グラフィック2015.09.24

有名作家、クリエイターがこぞって指名する プリンティングディレクター

Vol.199
プリンティングディレクター 熊倉桂三(Katsumi Kumakura)氏
「プリンティングディレクター」という言葉を聞いたことがありますか?印刷技術は進化し続け、その選択肢は無限にあります。プロジェクトに応じて最適な技術・工程などを提案し、プロジェクトの進捗管理を行い、完成までのパートナーとなるのが、プリンティングディレクターです。今回は、30年以上にわたって有名作家、クリエイターの作品集や写真集の制作に関わってきた株式会社山田写真製版所のプリンティング・アーツ・ディレクターの熊倉桂三さんにインタビュー!激変する印刷環境の中でのプリンティングディレクターの役割など、様々なお話を伺いました!

高度化する印刷をプロジェクトに応じて提案・管理 完成まで細部にわたって設計するのがプリンティングディレクター

壁のポスターは、熊倉氏が担当されたもの。

壁のポスターは、熊倉氏が担当されたもの。

「プリンティングディレクター」とは、具体的にどんな仕事ですか?

私が所属する山田写真製版所は、富山に本社がある印刷会社です。デザイナーは20名ほど在籍していますが、その中で「プリンティングディレクター」と名乗っているのは、育成中のメンバーを含めて4名だけ。進化し続ける印刷技術からプロジェクトに応じて最適な組み立てを提案し、さらにプロジェクトを管理するスキルが必要です。

例えば、クリエイターが自分の作品集をつくろうとした時に、まずはどんなものを作りたいか、印刷でどう表現したいのか、作品集に対する想いや要望をヒアリングします。それを受けて、紙やインクは何を使ったらいいか?製版は?と技術的なディレクションを行いつつ、コストや納期を考えてスケジューリングをし、予算・工程管理をするなど、作品集の完成まで細部にわたって設計するのがプリンティングディレクターです。

「紙の印刷」に関わる要素はとても多いんですね。

印刷技術は、原稿、印刷機器、製版、インク、用紙などの要素の組み立てですが、さらに量産に耐えうるか、予算制限、スケジュールなどの要素も加わってきます。多岐にわたる印刷に関わる要素を、一気通貫で提案・管理していきます。機器、インク、用紙などの進化はすさまじく、印刷が高度化しているので、専門知識を持ったプリンティングディレクターの必要性は高まってきていますね。

「できません」ではなく、問題点を洗い出し解決策を見つけ出す。 作品を好きになれば、仕事への情熱が生まれる。

プリンティングディレクターとして、求められることは?

「先生」と呼ばれるような大物クリエイターの方々にも、印刷のプロとしてアドバイスをすることが求められます。恐縮して「イエスマン」になっていると、大変なことになる。基本的には「納品」ありきの仕事なので、納期管理、予算管理はとても重要です。

しかし、その一方で「技術的に無理です」「できません」と突っぱねるだけでもダメです。常識ではできないことでも、やり方はあるかもしれない。私自身は「これは無理」と感じたことはありませんね。問題点を洗い出し、クリアする方法を考えていけば、今まではできなかったこともできるようになることがあります。

チャレンジ精神も必要なんですね。

私は「できません」というのが大嫌いなんですよ。先ほども申し上げたように、印刷技術は日々進化しています。原稿となる写真や作品を好きになれば、なんとか印刷でこの素晴らしさを表現しようという情熱が生まれてくる。この情熱を持って仕事をすれば、解決できることはたくさんあります。

「いいものを作りたい」という想いと、予算・納期管理を両立することは難しそうですが…

もちろん、お金を出す人、つまりクライアントありきですから、「Yes」と言ってくれないことも多いです。しかし、予算がなくても、いいものを作ることはできる。それを必死に考えて、クライアントも、クリエイターも、そして自分自身も満足できるものを仕上げることが、この仕事の醍醐味ではないでしょうか。

熊倉氏がこれまでかかわってきた作品には、有名作家の作品集や展覧会の図録がずらりとならぶ。

熊倉氏がかかわった作品。有名作家、クリエイターの作品集がずらりと並ぶ。

技術の進化で印刷の「幅」は拡大中。 アナログを知っているからこそ、デジタルが見える!

キャリアが豊富な熊倉さんですが、印刷にもデジタル化の波が押し寄せています。30年前とは状況がまったく違うのではないでしょうか?

