脚本家・虚淵玄が語る物語作り——13年ぶりの「魔法少女まどか☆マギカ」は今の時代にどう映るのか

Vol.248
脚本家
Gen Urobuchi
虚淵 玄
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ゲームシナリオやアニメーション作品など、数々の物語を生み出してきた脚本家・虚淵玄(うろぶち げん)さん。2011年放送の『魔法少女まどか☆マギカ』ではシリーズ構成・脚本を務め、かわいらしい変身ヒロインや友情、成長を描くものとして親しまれてきた従来の魔法少女作品のイメージを覆す重厚な物語で社会現象を巻き起こしました。

そんな「まどか☆マギカ」の約13年ぶりとなる完全新作『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』が公開。2013年の『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語』から続く鹿目まどかへの想いゆえに悪魔となった暁美ほむらをはじめ、魔法少女たちの物語が描かれます。

今回編集部は、脚本を手がけた虚淵玄さんにインタビュー。物語作りの原点やキャラクターを生み出す上で大切にしていること、年齢や時代とともに変化した創作への思い、そして『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』が生まれた舞台裏を聞きました。

 

物語作りの原点はガンプラとロボットアニメ

脚本家を目指そうと思ったきっかけを教えてください。

昔から何をするよりも楽しかったのが、絵空事を人に語ることでした。とくに子供時代は、いわゆるガンプラブーム(80年代に流行った「機動戦士ガンダム」のプラモデルを作るブーム)で、私もプラモデルを作っていたのですが、その作業は結局、物語を作る入り口に行き着くんですよ。モビルスーツがどんな目に遭ってきたのかなど妄想することからウェザリング*をかけたりするので。プラモデルを作りながらドラマ性やキャラクター性を考えることは、物語作りの入り口になり得るものでした。

*ウェザリング:プラモデルや模型に、汚れや傷、塗装の剥がれなどを加え、使い込まれたような質感やリアリティを演出する塗装技法のこと。

そのように子供時代に培ってきたことが今を作っているんですね。

当時があって今があると思います。実際、今もキャラクターを中心に物語を作るスタイルを取っていますしね。「機動戦士ガンダム」「太陽の牙ダグラム」「装甲騎兵ボトムズ」といった往年のサンライズ*ロボットアニメなんかもよく見ていました。なんだかんだ言って悪役を描くことが好きなのは、子供の頃、ガンダムよりも敵対するザクの方が好きだったからかもしれないです。ジオンのモビルスーツの方が断然カッコいいと思っていたのです(笑)。

*サンライズ:『機動戦士ガンダム』シリーズなどで知られるアニメ制作ブランド。数多くのロボットアニメを手がけてきた。

 

 

キャラクターは“境目”。 背景設定がなければ魅力は生まれない

デビュー当時から大事にしていることを教えてください。

辻褄とバランスです。逆にそこにこだわっておけば大抵の物語は上手くまとまっていくと思います。ただ、私はそこにこだわりすぎて物語の爆発力に欠けるんですよ。話が予定調和で収まりがちというか……そこが自分の限界点だと思っています。

若い頃、オチがどうなるかはさておき面白い方向に舵を取る方々にもいっぱいお会いしてきました。「なるほど、この作り方は面白い」と思うと同時に、自分には無理だと思い知らされることは多々ありましたね。パッションで書く人でないとたどり着けない場所というのは間違いなくありますから。

最初に想像していなかったような場所にたどり着けるタイプなら小説を書くのも面白かったとは思うのですが、やはり私は収まるところに収まっていき、8割書けたところで満足してしまう。なので、今の仕事は一番相性が良かったと思います。アニメは多くの人が関わるので、自分が用意した材料が思わぬところで活用されたりして化学反応が起きていくんですよ。そこがアニメならではの面白さだと思うし、バランスを取りながら書いていくタイプの自分には合っている気がしますね。

今だから描きたいものはありますか?

ロボットとか宇宙人とか悪魔とか、人ではないものの理屈を考えて逆算して人を描いていきたいです。外から人間を見た人間性を描く物語に惹かれます。そういう意味でも、「まどか☆マギカ」は描きやすかったんですよ。キュゥべえというインキュベーターは魔法少女もののジャンルに本来いてはいけない異物で、その目線から人間の世界に入っていくので。キュゥべえが異物であるからこそ、まどかをはじめとした女の子たちが誰もが分かる感情を持った存在として共感を得て、愛してもらえたんだと思います。

キャラクターを作るときにどんなことを大切にされていますか?

