福山雅治と挑んだ映像トリックなし長回しのリアルなマジックシーンは、観客への挑戦
稀代のヒットメーカー・東野圭吾と福山雅治が再びタッグを組んだ「ブラック・ショーマン」。卓越したマジックと人間観察の力を持ちながら息を吐くようにウソをつく超個性派主人公・神尾武史が、手段を選ばず手品のように華麗に謎を解いていくエンターテインメント大作。
超一流のマジシャンである武史とバディを組むのが有村架純演じる神尾真世。叔父と姪という異色バディが、真世の父・英一(仲村トオル)殺害の謎を解いていく。
本作のメガホンを取るのは「コンフィデンスマンJP」シリーズを手掛ける田中亮監督。マジックシーンの裏側や本作の魅力、クリエイターとして大事にしていることを教えてもらった。
東野圭吾作品は物語の深みやキャラクター造形が魅力的

「ガリレオ」シリーズでもタッグを組んでいる東野圭吾さんと福山雅治さんが再び組む作品を監督すると聞いていかがでしたか?
震えました。それが武者震いなのか身震いなのかは分からなかったですが、東野圭吾さんの原作を映画にできるのは、監督として一つの名誉でもあるので率直にうれしかったです。そして福山さんと有村さんがバディを組むという今まで見たことない作品に携われるのは、非常に幸せなチャンスをいただいたと感じました。
東野作品を映画化することはやはり名誉なのですね。
累計1億冊以上売れている日本を代表する、世界でも屈指の作家の作品を扱えるのは楽しいです。そして何より物語の深みやキャラクター造形など、東野さんの作品でしか味わえない魅力が多いですから。ただ映像化の難しさも同時にあります。それは、自分もその一人なのですが、数多くのファンがいらっしゃるので、コアな原作ファンを納得させる作品を作らなきゃいけないというプレッシャーです。とくに今回は人間の奥深い感情を引き出している作品なので、より丁寧に描こうと心がけました。
原作を忠実に映像化することを意識されたのでしょうか?
これは福山さんから学んだことなのですが、東野さんの原作を映像化する上で、原作へのリスペクトは大前提です。そのうえで原作をそのまま忠実に写すのではなく原作の描きたいものを理解した上で映像にしかできない表現で表し、さらに面白いものを作ることを意識しました。この“挑戦する”という感覚と覚悟を福山さんは最初の準備段階から持っていらっしゃったので、学ばせていただきました。実際に、福山さんを含め多くのスタッフとも、小説ではこの表現だけど映像の場合はもっとこうした方がいい…みたいな話し合いはかなり行われ、それが活かされていきました。最初はスタッフも僕も“福山雅治”に対して緊張感がありましたが(笑)、次第に制作チームの仲間の1人だと勝手に思い、頼りにさせていただきました。
ダークヒーローを意識し、事件を楽しんでいるように見える武史を作った

福山さんとはどのようにして神尾武史というキャラクターを作っていったのですか?
本作の企画は福山さんが「ダークヒーローを演じてみたい」というひと言から始まっているので、ダークヒーロー・神尾武史をどう演じるかはかなり話し合いをして作っていきました。最初のころの脚本では、武史の本心や感情が見える部分も多かったのですが、最終的には彼の本心は見えないというキャラクターに落ち着きました。この“ダークヒーロー”というのがなかなか難しいんですよ。ヴィランといわれるような悪役だと振り切ればいいのですが、“ダークヒーロー”はあくまでも主人公なので、人を食ったような行動を取りながらも観客からすると物語を引っ張ってくれる、謎を解いてくれるという期待感がないといけないんですよ。バランスはいろいろ考えました。そして最終的に事件を楽しんでいるようにも見える武史が誕生しました。なお福山さんは「ちょっと品が出ちゃったかな?」と冗談をいっていましたが、主人公らしい品があるから成立するのが“ダークヒーロー”です。福山さんだからこその武史だと思います。
そのような福山さん演じる武史がマジックするシーンは、映像トリックなどを使用せず実際にマジックをされていましたよね。
マジックシーンに関しては、映像トリックは使わずカメラも長回しでカットを使って編集でごまかさない、リアルなマジックを撮ろうと決めて撮影に臨みました。簡単に映像を加工できてしまう今、観客の目が慣れているので、どんなにCGや映像トリックを使っても喜んでくれないだろうと思い、驚いてもらうための僕らからの挑戦に近いものになっています。ただそれをするためには演者側の努力が必要で…。そこは福山さんとも話し合って今回の撮影に臨んでいただきました。
武史と真世が再会する実家でのシーンのマジックには驚かされました。
このシーンが福山さんのクランクインだったのですが、その姿を見てマジシャン・神尾武史というキャラクターは完璧だと感じました。実はこのシーン、映画を見返したときにマジックを見つける楽しさも味わっていただけるように撮影しています。ちなみにマジックのシーンはある種、アクションシーンにも似ているんですよ。スマートフォンや警察手帳を取られる小暮刑事を演じた生瀬勝久さんの協力もかなり大事で。いかに素早く抜き取り、小暮刑事も気づいていないようにリアクションを取るのか…。それもセリフをいいながらですから、かなり難易度が高いお芝居に挑戦していただきました。
観客をミスリードするためのウソはつかないように徹底した

