東京国際映画祭前に500本の作品を観て全体のラインナップを選ぶ責任者、市山プログラミング・ディレクターの仕事とは
2025年10月27日~11月5日、秋の訪れとともに、日比谷・有楽町エリアが「第38回東京国際映画祭」に染まり、世界中から映画祭を取材するためにプレスの方々が来日します。華やかな10日間の始まりです!
今回クリステ編集部は、東京国際映画祭の部門やエントリーされる作品を決定するプログラミング・ディレクター市山尚三さんにインタビューしました。

――東京国際映画祭のプログラミング・ディレクターについて教えてください。どういうお仕事ですか?
映画祭全体のラインアップを選ぶ責任者です。部門によって、例えば「アジアの未来」「アニメーション」「ウィメンズ・エンパワーメント」は他にプログラマーがいますが、それ以外の部門は、私が全作品見て選んでいます。全体のラインアップに責任を持つのが、プログラミング・ディレクターの仕事です。いろんな映画を観たり、あるいは交渉して、映画祭のラインナップを決めていくというのが一番大きな仕事です。
――今回の東京国際映画祭のために何本ぐらいの作品を観られましたか?
僕が全部一人で見てるわけじゃないんですけど…やっぱり500本ぐらいは観ています。映画祭とかに行くと1日に4~5本観たりすることもありますし、家でも1日に数本観ます。
――今回市山さんが期待している部門、新設部門、肝いりの部門を教えてください。
やはりコンペティションが映画祭の一つの顔になるので、そこは当然力を入れてセレクションしています。場合によっては監督個人に連絡して、ぜひ作品を見せて欲しいというような形で、なるべく他の映画祭に出ていない新しい映画を中心に集めたのが、今回のワールドプレミアム作品なんです。アジアでまだ上映していない作品で選んだのが、この15本なんですね。作り方も普通のフィクションがあったり、ドキュメンタリーがあったり、実験映画的なものがあったり、もういろんなパターンの作品が集まって、すごい内容になったなというふうに今年は思っています。
――新設された部門とは?
新しい部門は「アジア学生映画コンファレンス」です。これは簡単に言うと、アジアの学生たちが学校のカリキュラムの中で作った映画のコンペティションで、15本の中から賞を出すという部門なんです。これが今年の新部門ですが、クオリティがすごく高くて、ちょっとびっくりしました。これを本当に学生が作っているのかというぐらいのクオリティのものもあります。ここから未来の巨匠というかですね、ここを出発点にして将来いろんな映画祭に行くような人が出てくるといいなと考えて始めた部門なんです。始める前には一体どの程度のレベルの作品が集まるかちょっと不安な点もあったんですけど、結果的には予想以上のレベルの作品が集まりました。どういう結果が出るかすごく楽しみな部門ですし、すべての監督が期間中に来ますので、同じ世代の若い人たちと会えるきっかけという意味でも面白いなと思っています。ぜひこれからも続けていきたい部門ですね。

――コンペティション部門の日本の監督は、どのようなポイントで選ばれたのでしょうか
まず『金髪』という映画がありまして、これは坂下雄一郎監督ですね。坂下さんはもう中堅ぐらいに差し掛かった監督で、いわゆる娯楽映画的なものをすごくしっかり撮れる監督なんです。娯楽映画と言いながらも、すごく脚本がよくできていたり、セリフの掛け合いがすごくうまかったり、そういう映画を今までも撮ってきた監督なので、ずっと注目はしていたんですけど、今回はすごく面白いしオリジナルの脚本。選考委員全員一致でコンペティションに決まりました。『金髪」は日本国内の、いわゆる同調圧力みたいな、学校で髪を染めちゃいけないとか、そういうものに対する批評も入っている点で、他のアジアや世界の作品と一緒に賞を争ってもらいたいです。
――坂下監督はもう1作品『君の顔では泣けない』もエントリーされていますよね。
はい。2本コンペティションというわけにもいかないので、こちらはガラセレクションというどちらかというと娯楽映画を上映する部門に選びました。これもすごく面白いですね。『君の顔では泣けない』は、あまり言うとネタバレになるんですけど、要するに男女が入れ替わってしまう。今までもそういう映画はたくさんあるんですけど、その状態が何年も続くんですね。普通は夏のうちにまた戻ったりとかするんですが、この作品は主人公が年を経て、大学に行って、結婚したりするまで、ずっと入れ替わったままで続く。これ、初めて見たパターンなんで、多分原作があったはずなんですけど、すごく面白い映画ですね。2本とも娯楽映画であると同時に、非常にクオリティも高い。そういう作品を作っている監督だと思います。
――中川龍太郎監督はどのような監督ですか?
『恒星の向こう側』の中川監督は、東京国際映画祭で過去にも何本か上映している監督ですが、コンペティションは初めてなんですね。中川監督は登場人物たちの感情を描き分けるのがすごくうまい監督で、しかも風景の撮り方がすごく美しいので、素晴らしいクオリティの作品をずっと作っている人です。今回コンペティションで応援することになりました。
――今回、私たちは「Nippon Cinema Now」という部門に注目しています。この部門の特徴を教えてください。
はい。ぜひ海外に出て行って欲しいという監督たちなんです。年齢制限はありませんが、比較的若い監督たちです。しかもいわゆるインディペンデント映画というか、あまり予算をかけずに作っている作品が結果的には多いですね。そのような意味で、娯楽映画として多くの観客を集める作品はガラセレクションで上映して、もっと小規模な作品だけど、この監督にすごく才能があって、多分海外で今後評価されるであろうという人たちを、「Nippon Cinema Now」で紹介しています。
――東京国際映画祭らしさ、東京国際映画祭は他と違う点は?
そうですね、やっぱりアジアの映画祭なので、全体的にアジア作品が多いと思います。それと『LOST LAND』が例なんですけど、いろんな国の人たちが関わってくる映画が多い。『名もなき鳥たち』。という作品があります。これは完全に日本で撮られた映画なんですけど、ヤン・リーピンという中国人の監督で、東京藝術大学で学んだ監督ですね。去年も東京藝大の卒業制作を上映していますし、その前にはアマゾンプライムが提供していたテイクワン賞で最優秀賞を受賞した監督なので、東京国際映画祭でもサポートしていきたいと思っています。海外の監督だけど日本に定住して日本で映画を撮る人も今後どんどん出てくると思いますし、そうした作品をなるべく紹介して、アジアで日本だけで孤立しているのではなくて、いろんな国々と共同しながら作っていく。あるいは才能が行き来して、日本人の監督が海外で撮影したり、海外の監督が日本に定住して日本で撮るとかですね、そういう動きが今すごく活発になっているので、そういう作品も見せていきたいなと思いますね。
――市山さんは、この作品を選ぶところまでで、審査には入らないのですか?
私の仕事というのは選ぶところまでで、あとは審査員に委ねます。どの作品が賞を取るかというのはもう全く予想できないですね。多分、審査員が変わると絶対違う結果になるだろうと思います。映画を比較するのは難しいと思います。基準があるわけじゃないので。決め手になるのは、審査員たちにどれだけ響いたかですね。

