「面白いものを堂々とつくる」。『今際の国のアリス』『ちるらん』森井輝プロデューサーが語る、世界に届く作品の作り方
Netflix『今際の国のアリス』シリーズや『幽☆遊☆白書』など、世界に向けた作品を手掛けてきたプロデューサー・森井輝さん。プロデュース集団「THE SEVEN」のCCOを務め、多彩な映像作品の制作に取り組んでいます。
最新作となる『ちるらん 新撰組鎮魂歌』では、現代にも通ずる新撰組の生き様を描くストーリーに大きな可能性を感じ、山田裕貴さんを主演に迎えました。
そもそもプロデューサーとは、どのような仕事なのでしょうか。プロデューサーを目指すようになったきっかけ、現場経験から培った考え方、世界へ届く作品づくりで大切にしていること、そして次世代への思いを聞きました。
プロデューサーは「お祭りの実行委員長」

そもそもプロデューサーとは、どんな仕事を行う人なのでしょうか。
分かりやすく言うと、お祭りの実行委員長みたいなものだと思っています。お祭りをやるときに、どういうお祭りにするのか、どこでやるのか、どんなお客さんに来てほしいのかを考える人がいますよね。それがプロデューサーに近いのかなと。
映画やドラマで言えば、どういう作品を、どの監督やシナリオライターと作り、どんな俳優さんに出てもらうのか。どうしたら多くの人に喜んでもらえる作品になるのか。そういう土台を考え実行していくのがプロデューサーの仕事です。
例えば、ある漫画を読んで「これを実写にしたら面白いんじゃないか」と思ったら、映像化権を確認し、監督やキャストを考えて、企画書を作る。予算管理やスタッフィング、公開規模や配信形態の設計も含めて、作品全体を立ち上げていくんです。
プロデューサーによって、関わる範囲は変わるものなのでしょうか。
大きくは変わらないと思います。ただ、どこまで見るかは人によって違います。企画まではやるけれど、現場は別の人に任せる人もいるでしょうし、もっと広い範囲まで自分で見たい人もいる。そこは守備範囲の違いで、どちらが正しいということではないと思います。
ご自身は、もともと映画監督志望だったそうですが、そこからプロデューサーを目指すようになったきっかけは何だったのでしょうか。
僕は長野県出身の映画青年で、映画の仕事を志したときに、職業として分かるのは映画監督とかシナリオライター、カメラマンくらいだったんですよね。だから映画を作るなら、映画監督なんだろうなと思っていました。それで日本映画学校(現・日本映画大学)に入って、演出を学びながら、そのまま監督を目指そうと思っていたんです。
ただ、プロの現場に入って助監督をやっているときに、それまでは「映画を作る=監督」と考えていたけれど、「何かがずれているな」という感覚がありました。撮影現場は楽しいのですが、「自分がやりたいことは、本当に監督なのか?」と考えるようになったんです。
そこでプロデューサーという仕事に出会った。
北野武監督の『キッズ・リターン』(1996)の現場に見習いで入ったときに、プロデューサーさんがされていることを見て、「自分がやりたいのはこっちだったんだ」と思いました。そこから制作部として、現場で経験を積んでいくことになったんです。
「画に映らないもの」への意識

制作部として経験を積むなかで、特に印象に残っている作品はありますか。
26歳の頃に、緒方明監督の『独立少年合唱団』(00)で制作部の責任者を務めたことは大きかったです。予算が限られているなかで、1970年代の設定の作品を地方で撮る必要があったんです。当時は今のようにCGで処理できるわけではないし、近代的な建物が映ると成立しない。だから、映して大丈夫な場所をロケハンして探しました。
田舎のほうに行けば撮れる場所はあるのですが、今度はスタッフが泊まる場所をどうするかという問題が出てくる。そこで木造校舎にスタッフを泊められるようにして、ベッドを運んで並べたりもしました。
当時は年上のスタッフばかりでしたし、文句も出るだろうなと思っていました。でも実際には「お前、よくここまでやったよ」と言ってもらえて。それはすごくうれしかったですね。
映画を作りに来ていると言っても、暮らしのストレスが多いと、作品に集中できなくなります。僕は、画面に直接映らないものでも、最終的には画(え)に映ると考えているんです。だから、スタッフやキャストのコンディションが良ければ、作品も良くなるはずだと信じて、準備をしていました。その考えは今でも強くあります。
そうした現場経験は、現在のプロデューサーとしての仕事にも活きていますか。
活きていますね。僕のように、フリーの助監督から始まって、制作部を経てプロデューサーになった人は、そんなに多くはないと思うんです。テレビ局や映画会社に入って、経験を積みながらプロデューサーになっていくほうが、一般的なルートとしては多いです。
その点、僕の場合は、泥臭くやってきたタイプ。だから現場の1から10まで知っているつもりではありますし、若いスタッフがどういう苦労をしているかも想像がつく。予算の管理にしても、経験に基づいて考えられる自信はあります。経験が血となり肉となっている感じがありますね。
世界へ届ける作品づくりで大切にしていること

