合唱曲『湯かむり唄』。その元ネタとは
中学高校の合唱コンクール
その内情たるや…
中学高校の文化祭の思い出と言えば、合唱コンクール。
誰がピアノ伴奏するか、誰が指揮を勤めるのか。
ソプラノ、アルト、テノール、バス、その振り分けはどうするのか。
噂によれば「クラス内でピアノを弾ける子がいない!」悲劇をあらかじめ避けるため、「ピアノ弾ける子」をリサーチして各クラスに配分するなど、学校側が配慮する「クラス分け」。だが問題は…合唱の声の質の配分である。
声変わりの時期は多感な時期。
人間関係も難しい時期。
そんなわけで本人の声の質、あるいは歌唱力にかかわらず女子内のソプラノにアルト、男子内のテノールにバスは仲良しグループ、本質を言えばスクールカーストで決まってしまう難しさだ。
平成以降、合唱に取り入れられる
日本の伝統音楽、民謡
それでもいざ練習が始まれば、なんとなく何とかなってしまう合唱コンクール。
さて混声合唱と言えば、本来は西洋音楽の持ち分である。
明治以降、西洋音楽を範に置いた学校教育のものである。
だが日本には西洋文学が大々的に渡来した明治以前より豊かな音楽文化が存在した。そんな庶民の音楽文化も編曲され、とりわけ平成期以降に「混声合唱曲」として装い新たに合唱コンクール課題曲に選ばれているのは喜ばしいことだ。
有名どころでいえば、1973年に沖縄県宮古島で採録された住民の踊り歌を編曲した
「狩俣ぬくいちゃ」
青森県民謡「南部俵積み唄」
三味線や和太鼓を伴奏とする日本伝統音階と西洋文化との、見事なマリアージュ。
温泉民謡
「湯かむり唄」
さて今回紹介したいのはやはり合唱曲。
「湯かむり唄」
鳥取県岩美郡岩美町、旧国名でいうところの因幡の国、因州にある「岩間温泉」に伝承される民謡が元ネタである。
現在、民謡と言えば舞台で民謡歌手が三味線や和太鼓の伴奏に合わせ、朗らかに喉を競わせるもの。だが舞台芸術化される以前の民謡は、盆踊り唄やお座敷唄を除けば「仕事と共にある」ものだった。
農作業の調子を整え張り合いを持たせる「畑打ち唄」「田植え唄」「草取り唄」「籾摺り唄」「麦搗き唄」。
漁業での作業の調子を整える「船漕ぎ唄」「網起こし唄」
陸上、海上交通の無聊を紛らわせて唄う「馬方、牛方節」「舟歌」
建築作業の折、大人数の力を結集する「木遣」「土搗唄」
さらには日本酒醸造の折、杜氏らの意識を集中させ作業時間を計測するための「酒造り唄」などなど。
まさに民謡は雑多な仕事の中から生み出されていた。
さて今回の「湯かむり唄」は温泉の中から生み出されたものだ。
だが娯楽化した温泉、芸者を呼んでの騒ぎ唄ではない。
純粋に「湯治」から生まれたものである。
当「湯かむり唄」が生まれた。岩井温泉は、奈良時代以来1200年の歴史がある湯治場。戦国時代には荒廃したものの江戸時代初期に再興され、鳥取藩の藩主も通うなどして栄えた湯治場。ここ岩井温泉の湯治法は、一風変わっている。
まず、浴客は浴槽に身をひたす。頭には手拭いを載せる。
これならば「いい湯だな アハハン」の懐メロそのまま、定番の姿だろう。
だか、ここで欠かせないアイテムがあるそれが「ひしゃく」だ。
たっぷりの湯に浸かりつつ、湯面を柄杓でパチャパチャ打って拍子をとる。
湯を打つ。頃合いに至り柄杓で湯を汲み、手拭いを載せた自身の頭にバシャリと掛ける。
いわば「手動打たせ湯」とでも言うべきものだろうか。
そのまま拍子をとり唄い続け、湯に浸かり続ける。
その唄が民謡「湯かむり唄」だ。
明治の文豪・島崎藤村は明治後期に当地を訪れ湯かむり唄を見聞し
土地での湯かむり歌といふものを聴かせてもらつた。いつの頃からのならはしか、土地の人達は柄杓ですくふ湯を頭に浴びながら歌ふ。うたの拍子は湯をうつ柄杓の音から起る。きぬたでも聴くやうで、野趣があつた。この湯かむり歌もたしかに馳走の一つであつた。
と記している。
以下は『日本民謡大観 中国編』による、湯かむり唄の歌詞。
昭和39年11月に現地で実況録音されたもの。
恐らくは合唱「湯かむり唄」の歌詞のモチーフだろうか。
ヤレヤレヤレヤレ始まる始まる始まる所は
因州因幡は岩井の温泉 湯かむり唄だよ
三つに四つは五つも六つ
七んな八つなら初めのおとよ
初めのおとよだ
音に名高い鶴が岡にて 新田のお兜改め
目利きの役目は顔世御前で
花の姿の優しき師直
見染めて玉章送りだ
三つに四つは五つも六つ
七んな八つは二十歳の姐さん
はたちの姐さん 人間世界は夢の淡雪
寝たのが極楽起きたのが地獄で
明けの烏に浦里時次郎
三つに四つは五つでも六つ
七んな八つならおさんの宿で
おさんが宿では三吉子別れ
哀れな染め分手綱で
間のお山にゃお杉やお玉じゃ
三つに四つは五つでも六つ
七んな八つは島田に鹿子だ
島田に鹿子だ
四季に絶えなく花は開けど
開かぬ御門を入り来る上使は石堂薬師寺
かねて覚悟の判官様が
衣紋を上下に両肌おしのけ九寸五分だ
息せき駆け来る家老の大星…
「日本民謡大観」添え付けのCDによる録音は3分18秒。
演者は数人、順繰りで歌詞一番を担当する。
柄杓で湯面をパチャパチャ打って拍子を取れば、背後で湯桶がカコーンと鳴る。
まさに漫画のオノマトペそのまま。
江戸期日本の庶民の常識の知識だった『忠臣蔵』、あるいは大名家の姫君の乳母・重の井と生き別れの息子・三吉との予期せぬ再会と別れを描く「恋女房染分手綱」の一幕、遊女・浦里と馴染み客・時次郎の足抜きを描いた新内節『明烏』、あるいは近松門左衛門の浄瑠璃『冥途の飛脚』の登場人物、さらに武田勝頼の故事などなど江戸期の大衆文化のエッセンスを取り混ぜた歌詞。
当時の民衆の「はやり」がそのまま反映された一幕である。
こんな唄を長々歌い継ぎながら、じっくり湯に浸かる。
日本は温泉大国。
だが入浴、当時に即して生まれた民謡は上州草津の「湯もみ唄」と、摂州有馬の「温泉入り初め唄」、そしてこの因州岩間の「湯かむり唄」以外では存在しない、と『日本民謡大観』は語る。
江戸期の庶民文化がちりばめられた「湯かむり唄」の歌詞。
平成令和の現代に歌詞を再編すれば、どうなるだろうか。







