グラフィック2008.11.07

ペーパーエンジニアは まったく僕向きの仕事です 特に、理屈っぽいところが(笑)

Vol.45
ペーパーエンジニア/グラフィックデザイナー 坂啓典(Keisuke Saka)氏

坂さんのホームページ「紙工房」 http://www.zuko.to/kobo/

切り抜いて、折って、貼る――基本、その作業だけで素敵な立体ペーパークラフトができあがり、しかも動く!そんな作風で、静かな人気となっているのがペーパーエンジニア(ペーパークラフト作家)の坂啓典さんです。 今年9月には、NHK教育チャンネルの『趣味悠々』で講師にも抜擢され、日本中の視聴者にそのお手並みを披露。作風そのままの、やさしい素顔も見せてくれました。 仕事場の名はずばり「図工室」。図工室にお邪魔して、坂さんの生み出した作品群囲まれながら、和気藹々としたインタビューの時間をすごさせていただきました。

最初はペーパークラフトで やっていける確信なんて、なかった。

ところで、ペーパーエンジニアって、どんな意味?

本来は、仕掛け絵本をつくる職業を指すらしいです。言葉の響きに惹かれて調べてみたら、紙を使ってものをつくる人の中でも、工場のオペレーターや機械がいかに効率よく生産できるかまでを考える仕事を意味するとわかりました。 ペーパークラフトにそれが当てはまるかどうかは、あくまで僕個人の判断なのですが、買ってくださった方がつくりやすいようにと日夜考えている部分は合致するなと思った。そこで、この肩書きを使わせてもらっています。最近、海外でもペーパーエンジニアを名乗るペーパークラフト作家がいるのを知りました。どうやら大間違いではなさそうです。

坂さんは、最初グラフィックデザイナーとして活動し、後にペーパークラフトの世界に進んだ方 ですね。この世界は、そんな感じでいろんな分野から転身された方が多いのでしょうか。

これまでは、そうでしたね。グラフィックデザインに限らず、建築やイラストレーションの世界から移ってきた方が多いと思います。でも最近は、学校を出てすぐに 「紙工作作家」を目指す方も現れたようです。僕たちの世代は、ペーパークラフトが商売になること自体に半信半疑で活動していましたから(笑)。時代は少々変わりつつあるかもしれません。

たぶん、昔はそうだったんでしょうね。

昔と言っても、僕の場合、キャリアはまだ8年ですが。それでもこの仕事を始めた頃は、作品を見せると、必ず、「で、本業はなんですか?」と聞かれたものです(笑)。

同業者は、たぶん日本全国に散らばっていると思うのですが。交流はあるんですか?

少なくとも僕は、この仕事を始めたのがインターネットの盛んになる時期と一致していたので、すぐにHPを立ち上げて、そこを通して同業者との交流ができました。そこでも、「で、本業はなんですか?」と質問し合ってた(笑)。 ちなみに、当時は大阪や静岡に在住していたそれらの友人も、今はみんな東京に移ってきています。

結局、ビジネスにするなら東京にいたほうがメリットが大きいということなのでしょうね。業界自体が、ちゃんと成長しているからでしょう。

少なくとも、仕事は、増えていますね。僕の場合、もちろん、8年前に仕事を始めた時には、グラフィックデザインのほうの比重が大きかった。ペーパークラフトでどれくらいの収入が得られるかなんて、まったく予想もつかなかった。でも、幸い、いつの間にかその比重も逆転して、ペーパークラフトがメインだと言えるようになりました。

これらは坂さんの作品。キットや本を購入すれば一般の人でも作れます!

これらは坂さんの作品。キットや本を購入すれば一般の人でも作れます!

今、ペーパークラフトが静かな人気になっている理由は、どんなところにあると思いますか?

この世界自体は、ずっと前から、戦前からあるものです。ただ、仕事の位置づけが、どちらかと言えば「裏方」でしたよね。雑誌の付録になったペーパークラフトにも、作家名なんて記載されていなかったし。また、展開図をつくる人と、そこに絵を描く人が分かれていたケースが多いようです。 僕たちの時代は、パソコンを使って構想も展開図も、色彩もタッチもひとりでやる人ばかりですから、いわゆる作家性のようなものは、そういうところから育ったのだと思います。 並行して、仕事を依頼する側の目も肥えてきて、企画を進める段階で「この作風の、この人に頼もう」という動きが増えてきました。実際に組み立てるお客さんの中にも、作者の名前を見て作品を選ぶ人たちが現れた。「たとえ同じモチーフでも、つくる人によって、違うものができる」という認識が定着したのが、今、この世界が徐々に注目され始めている要因だと思います。

第何世代になるのかはわかりませんが、坂さんたちの世代が今の隆盛を引っ張ってきたのは事実でしょう。

それは――どうなんですかねえ。もっと偉い、尊敬できる先輩もたくさんいらっしゃいますから、あまり偉そうなことは言いたくないですよ(笑)。ただもう、ひたすらがんばってきたというくらいです、言えるのは。 だいたい僕は、年齢はけっこういっていますが、デビュー遅かったので、まだ「ペーペー」の部類ですから。

デンマーク在住の3年間に作品をつくり、 地元の人の評価も得て自信を得た

坂さんとペーパークラフトの出会いについて、教えてください。

以前から飛び出す絵本などは好きだったのですが、それを職業として意識することはなかったんです。20代の後半に、仕事として長く紙工作をやっている方と知り合うことができました。時々、その方に、個人的なアシスタントを頼まれたりして、徐々に興味を深めていったという感じですね。

その先輩とは、どんな風に知り合ったのですか?