武史とバディを組む真世を演じた有村さんとはどのような話をされたのですか?
この物語はバディものとしての側面が大きいので、武史と真世との掛け合いが跳ねるように福山さんに臆せずぶつかって欲しいとお願いしました。実際の真世を見ると有村さんが持っている天性のコメディエンヌとしての才能が出ていて、武史へのツッコミの間やトーンが絶妙で、やり過ぎずストーリーに馴染んでいてさすがでした。人間ドラマとしての側面を引き出してくださったと思います。
マジシャン、殺人事件と聞いてエンターテインメント性が強いのかと思っていましたが、人の心の機微を描いた人間ドラマになっていました。
この物語の事件は一つしか起きないんですよ。連続殺人でもないし、大きな新たな事件も起きない。つまり誰かが犯人でそしてそこには事件が起きた理由がある…という人間の物語です。どうしても映画だから派手にしたい誘惑はありましたが、やはりここは原作を大切に、人間を大事に描いていきました。中でも印象的だったのは、物語の真ん中あたりの、公園でのシーン。森脇親子と英一の話をした武史が「足手まといはいらない」と去るのを真世が追いかける場面での真世の表情が素晴らしく。それまで武史に振り回されていた真世の成長や決意が見られる表情が夕日と相まって本当に美しいんですよ。真世にとっての転換期であるのでここは本当にいいシーンが撮れたと思いました。
登場人物、全員容疑者という描き方をする上で気をつけたことを教えてください。
全員を怪しく見せたい、見えて欲しいという気持ちはもちろんありました。このようなスタイルの作品を撮る際に僕はキャストに「自分から騙そうとしない」「ウソをつかない」を徹底して欲しいと思っているので、その旨は皆さんに伝えました。観客をミスリードするためのウソはついてもらいたくなくて。もちろん、それぞれのキャラクターが抱えている不安や秘密があり、それが同級生や街の人にバレるかもしれない、武史の手によって暴かれるかもしれないと動揺し、より怪しく見えていく…というのは正しいのですが、それ以上のことをするのは少し違う。脚本に描ききれていない部分は東野さんの原作を大きな助けにして、よりリアルな感情を持って演じていただきました。
監督はこれまでオリジナル作品も撮られてきていますが、どちらがやりやすいのですか?
どちらも難しいし楽しいです。ただ今回に関してだと、マジシャンが主人公で叔父と姪がバディを組むという東野先生が生み出した設定の妙はオリジナルでは絶対思いつかなかったと思います。そういう思いもしない素晴らしい設定で撮れたり、出会いがあったりするのは原作ものの面白さだと思います。
どのような作品も誰とやるかで変わってくると思う