キャラクターって、キャラクターの中にはないんですよ。キャラクターというのは“境目”で、内側と外側の境目に生じる皮膜が彼らです。例えば、どれだけ魅力的なキャラクターであっても無人島に1人で取り残されたら魅力は伝わらない。そのキャラクターが何かと出会って行動を起こしたときに魅力的なキャラクターになっていくわけです。

どういう環境で何と立ち向かい何を感じたのかがキャラクターの肝だと常々思っています。設定を考えるとき、背景と個人を切り離していると深いキャラクターにはならない。背景設定まで含めてキャラクターだと思っています。

「まどか☆マギカ」のキャラクターが愛されているのも、同じ状況に対して彼女たちがそれぞれ違う反応を見せるからなんですね。

彼女たちが普通の日常を過ごしていたらそこまで評価はされなかったし、キャラクターとして愛してもらえなかったと思うんですよ。インキュベーターという悪辣な存在と向き合ったときに、彼女たちなりの対処の仕方や感情が見えてきて、愛されるようになってきたのだと思います。

 

推し文化、AI、SNS。変わりゆく時代に物語を作り続けるには

年齢を重ねて描きたいものや作風は変化しましたか?

作風は変わりましたね。『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語』の後、「仮面ライダー鎧武/ガイム」(2013年)や「Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀」(2016年)といった武侠ものなどを書き、おっさんのチャンバラを突き詰めていくうちに、若い子たちの気持ちや流行り廃りが遠くなってしまったのかもしれません。自身が年を重ねたこともあってか、彼や彼女たちが何を思って青春を過ごしているのかが見当も付かない場所に来てしまったような感覚はあります。自分としてはきちんと成長できたんだと前向きに捉えてはいるのですが……。この年になってまで心が中学生だと生きるのもしんどいですし、これからの時代の青春物語は若手に描いてもらえばいいだろうと。そして自分は年齢に合った昔話を作っていくのがいいじゃないかという思いがあります。

その変化には時代の流れも関係するのでしょうか?

こんな勢いで世の中が変わっていくことは昔はなかったんじゃないかと思うぐらい、今は世界の流れが本当に速いと感じます。それこそ、ここ3、4年で想像もつかなかった世界になっているわけで。青春も、私たちの頃とコロナ禍で学校に行けなかった子たちのものとでは全然違いますから。自分が共感できた物語はすでに古くなっていると感じます。

昔、“セカイ系”と言われる閉じた空間の中でヒロインと狭い恋愛関係を築いていくような傾向がありましたが、ああいったジャンルも今だと共感してもらえないかもしれないと思っています。そう感じたのは、昨今の推し文化です。若い子たちはときめきの対象を他人と共有することに抵抗がないんですよ。その開けっぴろげな祝祭感は、私たちが覚えている閉塞的な青春の景色からは想像も付かないもので。この感覚は今後もどんどん大きくなっていくという感触があります。テクノロジーの発展に関しては、SFを見ているような気分になるくらいですから。

そんな中で、仕事をする上で大事にしていることを教えてください。

面白そうだと興味を持ったものには躊躇せず飛び込むようにしています。なんだこれは?と思って首を突っ込みよく観察していたら、お宝に出会えるきっかけになることもあるので。知っている面白さばかりにこだわっていくとどうしても限界が見えてきます。新しい出会いはなかなかやって来ない分、自分から向かうようにしていますね。これは年を重ねてからより強く思うようになりました。生きていくために仕事として作らなければいけない時期を通り過ぎたからこそ、こんなのんきなことを言っていられるというのはありますが、忙しさが一段落したときに空っぽになっていないためにも、自分のために使う時間を作っていった方がいいと思います。

そのような時間がクリエイターとして必要なんですね。

そうだと思います。あとは、楽しむ気持ちも大事。今、いろいろ言われているAIに対して、私は全く興味がないんですよ。なぜなら、もの作りにおいて一番楽しいことを勝手にやられて、おいしいとこ取りされてしまうので。もちろんものを生み出すというのは簡単なことではないですが、そこを楽しめなきゃいけないだろうとと思います。楽しいと思ったら、もう一生遊んでいられる。いくつになっても楽しみ続けられるはずです。

これからのクリエイターに伝えたいことはありますか?

