楽しく書く。自由に書く。

vol.222
児童文学作家
Eiko Kadono
角野 栄子

代表作「魔女の宅急便」をはじめ、数々の作品を発表し続けている角野栄子さん。2023年秋には、「魔法の文学館」(江戸川区角野栄子児童文学館)がオープンし、今年1月には、映画『カラフルな魔女~角野栄子の物語が生まれる暮らし~』が公開され、ますます活躍の場を広げています。89歳になった現在も毎日執筆を欠かさないという角野さんに、創作で大切にしていることや、今年創設された「角野栄子あたらしい童話大賞」(株式会社ポプラ社・角野栄子児童文学財団)についてお聞きしました。

何度も書き直すうちに、書くことが大好きになった

角野さんは、24歳から2年間、ブラジルで暮らしたそうですね。どのような経緯でデビュー作「ルイジンニョ少年―ブラジルをたずねて」を書いたのですか?

ちょうど大阪万博の前の年に、出版社で“世界の子ども”というテーマで本を作ろうという計画があり、編集者とおつき合いがあった大学の恩師が、「君、ブラジルの子どものことを書いてみないか」って声をかけてくださったんです。それまで自分が書く人になるなんて考えたこともなかったから、てっきり自分がしゃべったことを誰かが書くのだと思いました。そうしたら先生に「君が書くんだ」って怒られちゃって(笑)。その頃はまだ、子どもが小さくて、外に働きにでるって気持ちはなかったのね。でも、書くことなら家でできるし、書けるかもしれない、と思ったのです。

それでブラジルで出会った少年、ルイジンニョのことを書いたのですね。

ブラジルのことなら書きたいことがたくさんあったから、原稿用紙300枚くらい一気に書いてしまったんですよ。そうしたら編集者に「これは角野さんの思い出で、読者にはわかりません。それに、原稿は70枚です」って言われて、どんどん削りながら書き直していきました。だけど、30枚くらいしか減らないの。自分の思い出が惜しくて、削るのは嫌だと思っちゃうのよね。でも、何度も書き直しているうちに、どんどんどんどん書くことがおもしろくなっていって、すっごく好きになってしまったんです。これは一生手放せないって!

「ルイジンニョ少年―ブラジルをたずねて」(ポプラ社)

 

角野栄子、創作の10か条をおしえます

角野栄子の創作10か条

  1. 楽しく書く。楽しんで書いたものは、読む人に伝わります。
  2. 自由な気持ちで、自分を信じて書く。ひとの目を気にせずに書く。
  3. 童話という形にとらわれないで書く。
  4. 難しい言葉を、やさしい言葉で書く。
  5. 言葉を前に見えるように書く。
  6. 大人の目線でなく書く。
  7. わくわく 冒険するつもりで書く。
  8. 書いたら、何度も何度も声に出して読む。
  9. 自分が最高だと思うまで、何度でも書き直す。
  10. 書き直すのが楽しくならないと、いい作品は生まれません。

あなたの書くものは、世界でたったひとつの作品です。
自由に、楽しく、自信を持って書きましょう。

「角野栄子 あたらしい童話大賞」 特設サイトより引用

1970年に「ルイジンニョ少年―ブラジルをたずねて」が出版されて以来、50年以上、執筆をされています。創作の上で大切にしている10か条をあげてくださっていますが、一つ一つについておしえていただけますか。まず「1.楽しく書く。楽しんで書いたものは、読む人に伝わります」について。

自分が楽しく書かないと、読む人も楽しくないと思っているんです。私は童話を書いているわけだから、こっちの楽しい気持ちが伝わればいいですよね。読む人に「楽しく思え」と押し付けるように書くのではなくて、こっちが楽しく書けば、それは波動みたいに伝わっていくものだと思っています。

では、次の「2.自由な気持ちで、自分を信じて書く。ひとの目を気にせずに書く」。

最初の「ルイジンニョ少年」は、依頼されて書いたけれど、その後は、7年くらい誰にも見せずに1人で書いていたんです。なぜ見せなかったかと言うと、自分の自由を奪われたくなかったから。やはりお見せすると、人って何かしら言いたくなるものでしょう。ほめてくださったとしても、最後にひと言、「とてもおもしろかったけれど、ここがちょっと」とかって。それに引きずられるのが嫌だったから、人がどう思うかは関係なく、自分の「気持ちがいいライン」っていうものをずっと保ちながら書いていました。

7年かけて納得できるものが書けたのですね。

作品を二つ書き終わったときに、初めて人に読んでもらいたいと思ったの。一つはポプラ社が「ビルにきえたきつね」として出版してくださって、もう一つは雑誌(「子どもの館」福音館書店/1973年6月~1983年3月)に投稿したら、掲載が決まって。それを読んだある有名な作家のかたが「おもしろい」と金の星社の方に推薦してくださったんですね。それが「ネッシーのおむこさん」。二つの本ができあがったときはうれしかったですね。

次の「3.童話という形にとらわれないで書く」とは?

