「腸をほぐす」韓国料理を新大久保で食べる
「腸をほぐす汁物」
それがヘジャンクㇰ
へジャンクㇰ
漢字表記は「解腸クㇰ」。クㇰ、とは朝鮮語でスープ料理のこと。
韓国、朝鮮半島の料理である。腸を解く、の名のごとく、酒につかれた胃腸をとろかしてくれる最高の酔い覚まし料理だという。
わたくしがこの料理を知ったのはもう25年近く前だったろうか。母校の図書館で読んだ「韓国料理文化史」(李盛雨で初めてその名を目にした。当書籍によれば、ソウル一帯」のへジャンクㇰは牛骨をじっくり煮込んだ出汁に味噌を薄めに溶き、大豆もやしにダイコン、白菜、葱を入れ煮込んだのち、固めた「牛の血」を入れ再度沸騰させたものだという。
続いて当書籍は韓国著名人の随筆でヘジャンクㇰを説明する。
「腐りかけの悪い味噌で煮たヘジャンクㇰはほろ苦い。菜っ葉のきれっぱしをザクザク刻んで味噌を解いた鍋に牛骨と入れ、牛の血を入れて煮たへジャンクㇰは人に特別な味を感じさせる。近頃のへジャンクㇰは菜っ葉が入っていないものが多い…やはりソウルのへジャンクㇰ には菜っ葉が入っていなければだめなのだ」。
「夜を徹して原稿を書いていると何より頭に浮かぶのがコッテリしたヘジャンクㇰである、しかし、これはというへジャンクㇰ屋がどこにあるのか知らなかった私は、行き当たりばったりに路地を入り…小さな板敷一つに部屋が一つ、それが客を通す食堂の全部で客も7,8人にすぎないみすぼらしい店だったが、いざヘジャンクㇰが出てくると私は舌を鳴らした。こんなヘジャンクㇰは生まれて初めてだ。材料はよそのヘジャンクㇰと変わりない骨と牛血に菜っ葉、しかしそこに込められた真心というか手間というか、それがまた素晴らしい味を作り出していた。菜っ葉は煮えに煮えて粥のようにトロトロに溶け、骨についた筋もほとんど汁のようになっていた。24時間煮込んだものを客に出すのだという…」
悪い味噌
路地の奥
みすぼらしい店
あまりお上品ではない、「B級グルメ」的な描写。だからこそ素晴らしい。
煮えとろけた菜っ葉
牛の血
なにより「腸を解かす」という漢字表記がエモいではないか。
いつか食べてみたいと思い至ったものの、実のところ人生で韓国に行ったのはヨン様ブームの西暦2005年頃だけ。その時は普通に参鶏湯、屋台のチヂミ、そしてピザトーストだった。あれから20年、韓国料理がこれだけメジャーになっても新大久保界隈で話題になる「新顔」といえば豚の三枚肉を焼いて野菜で包んで食べるサㇺギョㇷ゚サㇽ、韓国式海苔巻きのキㇺパッ、あるいはチーズドッグあたり。ヘジャンクㇰは「渋すぎる」のか、美女イケメンがキャピキャピ(死語)するような料理でないからか、ついぞお目にかかったことがない。
25年間憧れた韓国料理・ヘジャンクㇰ
その詳細食レポ
そのヘジャンクㇰに去る10月半ば、ついに遭遇した。
場所は新大久保のはずれ、地下鉄の東新宿駅に近いあたり。店の構えは焼き肉や流行料理を出すような雰囲気ではなく、総菜やスープ料理を売りとする店。このあたりの路地を見知る限り、10年は営業している店だ。カルビタンやテグタンなど朝鮮半島伝統のスープ料理の一つとして、店頭の看板に掲げられた「ヘジャンクㇰ 」。平成11年、1999年6の月に出版された本で目にして以来の憧れに、ついにお会いできたわけである。
さて、出てきたのがこれ。

表面を覆うのは大量の豆もやしにニラ、シャキシャキとした歯ごたえを生煮えと感じさせず、歯ごたえの快さのみを引き出す、絶妙な感覚で火が通されている。
かつて読んだ本に書かれていた「トロトロに煮えた菜っ葉」とは「ウゴジ」の事だろう。ウゴジとは、白菜の外側の葉の事。繊維質が多くて硬く、キㇺチには向かない。だが長時間じっくり煮込めば何とも言えぬ滋味を醸し出す。だからヘジャンクㇰのような煮込みスープには定番の素材となる。
だがこちらの品ではウゴジではなく、普通の白菜の葉っぱ使用らしい。さすがに生産地と消費地が遠く離れた昨今では、外側の葉は生産地で梱包する際にいち早く取り除かれてしまうだろう。それら煮えた菜っ葉類は…韓国独自の香辛料「タテギ」が振りかけられ辛旨くまとめられている。
さてスープをすする。
辛い。
当たり前だが辛い。他のカルビタンやユッケジャンよりは多少薄めだが辛い。「酔い覚まし」と銘打った汁物、ここで日本人なら二日酔いには素うどんかお茶漬けだが、これが辛いスープ。やはり幼少期からなじんだ味の違いというものなのか。
それでも美味い。辛みと旨味をまとった大量の野菜が快い。食物繊維不足にも最適だろう
さて……肝心のソンジ(牛の血)が見当たらない。
肉食の盛んな文化圏では血も大切な食素材、屠畜の際に容器に受け、自然に固まりトリュフチョコレート状になったものを刻んで汁物に入れる。そんな血チョコが入っているはずなのに見当たらない。
ニラと豆モヤシをかき分け掘り出されたのは豚の背骨だった。肉をあらかたそぎ落とされた背骨、それをひとつひとつのパーツに分解したうえでじっくり煮込んだもの、こいつが美味い。骨にまとわりつく肉片は煮込まれてホロホロの繊維にほぐれる。骨同士を連結していた軟骨を噛めばコリコリと歯に応える。ジョジョ1部の終盤を熟読していなかったとしても
「軟骨がうめーんだよ!」
との叫びが漏れるだろう。
野菜を食い肉を食い軟骨を食いスープを飲む。
韓国、朝鮮料理の作法では、汁物は器を卓上に置いたままスプーンですくって飲むもの。日本のように器を手で持ち上げ口を器に付け飲むのはマナー違反。
だが掬って掬って掬っていくもどかしさにいたたまれず、思わず口をつけ飲み干してしまった。
後で調べたら、ヘジャンクㇰにソンジ(牛の血)は不可欠な素材ではないとのこと。たまたまソウル地方で牛の血入りヘジャンクㇰが有名なだけで、豚の背骨なり鱈なり、地方別に様々なヘジャンクㇰがある。今回、私が食べることになった豚の背骨入りはピョヘジャンクㇰ、と呼ぶとのこと。
腸をほぐすスープ・ヘジャンクㇰ
もっと日本で流行っていい、そんな妙味といえようか。