割と落とし穴だと思うのが、SNSなどが発達して手軽にレスをつけたり反響を見ることができるようになった一方で、何も反応はしないけどとても深く感動しているお客さまもいるということ。お手軽なコメントが煙幕になっているけど、反応をしていなかった人が、数年後、自分の作品に影響された物語を作ることだってあるんです。

コメントの数ばかりを気にしていると、一番大事なお客さまとの出会いを見過ごすことがあると警告しておきたいです。SNSの目立つコメントの裏から、見えないところで意外な見方をしてくれているということを常に肝に銘じながら進むべきだと思います。

 

自分の想像を超えた、13年ぶりの「魔法少女まどか☆マギカ」

「まどか☆マギカ」の13年ぶりの新作として『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』が公開されましたが、どのように作られていったのですか?

かれこれ10年以上前の話ですが、続編を作るという話になり、劇団イヌカレー(泥犬)さん(魔女や空間のコラージュデザインなど異空間設計を手がけるクリエイターユニット)がかなり情報量の多いアイデアノートを用意してくださっていたので、これを整理して配列し直せば物語は成立するだろうと感じました。私としてはまた続きを作れるとは思っていなかったですが、食材をいただけたので料理ができたという感覚です。

物語を組み立てていく上でこだわった部分を教えてください。

アイデアノートの段階で今回の映画の中身の9割は出揃っていたので、流れを組み立てつつ、最後のオチの付け方を考えさせてもらいました。その後、新房昭之総監督から変えたい部分の希望をいただき、紆余曲折の結果、初稿よりも見やすくなったような気がします。

まどかやほむらだけではなく、たくさんのキャラクターが活躍する物語になっていました。全員の見せ場を描くことは意識しましたか?

続編なので、キャラクターの個性を踏襲したいという気持ちはありましたし、彼女たちがそれぞれどう動くかを考えたことによって、アイデアノートを物語にする中ですごく助けになりました。キャラクターの描写を追っていたら自然と物語になっていたという感じです。

13年ぶりの「魔法少女まどか☆マギカ」ですが、観客にどのように映ると思われますか?

もう少しお客さんが参加できるマサラムービー的でお祭り感がある方が喜ばれるのではないかという気持ちが少しあって。というのも、この作品はセリフの密度が高すぎる。コメントを挟む余地がないくらいすごいスピードでキャラクターが話しているので、それがイマドキの若い人たちにどう映るのか……。脚本家としては不安に感じます。

ただ、それ以上に映像の刺激性が本当に強いので、そこは評価してもらえると思っています。シャフトさんが力業で画にしてくれていますし、作品としてはある種の安心感を感じています。ぜひ多くの人に見てもらいたいです。

 

『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』

 2026年8月28日(金)公開

<スタッフ>
原作:Magica Quartet
総監督:新房昭之
脚本:虚淵玄(ニトロプラス)
キャラクター原案:蒼樹うめ
監督:宮本幸裕
キャラクターデザイン/総作画監督:谷口淳一郎
総作画監督:山村洋貴
異空間設計:劇団イヌカレー(泥犬)
絵コンテ/ビジュアル・コンセプトデザイン:古川知宏
ビジュアル・コンセプトデザイン :川田和樹
色彩設計:日比野仁
美術:内藤 健/草森秀一
美術設定:大原盛仁
撮影監督:会津孝幸
編集:松原理恵
音楽:梶浦由記
音響監督:鶴岡陽太
アニメーション制作:シャフト
配給:ANIMEC

<キャスト>
鹿目まどか:悠木 碧
暁美ほむら:斎藤千和
美樹さやか:喜多村英梨
佐倉杏子:野中 藍
巴マミ:水橋かおり
百江なぎさ:阿澄佳奈
紫丁香 :若山詩音
セルマ・テレーゼ:黒沢ともよ
キュゥべえ:加藤英美里

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プロフィール
脚本家
虚淵 玄
1972年生まれ、東京都出身。ゲームのシナリオライターとしてキャリアをスタートし、「Fate/Zero」(2006年)の原作小説を執筆、アニメ「魔法少女まどか☆マギカ」(2011年)でシリーズ構成・脚本を担当。その後も「PSYCHO-PASS サイコパス」(2012年)、「仮面ライダー鎧武/ガイム」(2013年)、「Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀」(2016年~)など、アニメ、特撮、人形劇とジャンルを超えて数多くの作品を手がける。『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』では脚本を担当。

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