これは、私が苦労したことでもあるのね。「昔々あるところに、おじいさんとおばあさんがいて……」から始まるような童話とか子ども向けのお話っていうのは、小さいときから聞いているじゃないですか。その形が自分の中にあって、そんなふうに書かなくちゃいけないと思っていたわけ。それで、途中までおもしろく書けていたのに、最後にどうしても童話的な形を作ってしまう。すると、どうも気持ち悪いんですよ。だから、書くときは童話の形への思い込みは取り払って、自分が楽しいと思うものを自由に書くのがいいと思います。

「4.難しい言葉を、やさしい言葉で書く」について、お願いします。

大人は抽象的な表現でも理解できるけど、子どもにはわからないでしょう? だから、やさしい言葉で具体的に表現することが大切だと思います。難しい言葉に頼らずに、やさしい言葉で書くって、けっこう難しいことですけど。

「5.言葉を目に見えるように書く」というのは?

言葉というものには形がないけど、目に見えるように書けば、絵のようになる。また絵を見ていると、そこに言葉を感じることができる。言葉と絵はとても近い関係だと思っています。

次の「6.大人の目線でなく書く」についておしえてください。

大人がいい本だと思ったものは、必ずしも子どもはいいと思わない。だけど、子どもがいいと思ったものは大人にもきっとおもしろい。子どもの感性に対して、私は信頼しているわけです。書き手の大人は、つい何かひと言、教育的なことを言いたくなるのよね。でも、それは極力避けたいと思っているんです。だって、押し付けられたら、子どもは自由に読めなくなってしまうから。なにかを教えたりするのではなく、子どもたちの目に物語の世界が見えるように書く。自分の目で見ていると感じられるように書く。そうすると、子どもたちは自由に読むことができるでしょう。それが大事だと思っています。

大人の目線でなくなるコツはありますか?

私はときどき絵を描くんですよ。こんな村とか、こんな家とか、食べものはこんな感じ、とかって……。そうして、だんだんだんだんその世界に自分が入っていったら、お話を書きはじめるんです。

「7.わくわく 冒険するつもりで書く」

私はいつも冒険をするつもりで書いています。今の子どもたちって、ぼーっとできる隙間の時間が少ないと思うの。ぼーっとしているように見えて、子どもはすごく考えているかもしれないし、感じているかもしれない。「これ、おもしろいな」と思って、じーっと見つめていると、心が動いてくるでしょ。たとえば、「このちょうちょと一緒に冒険してみたいなあ」とか。書く人も、効率よく書き進めるのではなく、ぼーっとする時間や、じーっと見つめるまなざしが大切ね。それが、さらに物語をもう一段階わくわくするものにするのだと思います。

「8.書いたら、何度も何度も声を出して読む」も大事なのですね。

これはもう絶対、とても大事です。普段、本を読むときでも、声に出して読んだほうがいいと思うんですよ。そうすると、作品が持つリズムとか、作家の言葉の息づかいとかが感じられて、まるでノックするように読み手の体の中に入っていくわけ。私は自分の作品を書きあげたら必ず声に出して読んでいます。すると、リズムや流れがよくないところで引っかかる。そのたびに書き直します。

それで作品がおもしろくなっていくんですね。続いて「9.自分が最高だと思うまで、何度でも書き直す」についてお聞かせください。

まだ、新人だった頃は、よく最初から書き直しました。すると、また新しい世界に出会うのよ。それがおもしろいから、また書き直すわけ。「ルイジンニョ少年」なんて、もう何十回も書き直しましたね。「アッチ・コッチ・ソッチの小さなおばけ」シリーズも、随分書き直しています。書き直してみるとね、自分でも思いもよらない展開が生まれてきたりするの。

最初のプロットから変わっても、ためらわずに書き直すのですか?