ガラッと変わりましたね。以前は難しかったことも、デジタル化により実現できるようになりました。デジタルの登場で便利になり、特に「安く」「早く」の要望に応えられるようになりました。しかし、「安く」「早く」の風潮があらゆるところにまで及んできているのは、デジタル化の弊害かな、と思うところもあります。アナログを知っていないと、デジタルを語れないところもありますから。

アナログを知っているメリットとは?

「安く」「早く」だけではない、デジタルだけではできないこともあります。アナログを知っていれば、デジタルができないところの工夫のしどころ、攻めどころがわかります。

また、紙も進化していますが、紙本来の姿を知っているからこそ、長所も短所もわかっています。同じようにインクも機器も進化していますが、それぞれの本来の姿を知っているからこそ、最適な印刷要素の組み立てができます。

デジタル化や、用紙・インク・機器の進化などによって、印刷で「できること」は増えているのでしょうか?

その通りです。あらゆる面の進化で、印刷の「幅」が広がってきています。また、クリエイターやクライアントの要望を実現するために「こういうことはできませんか?」と紙やインクのメーカーにこちらから開発を持ちかけることもあります。

便利さを知るデジタル世代も、手を動かすことが大切。 モチベーション・スキルアップのため賞に積極的に応募。

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豊富なキャリアをお持ちの熊倉さんから見て、今のデザイナー志望の若い人たちはどのように見えますか?

Macでなんでもできる時代に生まれ育っているので、デジタルを操る技術はありますし、便利に使いこなすことはできますが、その反面、自分で手を動かして考えることが苦手なのかな、と感じます。手を動かすことはとても大切です。

PCモニターと紙では、色の出方もまったく違いますよね。

PCモニターはRGBで表現されているので、とても鮮やかに見えますが、印刷の際に使われるCMYKとは再現できる色の領域が異なります。RGBでは再現可能であってもCMYKでは再現できない領域があるので、そのままの色は出ません。紙のCMYKの幅の中でカラーを見る訓練が必要です。

物心ついた頃からPCに親しんでいる世代だと、印刷用データを作ることは難しそうですね。

美大で2日間の短期集中講座をしていますが、1日目は印刷概論などをレクチャーし、2日目にダイレクトメールなど実際の印刷データを作る課題を出します。すると、印刷ではありえないデータを提出する学生もいるんですよ。言葉で言うよりも、実際に見せたほうが理解しやすいと思い、わざわざそのデータで印刷してエラーになった印刷物を見せています(笑)。

「若手を育てる」という視点では、御社は賞に積極的に応募していますね。

弊社は地方の印刷会社ですから、中央に名を売っていくためにも戦略的に賞に出品しています。もちろん、地方のデザイナーのモチベーションアップ、レベルアップにつなげる意図もあります。

「残せる」ことが紙の良さ。 いいものを残していくことは“プリンター人”として大切なこと。

反対に、デジタル世代の若いデザイナーならではの良さを感じることはありますか?

若い人の発想は柔軟で間違いなく面白いと思います。あとは、印刷ノウハウや納期・コストの感覚を覚えて、噛み合った提案ができるようになれば。ただ、印刷技術の進化は終わりがないので、毎日勉強して吸収していくことが大切です。今でも日々勉強です。

改めて、「紙ならではの良さ」とは?若いデザイナーへのアドバイスもお願いします。

Webは時が経つとデータが消去され、忘れ去られてしまう面がありますが、紙は手元に残り、世の中に残っていくものです。この「残せる」ことが紙の良さであり、いいものを残していくことは“プリンター人”として重要な事だと思っています。

若い人も、自分で手を動かして印刷データを作り、製版現場に行き、どう印刷されて出てくるか、しっかりと目で見て体験して欲しいですね。Webデザイナーでも、製版を体験してみることは糧になると思います。積極的に動くことで、身につくこと、発見が多くありますよ。

取材日:2015年6月3日 ライター:植松織江

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Profile of 熊倉桂三

1947年東京生まれ。 株式会社山田写真製版所技術開発室長、プリンティング・アーツ・ディレクター。 30年にわたり、故亀倉雄策氏をはじめ、故田中一光氏、永井一正氏、勝井三雄氏、浅葉克己氏等グラフィックデザイナーや、故並河萬里氏、故石元泰博氏、十文字美信氏、白鳥真太郎氏等フォトグラファーなど、多くのクリエイターとともに共同作業で作品を生み出してきた。

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