監督はテレビ局にお勤めですが、昔から映画やドラマの監督を目指していたのですか?
僕はバラエティー番組、とくにコントを作りたくてテレビ局に入社したので、想像もしていなかった未来にいます(笑)。昔からお笑い番組が好きで、「ダウンタウンのごっつええ感じ」(1991~97年、フジテレビ系)や「めちゃ×2イケてるッ!」(1996~2018年、フジテレビ系)のようなストーリー性のあるお笑いを作りたかったのですが、最初の配属でドラマ担当になって。それも月9(フジテレビの月曜9時枠、主にラブストーリーを放送することが多い)といわれてショックで泣いてしまいました(笑)。ただ、単純なものでドラマの制作現場に入ったらすぐに楽しくなりましたけど。
今でもコントやお笑い番組を作ってみたいと思われますか?
今回でいうとハナコの秋山(寛貴)さんに出ていただいていますが、芸人の方とお仕事をするのも楽しいんですよ。今は、ハナコの単独ライブの幕間映像とかを作りたいです!とアピールしています(笑)。
監督といえば「コンフィデンスマンJP」(18年、フジテレビ)のようにテンポもよく、ドラマという垣根を越えたどこか個性的でバラエティー色が強めの作品を撮られることも多いですが、それもバラエティー好きにつながっているんですか?
セオリーから少しはみ出すみたいなことは、ドラマや映画だけを目指してきた人間でないからやれている部分もあるかもしれないです。どのような作品も面白いのが一番大事という思いで作っていますし、そこは変わらないと思います。
今、映画やドラマを作る魅力はどこにあると思いますか?
映画やドラマは時代を映す鏡だと思っています。作品を通じて社会とつながれるのが魅力で、社会とつながってこそエンターテインメントだと感じています。もちろん今回の物語もフィクションですが、地方の生きづらさや周りの目やSNSの脅威といったものが事件のきっかけになっているので、今だからこそ描けた作品だと感じています。
映画監督として大事にしていることを教えてください。
自分のスタイルを固めないことは意識しています。この監督が撮るとこうなるよねという印象を作品ごとに裏切っていきたいというか。もちろん前作を見て期待される部分もあると思います。僕だと、人を騙す作品やウソといったキーワードの作品を多く撮っている。そこからは逃げ出せない部分もあるのですが、期待いただいている部分は答えつつ、常に何かもう一つ違うものを生み出すように挑戦していこうと思っています。そのためには人を大切にすることが大事になってきて…。新しく組むキャストやスタッフといった仲間がアイデアをもたらしてくれます。どのような作品も誰とやるかで変わってきますよ。
クリエイターとしてやった方がいいことや大切にした方かいいことは何だと思いますか?
成功体験に縛られないことが大事だとは常に思っています。でも難しいんですよ。壁にぶつかったとき、あのときはこうしたら上手くいった…と記憶を呼び戻したくなりますが、それだと新しいものは生まれない。クリエイターが何かを生み出すというのは、やはりこれまでとは違うことを期待されていると思うので、そのときは歯を食いしばって過去にすがらず、新しいものに手を伸ばしていくことが大事だと思います。
辛いことがあったときはどうやって乗りきるのですか?
少し前までは寝ずに考えていたのですが、今は仲間に相談することを覚えました。現場の若手の助監督やはじめて組むスタッフ、いつもやっているメンバーなど、いろいろな人に聞くことが一番の助けになります。やはり自分でないところにヒントが転がっているんですよ。
そのように変わったきっかけはあったのですか?
自分が年齢を重ねてきて、自分の限界も少し分かったからですかね。やはり若いころは自分の頭の中だけで生み出したり、考え出したりしないと“負け”だと思っていたんですよ。でもそれは観客には関係ない。誰の考えたアイデアだろうが、観客にとって面白いものを届けるのが一番だと気づきました。そういう意味で、チームプレーで面白いものを提案できる監督という仕事は楽しいと思います。
取材日:2025年8月12日 ライター:玉置 晴子 動画撮影:村上 光廣 動画編集:鈴木 夏美
『ブラック・ショーマン』

©2025「ブラック・ショーマン」製作委員会
2025年9月12日(金) 公開
監督:田中亮
脚本:橋本夏
出演:福山雅治、有村架純
成田凌、生田絵梨花、木村昴、森永悠希、秋山寛貴、犬飼貴丈、岡崎紗絵
森崎ウィン、丸山智己、濱田マリ、伊藤淳史、生瀬勝久、仲村トオル
原作:東野圭吾「ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人」(光文社文庫刊)
配給:東宝
©2025「ブラック・ショーマン」製作委員会
ストーリー
元中学校教師である神尾英一が何者かに殺された。
2か月後に結婚を控えていた神尾真世(有村架純)だったが、父・英一の突然の訃報を受け、実家のある町に戻る。
その町はコロナウイルスの蔓延以降、観光客も遠のき、活気を失ってしまっていた。そんな折に起こった殺人事件……。
教師として多くの教え子から慕われていた英一はなぜ殺されなければならなかったのか。
真実を知りたいと願う真世の前に現れたのは叔父の神尾武史(福山雅治)。かつてラスベガスで名を馳せた元マジシャンだ。
卓越したマジック(+手癖の悪さ)とメンタリスト級の巧みな人間観察&誘導尋問を武器にして、武史は、姪・真世と共に、
大切な家族が殺された殺人事件の謎に挑む―― !!







