閉幕した「第38回東京国際映画祭」のコンペティション部門にノミネートされた『恒星の向こう側』は、最終日のクロージング・セレモニーで、母娘を演じた福地桃子さん、河瀨直美さん、が最優秀女優賞を受賞!

中川龍太郎監督へのインタビューは、映画祭期間中に行われました。

 

――東京国際映画祭コンペティション部門に選出されたお気持ちからお聞かせください。

もともと自分は23歳の時に『雨粒の小さな歴史』という、学生時代に作った自主映画で東京国際映画祭に選んでいただいて、それから12年経ってコンペティション部門で新しい作品を上映していただけることは、故郷に戻ってきた感じがしてとても嬉しいです。

 

――先日、市山プログラミング・ディレクターのインタビューをした時、中川監督についてお聞きしました。

おお!聞いてみたいな。ぜひ聞きたいです。

 

――「中川監督は、東京国際映画祭で過去にも何本か上映している監督ですが、コンペティションは初めてなんですね。中川監督は登場人物たちの感情を描き分けるのがすごくうまい監督で、しかも風景の撮り方がすごく美しいので、素晴らしいクオリティの作品をずっと作っている人です。今回コンペティションで応援することになりました」(*1)

嬉しいですね!めちゃくちゃ嬉しいです。市山さんはすごい尊敬してるプログラマーであり、プロデューサーでもあります。 市山さんが『静かな雨』(2019)という作品を、東京フィルメックスの選定をされてた頃に選んでいただいたご縁もあって、そういう意味でずっと作品を選んでくださっている方とはいえ、どうして選んでくださっているのかとか、そういう話はしたことはないので、今こうやって伺えてすごい嬉しいです。

――お伝え出来て良かったです。それでは今回の作品について。 映画祭の新聞「TIFF Times」のインタビューを読ませていただいたんですが、そこには「喪失自体に価値があり、そのことに気づくことで初めて深い意味での再生ができる」と発言がありました。そのような考えに至ったのはいつ頃からですか?

「喪失と再生」っていうテーマは自分の作品の中でずっと言っていたことで、再生に意味があると思っていたんですが、自分も30代になった時に、人生ってやっぱり再生そのものに重きを置いていると辛くなることもある。つまり、修復できない痛みだったり、傷だったりというものもある中で生きていくものだから。そう考えた時、喪失っていうのは再生のための伏線ではなくて、喪失そのものが人生を体験する上で意味のあることっていう風に考えないと、この苦しい人生を生きていくことは簡単ではないんじゃないかと思うようになったんですね。ですので、再生自体を主題にしないものをこの作品では撮りたいなって思いました。

映画の中だと、例えば死を描いたら、その後赤ん坊が生まれて、今回は妊娠してるじゃないですか。それで幸せになったみたいな感じの描かれ方は映画でも漫画でもよくあるじゃないですか。それはすごく短絡的というか、一つの死と一つの生きものにつながってはいない個別の問題だから。だから今回の話でも未知(福地桃子)の出産っていうのは描かれていないんですよね。そういう考えに至ったのは30代になって、この2~3年ですかね。今回「喪失」の方に重きを置いているつもりなんですが、とはいえ暗いものを作りたいわけではないので、そうはなってないといいなと思ってるんですけどね。

――中川監督からメインキャストの方々へ、撮影前・撮影中、具体的にこうしてほしいというリクエストをしたことってありますか?

まず俳優同士があんまり喋らないようにしてほしいってことを言いました。例えば寛一郎と福地さんは夫婦の役だから喋っていいんですけど、その2人が緊張関係を持っている河瀬さんとは喋らないでほしいとか。劇中の世界観と合うように、その人の、実際カメラが回ってないところでも関係を築いてもらうってことをお願いしましたね。仲悪い役の人ならば事前に挨拶しとく必要はなくて、それはそのままやってもらったって感じです。

 

――撮影前は和気あいあいな雰囲気で、「はい、本番」ってなるのとやっぱり違いがありますか?

それでうまくいくものもあると思うんです。けど、映画の場合、映るものは全然変わる、明らかに変わると思います。例えば、未知が病院に行くシーンがあるんですが、廊下から歩いていって、カーテンを開ける、開けてしゃべるっていうのは、あれは何度もやったり、人間関係がそもそもあると、「自分の考える病気の母親との対面」になってしまう。現実は嫌いな母親が病気で倒れている時、そこに会いに行くっていうことは緊張感があるはずなんで、その緊張感はやっぱりその人たちが和気あいあいとしてたら出せるものではないと思います。

でも、この方法を取ってれば、その人たちの中から出てくるものをすごい信じることができるので、とにかく今、何を感じているかってことと、セリフの中に自分が違和感があるものがないかどうかってことをすごく丁寧に話し合いました。演技がうまくいってない時は、何かしら問題があるんですよ。そのセリフを自分がうまく言えない、その動きが不自然に感じるってことは、とにかく話し合う。だから、私が指示するんじゃなくて、話を聞くっていうことで、問題に対して処方箋を出していくって方がいいのかなと思ってやってました。

――では、そのメインキャストの方々から監督が言われた言葉で、印象に強く残っているものはありますか?