そう。そもそもプロットがないのよ、私は。最初に絵なんか描いて世界ができてくると、物語を書き出すわけ。だから、終わりがどうなるかはわからないの。書いている側も、読む側もそのほうがおもしろいでしょう? 書きながらドキドキしてしまうの「終わるかしら?」って(笑)。ただ、私の中で主人公がしっかりした存在になっていれば、物語は絶対に終わる。しっかりした人格を持った大好きな主人公と一緒に歩くように書くから、その子が立ち止まって「もう終わりにしましょう」って言ったら、物語も終わりにするの。この気持ちは書いているとわかってくると思うわ。

では、「10.書き直すのが楽しくならないと、いい作品は生まれません」とは?

さっきもお話ししたけれど、私は終わりを考えないで書きます。ハプニングが楽しいわけね、サプライズもあるわけよ。だから書き直すんだけども。もう30年くらい前になるけど、カルチャーセンターで講師をしていたときに、生徒さんに「ここ、もう一度書き直してみたら?」と言うと、「嫌です。私はこう思ったから、書き直しません」って人がいるの。でも、世界は「私」だけじゃないんだから、もっと違う世界があるかもしれないと思って書き直してみたっていいじゃない? 「やってみます」って言う人ほど作品がおもしろくなっていくのよ。自分の世界ばかりをきゅーっと見ていると、どんどん作品が貧弱になっていく。だからね、もっと自由に自分の世界を広げていかなくてはね。決めつけちゃだめね。

子どもたちに本を好きになってほしいから 「あたらしい童話大賞」を創設

角野さんの10か条は、クリエイティブのさまざま な分野にも通じる内容ですね。この中でとくに大切していることは何ですか?

みんな大切だけれど、やっぱり楽しく書くってことですね。好きだったら時間がなくても書くし、途中でやめたりはしないのよね。好きだったら続けなさい、と私は思います。好きだったら毎日毎日それをやっていかないと、おもしろさには出会わない。私は毎日、書いています。自分の中に隠れているおもしろさにもっと出会いたいから。

魔法の文学館の開館やドキュメンタリー映画への出演など、いつも新しいことに取り組まれていますが、これからやりたいことはありますか?

もちろん新しい作品を書くこと。そして、今はやっぱり「あたらしい童話大賞」ですね。

幼年童話のあらたな書き手の発掘・育成を目的にはじめる童話の賞だそうですね。

私はずっと幼年童話を大切に書き続けてきたんです。読みきかせから自分一人で読み始めた子どもたちが、ドキドキ、ハラハラするようなおもしろい本に出会うことは、とても大事なこと。ぜひ、あらたな書き手に登場してほしい! おもしろい作品を書いてほしいです!

どのような作品がいい作品だと思いますか?

少々の破綻があったっていいと思うのよ。整った作品よりも、何か冒険している、それから自分が非常によろこんで書いている。そういうのが見える作品がいいですね。そうした作品には、必ずその人の心の動きが文章に出るから、言葉もリズミカルになる。だからね、楽しく、冒険の旅をするつもりで書いてほしい。旅をしたら新しい何かに出会えるでしょう?人もいるし、動物もいるし、花もさいているし。心の中で旅をして、おもしろいものに出会ったら、わくわくして書いてほしいです。それから、終わりはハッピーエンドがいいな!

物語は作者の思惑をこえて、読んだ人ひとりひとりの物語になっていくのね。それはとてもおもしろいことだと思う。だから、答えはひとつじゃなくて、読んだ人の数だけあると思うんです。 そのような広がりのある作品に出会いたい。楽しみにしています。

取材日:2024年3月22日 ライター:天田 泉 スチール:幸田 森 動画撮影:布川 幹哉 動画編集:遠藤 究

プロフィール
児童文学作家
角野 栄子
1935年、東京・深川に生まれる。大学卒業後、出版社勤務を経て24歳からブラジルに2年滞在。その体験をもとに描いた「ルイジンニョ少年 ブラジルをたずねて」で、1970年に作家デビュー。
作品に、野間児童文芸賞と小学館文学賞を受賞した「魔女の宅急便」、「アッチ・コッチ・ソッチの小さなおばけシリーズ」など多数。
2018年には児童文学のノーベル賞といわれる国際アンデルセン賞作家賞を受賞した。
https://kiki-jiji.com/

「角野栄子あたらしい童話大賞」特設サイト
https://www.poplar.co.jp/award/kadonoeiko/

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