――市山さんは、日頃はどのような環境で映画を見られますか?
仕事以外の時は、映画館に見に行っていますね。配信とかも契約はしていますけど、なるべくスクリーンで見るようにします。古い世代だからしょうがないかもしれませんけど、劇場で見ないと見た気にならないというのがあって。東京国際映画祭で上映する映画は、事前に家でモニターで見てるわけですね。でも公開されたらもう1回お金を払って映画館に見に行っています。
――市山さんが映画を好きになったきっかけは?
大学から東京なんですけど、東京に上京してから。いろんな映画をやっているので、それが珍しくて。クラシック作品も含めていろんな映画を観られるので、もう片っ端から観ているうちに好きになっていったのがきっかけだと思いますね。
――映画祭で作品をセレクトする側として関わり始めたのはいつぐらいからなんですか?
東京国際映画祭で最初にセレクションにかかったのは1992年ですね。だからものすごい昔ですけど、92年、まだ僕が映画会社の松竹に入って何年かしか経っていなかったんですけど、そこでちょっと映画祭の手伝いで派遣されて、東京国際映画祭のセレクション、アジア部門のセレクションをやり始めたのが最初ですね。
――過去の映画祭ですごく印象に残っている映画祭はありますか?
海外の映画祭になりますが、一番好きなのが、スイスのロカルノ国際映画祭。毎年8月の夏休みにやっているんですね。それは本当に素晴らしいんです。屋外上映会場であの8000人ぐらいが観られるっていう!町の広場を全部封鎖して、そこで大スクリーンを張って屋外上映をやっている映画祭です。今は8月は東京国際映画祭のセレクションで忙しくて全然行けないのが残念なんです。
――先日、東京国際映画祭の記者会見の配信をYouTubeでリアルタイムで見たんですが、そこに坂下監督と中川監督が登壇されていましたよね。もしかしたら日本人監督が大賞を取れる近道にいるのかな、と思いながら見ていたんですが・・・
日本人の監督が受賞したことは今まで実はそんなになくて、日本映画がグランプリを取ったのは多分数回しかなかったと思うんですけど、もちろん可能性としては全作品にあります。あとは審査員がどれを気に入るかだと思います。

――東京国際映画祭を楽しみにしている全国の映画ファンへのメッセージをお願いします。
国際映画祭っていうと、なんかすごく敷居が高いように思う人が結構多いんですけど、東京国際映画祭はチケットも普通に売られていて、チケットを買えばどなたでもご覧になれます。そして、それぞれの作品は、プログラマーが何らかの意味で面白いと思って選んでいる。もちろん、その人に合うか合わないかわかりませんけど、何かこう、理由があって選ばれているものなので、もし今日たまたま時間が空いているという時に、まだチケットが買えるものがあったら、是非ともフラッと観てもらいたいなと思います。たぶん、何か残るものがあると思います。
――ではクリエイターズステーションの読者、とくにクリエイターに向けてメッセージをお願いします。
映画というのは総合芸術と言われます。ビジュアル、音楽、ストーリーテリングなどいろんな要素があるんですね。クリエイターの方たちには何か参考になることがあると思うので、時間があったらぜひ観てもらいたいです。東京国際映画祭には監督たちがかなり来るんですね。上映後のQ&Aや舞台挨拶もあります。映画はいつか見られるかもしれませんが、クリエイターの話を直接聞く機会は限られているので、ぜひともこの機会に観ていただければと思います。
photo&text:Kiyori Matsumoto
【開催概要】
名称:第38回東京国際映画祭
主催:公益財団法人ユニジャパン(第38回東京国際映画祭実行委員会)
共催:経済産業省
国際交流基金:(アジア文化交流強化事業)
東京都(コンペティション部門、ユース部門、ウィメンズ・エンパワーメント部門、アジア学生映画コンファレンス部門)
期間:2025年10月27日(月)~11月5日(水)[10日間]
開催会場:シネスイッチ銀座(中央区)、角川シネマ有楽町、TOHOシネマズ シャンテ、TOHOシネマズ 日比谷、ヒューマントラストシネマ有楽町、丸の内ピカデリー、ヒューリックホール東京、東京ミッドタウン日比谷 日比谷ステップ広場、LEXUS MEETS…、三菱ビル1F M+サクセス、東京宝塚劇場(千代田区)ほか、都内の各劇場及び施設・ホールを使用
HP:https://2025.tiff-jp.net/ja/