例えば寛一郎と福井さんが最後にしゃべるシーンは、俳優と話し合って言葉一つずつを作ったことが記憶に残っています。あとは河瀬さん。河瀨さんは監督でもあるけど、俳優として出ていただいている中で、未知と喧嘩するシーンで、ご飯を食べるシーンが夜なんですけど、その前のウィッグを選ぶシーンは夕方で、時系列で言うと脚本上は繋がってたんですよね。だから喧嘩を夜するんだったらウィッグも夜じゃなきゃおかしいんですけど、河瀨さんはその時の太陽がすごいきれいに入る部屋だったので、その夕暮れの景色を撮った方がいい!と。「感情が繋がってれば、その日のつながりなんか観る人は気にならない」っておっしゃってて、その時しかないものを撮るんだ!ってことを自分に結構言ってくれました。それは俳優と監督って関係っていうよりは、監督の先輩としての言葉にも感じられたんですが、印象に残っています。

 

――市山さんが「風景の撮り方が美しい」と言われてましたが、そのこだわりの部分をぜひお聞かせください。

上野千蔵さんという素晴らしいカメラマンの方が撮ってくださっていて、『息をひそめて』(2021)というコロナ禍を舞台にしたHuluの配信ドラマの撮影監督なんですよね。千蔵さんは、ひとつの景色を景色としてじゃなく、生きものとして撮れる。だから僕たちの世界で人が映ってない実際の景色のカットのことを実景カットって言うんですけど、実景カットってやっぱりぬるくなるんですよどうしても。人が映ってないから緊張感もないし、時間経過の説明とか状況説明のためだけに使われるんですけど、千蔵さんはそうじゃなくて、人間とその人間じゃないもの、北海道の野付半島の自然だったり、奈良の景色だったり星空だったりを、同じ価値のあるものとして撮ることができる、命の持ってる緊張感を見つけられる優れたカメラマンなので、ロケをしている時には、もうここだったらこのカメラマンさんが撮ればすごいことになるな!僕があれこれ言わずとも撮れるだろうなということを思いました。

 

――草の揺れ方とかも美しかったです!

そうそうそう!素晴らしいですよね。すごい綺麗ですよね。光の入り方とかもね。光も風もやっぱ生きてるものじゃないですか!同じ瞬間っていうのは人間と同じように全くないから、同じ瞬間がないことをどう切り取るかっていうことなんです。

――では話はちょっと変わりますが、監督はそもそも映画といつぐらいにどういう出会いをしたのでしょうか。

もともと中学時代に小説が好きで、三島由紀夫とか横溝正史とか松本清張の昭和の小説を読んでいて。その延長で、横溝正史や松本清張の小説は結構映画化されてるじゃないですか。それで映画を観るようになって、映画が好きになりだしました。大学入った時は別に映画監督になろうと思っていたわけではないんですけど、映画というものを作ることで自由になれるんじゃないかっていう、漠たる期待みたいなものがありました。自主制作を撮っている時に、まさに東京国際映画祭が拾ってくれて、そこから作ることを続けてきたという形です。

――映画を観る側としては、好きなジャンルはサスペンス・・・?

そうそう!そうなんですよ(笑)。だから自分の作ってるものと観てきたもので、若干乖離があって面白いですよね。

――ご自身で映画を撮るようになってから、かつて見てきた横溝正史シリーズがまた違った風に理解できたり見えたりするとかもありますか?

凄さっていうのを技術的な面から感じることができるので、同じ映画も、ある意味作り手になったからもう1回楽しめる、まあちょっと贅沢な楽しみ方できてる気がしますね(笑)。

 

――お気に入りの映画館はありますか?

横浜の「シネマ・ジャック&ベティ」(*2)って映画館があって、すごい古い映画館なんですけど、そこは結構好きです。わざわざ「シネマ・ジャック&ベティ」で観たいなと思って、特に観ようと思ってた映画じゃないけど観に行く、みたいなことがあるぐらい好きな映画館です。

 

――監督の人生に影響を与えた言葉はありますか?

もちろんいっぱいあるんですけど、今回の作品で河瀬さんからの言葉っていうのは印象深いものが多くて、僕、龍ちゃんって呼ばれてるんですけど(笑)、「龍ちゃんは生き延びれちゃうからあかんのや。 生きるか死ぬかで映画作らなあかん」という言葉は、なんか次自分が映画を作る上で大事な羅針盤なんじゃないかなって思います。

 

――この作品が三部作(*3)の区切りになるそうですが、次はどういう方向を考えられているんですか?