現在はNetflix『今際の国のアリス』シリーズを筆頭に、世界へ向けた作品づくりを意識されている印象があります。そうした思いは、いつ頃からあったのでしょうか。
最初からです。そもそも映画を好きになったきっかけは『グーニーズ』(85)や『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(85)、『ジョーズ』(75)のような海外の作品にあるんです。作品を観るまで、俳優の名前も知りませんでしたが、それでもワクワクして、物語を最後まで面白く観ることができる。そういう体験は、国を超えて共通ですよね。
だから自分も、日本人に限らず、世界中の人に観てもらって、楽しんでもらえるものを作りたいという思いは最初からありました。
その意味で、『今際の国のアリス』は大きな作品になったのではないでしょうか。
『今際の国のアリス』は、国外の人にも見てもらうつもりで作ったという意味で、僕にとって大きな作品です。世界配信されると、Netflix Japanの作品として、同じ商品棚に並ぶわけですよね。自分たちが楽しんできた作品がすでにあって、その中に自分たちの作品も一緒に並ぶ。それはすごく感慨深かったです。
同時に、初めて作った人間だろうが何だろうが、お客さんには関係ない。面白いと思ってもらえるものを臆せずに堂々と作る。そのことは強く意識していました。
世界に向けて作るうえで、大切にしていることはありますか。
結局は、先が知りたくなるかどうかだと思います。『今際の国のアリス』では、原作にはない、冒頭で渋谷から人がいなくなる場面があります。見慣れた風景なのに誰もいない。それを実写で見せることで、「どういうこと?」と引き込まれていくんです。
あとは、設定が荒唐無稽でも、主人公や登場人物に感情移入できて、「この後どうなるんだろう」と思えれば、観客は見続けてくれます。自分がその世界に行ってしまったらどうするだろうと想像できるように見せられたことが、うまくいった理由の一つだと思います。
『ちるらん』で見た時代劇の可能性

©橋本エイジ・梅村真也/コアミックス ©THE SEVEN
最新作の『ちるらん 新撰組鎮魂歌』についても伺います。プロデューサーとして企画を立ち上げるうえで、本作のどこに可能性を感じたのでしょうか。
時代劇って、「ヒットしづらい」「お金がかかる」と言われるジャンルではあるんです。それに時代背景や歴史を知らないと、入りづらい人もいると思います。
でも『ちるらん』の原作を読んだときに、時代劇なんだけど、時代劇特有の敷居の高さを感じさせないんじゃないかと思ったんです。若い人も入ってきやすいんじゃないかと。
実際に、幕末の政治や歴史を知らなかったけれど面白かった、という反響もたくさんありました。
キャスティングでは、山田裕貴さんが主人公の土方歳三を演じています。
原作を読んだときから、土方歳三は山田裕貴くん以外に想像できなかったんです。仕事をしたことはなかったのですが、彼しかいないと思って、オファーしました。
山田くんはすごく純粋で真っ直ぐな人で、「なぜ自分を土方役だと思ったのかを聞きたい」と言ってくれたんです。それで会いに行って話をしました。すると、鋭い質問がいくつも来るわけです。それに一つずつ答えていったら、彼が「まいったな」と言い出して。事務所さんとの間では「その場で返事をせず持ち帰る」ことになっていたそうなのですが、その場で「やります」と言ってくれました。
すごく気持ちのいい人だなと思いましたし、実際に彼なりの土方をとても良く演じてくれました。山田くんにお願いして本当によかったですね。
綾野剛さんも、あれほど投げる球に対して真摯かつ想像以上の球を投げ返してくれる人はそういないです。戸愚呂(『幽☆遊☆白書』)や梶谷(『愚か者の身分』)という役をお願いし、『ちるらん』の芹沢鴨も想像の上をいきました。
『ちるらん』はビックリするぐらい他のキャストもみんな良かったですね。
「望めば叶う」。自分なりのスタイルで目指してほしい

ここまでプロデューサーの仕事について伺ってきましたが、映像業界の中で、現在課題に感じていることはありますか。
プロデューサーを目指している若者にあまり出会わないんです。俳優や映画監督、シナリオライターを目指している人はいると思うのですが、プロデューサーを目指している若者って、あまりいないなと。
それは、プロデューサーが何をしているのか分かりづらいからでもあると思います。日本の場合、企業の一員としてプロデューサーをやっている人も多い。作品が成功しても、その人自身の力や信用が見えづらいところがあると思うんです。
だからこそ、僕がこういう取材で話すことで、「森井でもここまで行けるなら、自分もできるかもしれない」と思ってもらえたらいいなと思っています。有名大学を出て、大きなテレビ局や映画会社に入らなくても、プロデューサーになった人間がいる。そう簡単に、自分には無理だと思わなくてもいいんじゃないかと思うんです。
そうした思いも踏まえて、プロデューサーを目指す人に伝えたいことはありますか。
自分が見たいものを作るということを忘れないでほしいです。自分が面白いと思った事実はあるわけだから、「この作品、面白くないですか」と臆せず言ってほしい。
プロデューサーになるのは大変だと思われるかもしれませんが、どんな仕事も大変じゃないですか。大変だけど、それがやりたいから続けられる。プロデューサーも同じだと思います。
それに、プロデューサーはいろいろな監督と、いろいろなジャンルの作品を作ることができる仕事です。1人で作るものではないので、協力してくれる仲間と、作品ごとに一つのパッケージにしていく。その仲間選びをすることができるのがプロデューサーなんです。それは楽しいことだと思います。
プロデューサーに向いている人というのは、あるのでしょうか。
あるとは思います。でも僕自身、最近まで自分が向いているとは思っていなかったんです。最近になって、話すのが好きだから向いているのかもしれないと思うようになりました。結局、コミュニケーションなんですよね。
ただ、自分で向いていないと勝手に決めつけなくてもいいんです。好きでやり続けていれば、自分なりの形、自分なりのスタイルでプロデューサーになれると思います。向いていないと思っても、こういう自分になりたいという目指す姿を思い続けていると、自分の立ち回りも少しずつ変わっていく。「望めば叶う」って、そういうことだと思うんです。
取材日:2026年6月5日
ライター:堀 タツヤ スチール:あらい だいすけ 動画撮影:布川 幹哉 動画編集:鈴木 夏美






