映画「HOKUSAI」レビュー 北斎は世界を変えられたか

金沢
ライター
いんぎらぁと 手仕事のまちから
しお

北斎といえば「富嶽三十六景」。そして「富嶽三十六景」といえばわたしの中で永谷園のお茶漬けだ。

子どもの頃、祖母の家に行くともらえた小さなカードに描かれた富士山を臨む景色には、不思議と奥行きや空気が感じられた。

そんな北斎の知られざる一生を描いたのが、2021年5月28日公開予定の「HOKUSAI」だ。

 

映画は幼少期の北斎が、海辺で砂地に絵を描いているシーンから始まる。

江戸幕府によって出版物が取り締まりを受けていた時代、腕は確かながら絵を売っては日銭を稼いでいた北斎は、浮世絵師・喜多川歌麿を育てた版元の蔦屋重三郎に見出される。

しかし、当時大人気だった歌麿に「お前の描く女には色気がない」と一刀両断され、道楽で描いただけなのに先生とちやほやされる若き写楽には嫉妬し、北斎の自信やプライドはもはやズタズタ。

ここまではなんともダメダメな「人に指図されるのは性にあわない」なんて言っては、成功している人に怒りをぶつける社会不適合者な北斎である。

北斎の若さならではの不安定さ、諦めや自暴自棄であふれかえりそうになりながら絵を描きたいとわめく心が、柳楽優弥の名演技で波打っている。

描く苦しさから逃げるように野山をさまよい、たどり着いた富士山を臨む海岸で北斎は入水自殺をする…かと思いきや、砂に絵を描きつけ、波に消されながら何度も描いていく。

そうして蔦屋重三郎のもとにリベンジとして持ち込んだのが、北斎の代表ともいえる「波」の絵だった。

「ただ描きたいと思ったものを好きに描いた」という北斎に、蔦屋重三郎は「お前にしか描けない。いい絵だ」といい、ようやく認めてもらう。

 

自分の好きなものや作りたいものだけを追求しても、売れるものや受け入れられやすいものにはならないというのは、クリエイターの常ではないだろうか。

しかし、売れ線やオーソドックスだけを追っては、ぼんやりしたものしか作れない。北斎は命を削りながら、ようやく自分だけのものを見つけられたのだろう。

北斎という名前はたったひとつ決して動かない星・北極星からつけたという彼に、蔦屋重三郎は「絵は世の中を変えられる」と自身の信念を伝えた。

 

「絵は世の中を変えられる」。

 

その後の人生で歌麿が弾圧により捕らえられたり、武士でありながら禁止された戯作を書き続けた柳亭種彦が殺されたりしながらも、この言葉は北斎の中で生き続けた。

脳卒中で倒れ、手や足に麻痺が残りながらも、「こんな体だからこそ見えるものがあるに違いない。まだまだ勝負したい、世の中と」といって旅に出た。

「いつかは人に指図されないで生きていける世の中がくる。生きているうちに、そんな世の中を見たい」

そう信じて、仲間を失っても「こんな日だから絵を描く」と筆を進め続ける北斎。

しかし、90歳を目前にした北斎は弟子の高井鴻山に「結局同じものばかり見せられてきた。世の中は変わらない」と嘆く。

それでも、北斎は絵を描くといい、2枚の波の絵を仕上げていく。渦のようにも荒れ狂う大時化のようにも見える波を描いていく。

さて、北斎の信じた「絵は世の中を変えられる」日は来たのだろうか。

北斎が思い描いていた、誰にも指図されない自由にものがつくれる世の中は来たのだろうか。

たしかに、現代の日本に江戸時代や戦時中のような芸術への弾圧はない。そういった意味では、自由な世の中がここにはある。

しかし、SNSという便利な権力が芸術や言論の自由を飲み込んで、世の中と戦うならアンチや炎上が敵となって覆いかぶさってくることがある。

さらに、コロナ渦で美術館や図書館は閉鎖され、ライブハウスやコンサートホールは制限された。

それでも、こんな世の中だからこそ、こんな日だからこそ人は描くのだろう。

世の中がどうであろうと、湧き上がるものを止められないのが創作だからだ。

こんな日だからこそ見えるものを描き続けていこうと思える、今の時代に観るべき1本だと思う。

 

映画『HOKUSAI』企画・脚本/作家の河原れん様のインタビュー記事はこちらからご覧いただけます。

 


「HOKUSAI」 2021年5月28日(金)全国ロードショー


 

主演:柳楽優弥 田中 泯

玉木 宏 瀧本美織 津田寛治 青木崇高

辻?本祐樹 浦上晟周 芋生 悠 河原れん 城 桧吏

永山瑛太 / 阿部 寛

監督:橋本 一

企画・脚本:河原れん

音楽:安川午朗

配給:S・D・P

製作:「HOKUSAI」製作委員会

©️2020 HOKUSAI MOVIE 公式サイト:www.hokusai2020.com

公式SNS:@hokusai2020

第33回 東京国際映画祭 クロージング作品


(C)2020 HOKUSAI MOVIE

[あらすじ]

何があっても絶対に諦めず、描き続けた、その先にー。

腕はいいが、食うことすらままならない生活を送っていた北斎に、ある日、人気浮世絵版元(プロデューサー)蔦屋重三郎が目を付ける。しかし絵を描くことの本質を捉えられていない北斎はなかなか重三郎から認められない。さらには歌麿や写楽などライバル達にも完璧に打ちのめされ、先を越されてしまう。“俺はなぜ絵を描いているんだ?何を描きたいんだ?”もがき苦しみ、生死の境まで行き着き、大自然の中で気づいた本当の自分らしさ。北斎は重三郎の後押しによって、遂に唯一無二の独創性を手にするのであった。

ある日、北斎は戯作者・柳亭種彦に運命的な出会いを果たす。武士でありながらご禁制の戯作を生み出し続ける種彦に共鳴し、二人は良きパートナーとなっていく。70歳を迎えたある日、北斎は脳卒中で倒れ、命は助かったものの肝心の右手に痺れが残る。それでも、北斎は立ち止まらず、旅に出て冨嶽三十六景を描き上げるのだった。そんな北斎の元に、種彦が幕府に処分されたという訃報が入る。信念を貫き散った友のため、怒りに打ち震える北斎だったが、「こんな日だから、絵を描く」と筆をとり、その後も生涯、ひたすら絵を描き続ける。描き続けた人生の先に、北斎が見つけた本当に大切なものとは…?

今だから、見えるものが、きっとあるー。

 

プロフィール
ライター
しお
ブランニュー古都。 ふるくてあたらしいが混在する金沢に生まれ育ち、最近ますますこの街が好きです。 タウン情報サイトの記者やインターネット回線系のまとめ記事などを執筆しながら見つけたもの、感じたことをレポートします。 てんとうむししゃ代表。

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