実人生の中で、その時々に作りたいものは変わっていくと思うんですよね。自分たちの人生が明日どうなるか分からないじゃないですか。だから次作るものも、今の自分が想像できるものではないと思ってます。

 

――コンペティションでの大賞、期待しています!

素晴らしい作品がいっぱい出てるし、ラインナップのレベルは高いので、大賞を取ることは多分現実的には難しいと思うんですけど。賞はね、僕が決めることじゃないから何とも言えないですけど、あんまり賞を目指さない方が良くて、人に見てもらう機会を目指した方が続くんですよ。だから、作品が世の中でちゃんと目に触れる機会を作るってことに集中するためには、賞をもらうことよりも、この映画祭に参加してきたことの方に価値があると思うんですよね。それとやっぱり俳優が賞を取ることが嬉しいですよね!監督って演出家であることが第一なんで、それが一番いいなって思いました。

 

――「クリエイターズステーション」はクリエイターを目指す人たち・・・映画監督、アニメーター、イラストレーターなど様々なクリエイターを応援するサイトです。監督になりたい、映画業界で働いてみたい人たちへの、アドバイスをお願いします。

やっぱり大変な世界ではあるんです。来たら幸せになれると簡単に言える世界はではないかもしれないけど、それはどの世界もそうだと思うので。 黒澤明監督の言葉なんですけど、薄い紙を一枚ずつ積み重ねていくと作品ができて、積み上げていくと、楽しさを飽きずに感じていくっておっしゃっていて、すごくいい言葉だなと思って。やっぱりどんなものでも飽きたり、きついなと思って投げ出したくなること絶対あると思うんですよね。自分も何度もありました。でも続けていくと、新しい発見が必ず来るんですよね。それは成長というか、変化として訪れるんです。 そうすると、そのもの自体の見え方もより魅力的になったりするので、なんか映画の世界に来るってなった時に、映画で食ってこうっていうことを考えすぎるより、映画を作ること、自分の人生の一部に取り込むっていう考え方で、長く続けていくことを考えていくことの方がいいんじゃないかっていうふうに思います。くじけそうになっても作り続けて、自分の内側から出てくるものを信じて作り続けられる、そのために工夫も必要なんです。いろんな場所に行ってみるとか、いろんな人と出会ってみるとか。 自分が作り続けられるためにどうしたらいいかを考えていくってことに集中していきましょう!

(photo&text:Kiyori Matsumoto)

 

*1 東京国際映画祭前に500本の作品を観て全体のラインナップを選ぶ責任者、市山プログラミング・ディレクターの仕事とは  https://www.creators-station.jp/report/creators-eye/286507

*2 シネマ・ジャック&ベティ(横浜市中区若葉町3-51)

https://www.jackandbetty.net/

*3 『走れ、絶望に追いつかれない速さで』(2016)、『四月の永い夢』(2018)

 

中川龍太郎
1990年、神奈川県生まれ。『愛の小さな歴史』(14)、『走れ、絶望に追いつかれない速さで』(15)が東京国際映画祭に連続入選、最年少記録を果たす。『四月の永い夢』(17)はモスクワ国際映画祭で国際映画批評家連盟賞を受賞、『静かな雨』(20)は東京フィルメックスで観客賞を受賞した。『やがて海へと届く』(22)、『MY (K) NIGHT』(23)を経て、「わかっていても the shapes of love」(25)で全世界配信を発表。

 

『恒星の向こう側』

©2025映画「恒星の向こう側」製作委員会

 

<作品解説>

『走れ、絶望に追いつかれない速さで』(15)、『四月の永い夢』(17)で鮮烈な印象を残した中川龍太郎監督が挑む三部作の最終章。母の余命を知り故郷に戻った娘・未知は、寄り添おうとしながらも拒絶する母・可那子と衝突を重ねる。夫・登志蔵との間に子を宿しながらも、亡き親友への想いに揺れる彼の姿に不安を募らせる未知。母の遺したテープから“もうひとつの愛”を知ったとき、彼女は初めて母を理解し、母から託された愛を胸に進んでいく。

<キャスト>

福地桃子 /  河瀨直美 /  寛一郎 / 朝倉あき / 南 沙良 /  三浦貴大 / 久保史緒里 / 中尾幸世

<スタッフ>

監督/脚本/編集:中川龍太郎
エグゼクティブ・プロデューサー:和田丈嗣
エグゼクティブ・プロデューサー:道下剣志郎
プロデューサー:稲葉もも
撮影監督:上野千蔵
音楽:haruka nakamura

 

日本中のクリエイターを応援するメディアクリエイターズステーションをフォロー!

TOP