何軒かデザイン事務所に勤めた後、フラフラしている時期に、その方がバイトを募集して、僕が応募したんです。残念ながらバイトはもう決まっていたのですが、お付き合いはなんとなく始まった。

で、いつの間にか?

そうですね。やってみると、グラフィックデザインよりこっちのほうが性に合っているような気もしたし。1995年に、なんとなく独立してしまったのですが、その時からグラフィックデザインとペーパークラフトの両方を仕事にできればいいなぁと考えていた。

本格的な活動開始は、2000年からですよね。1997年から3年間は、デンマーク在住だし。

妻の仕事の関係で、あちらに住むことになりました。僕の仕事は休業状態になりましたが、結果的に良い充電期間になったと言えます。ペーパークラフトの作品も、かなりつくりためて、それが帰国後、仕事につながりましたから。

なるほど、それで2000年から本格始動。デンマークの人たちに、作品を見せて反応を得たりしていた?

ええ、けっこう評判が良くて。それが自信にもなったし、作品の技量もかなりあがったと思います。

2000年に帰国して、活動を再開して、すぐに仕事はまわり始めた?

こんなことが仕事になるのかなぁと思いながらも、事務所を開設してすぐにホームページを開設したのですが、そこで作品を見たアメリカの出版社から「出版しないか」とお話がきました。

おお、すごい。インターネットの威力ですね。

そうですね。ほんとうにラッキーだったと思います。

なぜ建築が「理系」に属するのか、 今ならよくわかる(笑)

作品「ペンギンの見果てぬ夢」と坂さん

作品「ペンギンの見果てぬ夢」と坂さん

やっぱり、自分に向いている仕事に出会えたという感慨はありますよね。

この仕事は、本当に自分に向いています。特に、理屈っぽいところが(笑)。実は、グラフィックデザインに求められる感覚的なもの、センスみたいなものが足りないのが若い頃の悩みでした。今では、グラフィックデザインの仕事も、情報を整理し筋道を立てて考えることが一番肝心で、一見感覚的に見える表現も多くはそこから必然的に導かれることが分かってきたんですが、当時の僕には、そこまで理解できなかったんです。 ところが、この世界は、最初から「自分向き」と思えた。作品をつくりあげるだけでなく、その組み立て方を、買ってくれた方に説明しなけりゃならないところなんかも、まったく僕向きの仕事と思います。

購入者がつくりやすいように、さらには本の製造過程もスムースに進むようにと、かなり緻密に詰める必要があるようですね。

決まった紙のサイズ内に、いかに効率的に部品を組み込むかとか、のりしろの組み合わせはどうかとか――。ほんと、細かい作業ですよ。 余談ですが、僕はずっと、建築学部が理系に属しているのが不思議でならなかったんです。あれ、美術だから、絶対文系だと。でも、最近は、できあがったものが美術品でも、ベースは数学や幾何学だと実感できる。建築学は、理系だ(笑)。

作品が生まれる坂さんのデスク

作品が生まれる坂さんのデスク

ところで、坂さんのペーパークラフトは、「子供向け」につくっている?

そういう依頼でつくる時以外は、「子供向け」とは考えません。

そうですよね、どれも、十分に大人も楽しめるし。

お付き合いしている出版社さんも、かなりのんびり構えてくれるのが助かります。初版のまま5年、10年販売をつづけてくれるので、目先の売れ行きに汲々とせず、つくりたいものをつくれます。

では最後に、若いクリエイターたちにエールをお願いします。

僕は、20代の後半に、「向いているし好きだ」と言える仕事に出会えました。正直、それ以降は、気持ちのうえではかなり楽ちんです(笑)。ただ、それ以前もあるので、当然「向いているし好きだ」が見つかるまでの大変さも知っています。 どうすれば、それが見つかるのか――よく、「何でも見て、何でも経験すべき」というアドバイスがあります。間違ってはいないと思いますが、たとえばそれを「じゃあ、できるだけ遊ぼう」と解釈するのには、僕は違和感を持ちます。この場合の「見る」と「経験する」は、「楽しいことを、好きなように好きなだけ」ではなく、もう少し高いハードルであるべきじゃないかと思う。まあ、要は「ちょっと努力は必要だ」と言いたいわけなのですが(笑)。 僕の経験則にもとづいて言えば、まわりの人とは少しずれた関心事を持っていると、おもしろいことに出会えるチャンスは大きい。そんな風にも思います。

取材日:2008年11月7日

Profile of 坂啓典

坂啓典氏

1965年生まれ。神戸大学文学部、桑沢デザイン研究所2部卒業。 1995年、グラフィックデザイナーとして独立。この頃より本業のかたわらペーパークラフトの制作を始める。 1997年から3年間デンマークですごし、ペーパークラフトに専念する。 2000年に帰国後、ペーパーエンジニアとグラフィックデザイナーの2本立てで活動中。

坂さんのホームページ「紙工房」 http://www.zuko.to/kobo/

 
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