映画『どこよりも遠い場所にいる君へ』へちまが語る作品の魅力「1度だけでなく何度も楽しんでほしい」
阿部暁子さんの同名青春小説を原作とする映画『どこよりも遠い場所にいる君へ』が、2026年10月9日(金)より公開される。
舞台は、豊かな自然に囲まれた離島・采岐島。ある事情から都会を離れ、島の高校へ進学した月ヶ瀬和希は、「神隠しの入り江」で倒れていた少女・秋鹿七緒と出会う。1974年から来たという七緒と交流を重ねるなかで、和希自身が抱える秘密と、島にまつわる出来事が次第に明らかになっていく。
本作でキャラクターデザイン・総作画監督を務めるのは、『超かぐや姫!』などの作品でもデザインを手掛けたへちまさん。映画におけるキャラクター表現から、制作現場での出会い、絵を描き続ける理由まで話を聞いた。
和希と七緒の関係を、表情の変化で描く

今回の作品に参加された経緯と、原作を初めて読んだときの印象を教えてください。
プロデューサーさんが原作を見つけて、「ぜひお願いしたい」と声をかけてくださったのがきっかけです。私も原作を読んだのですがすごく良くて、純粋に感動しました。
何よりキャラクターがしっかり立っていて、アニメーションになったときにも映えそうだと感じました。主要人物となる和希や七緒だけではなく、友人や島の人たちにも、それぞれに個性や物語があることを感じさせてくれる。登場人物の一人ひとりを、作者の阿部さんが愛して描いていることが伝わってきました。
小説ではあるのですが、良い意味で「小説を読んでいる」という感覚にならないというか。映像にしたときの姿を想像しやすい作品でした。
本作のキャラクターデザインで、最も大切にしたことは何でしょうか。
特に悩んだのは、主人公である和希の表情です。主人公なので、物語の中でいろいろな表情を見せますが、序盤の和希には観客にまだ見せていない部分や、自分の中に隠しているものもあります。
たとえば、すごくニコニコして笑っている場面でも、それは本心からの笑顔ではないかもしれない。表情と内面のバランスをどこに置くのかはかなり考えました。

原作の人物像を映画のキャラクターデザインへ落とし込む際、気を付けたことはありますか。
まずは原作を読んだときに自分の頭の中にできたイメージを大切にしました。そのイメージになるべく近づけるように絵を描きながら、和田純一監督が考える映画全体の方向性ともすり合わせていきました。
読者の方にはそれぞれ思い描いている姿があると思いますが、原作から私が受け取った人物像を崩さず、映画のキャラクターとして成立する形を探していった、という感覚です。
和希と七緒の関係が変化していく様子は、表情や仕草でどのように表現しましたか。
関係性の変化や芝居の大枠は、絵コンテや演出の意図があって、その上で私たちが描いています。総作画監督の立場から芝居そのものを大きく変えるというより、決められた芝居の中で、表情の見え方を調整していくことが中心でした。
表情によって場面の印象は変わるので、あくまで絵コンテや演出の意図を受けながら、そのときの二人に合った見え方になるように考えました。
一枚絵とは異なる、アニメーションで求められる瞬発力

キャラクターを一枚の絵として設計することと、物語の中で動かし続けることでは、考え方にどのような違いがありますか。
考え方というより、作業の進め方の違いが大きいと思います。イラストの場合は、一枚の絵を何度も直したり、時間を置いて見返したりできます。一方、アニメーションはとにかく描かなければならない枚数が多く、一枚ずつに時間をかけ続けることはできません。その場で必要なことを判断して次へ進む瞬発力が求められた現場でしたね。
特にデザインのすり合わせに時間がかかったキャラクターはいましたか。
三島たまきのデザインは結構揉みました。原作の本文には、七緒が「猫目」であることが書かれています。私もその要素は意識していたのですが、ほかのキャラクターとの差を出すために、当初はたまきを少したれ目にしようと考えていました。
一方で、本作の監督を務める和田純一さんからは、もう少ししっかりした「委員長」のような印象がほしいので、つり目がよいのではないかという提案がありました。そこはかなり話し合い、すり合わせていきました。最終的には、監督が求める人物像をきちんと実現することが前提です。そのオーダーの中で、自分ならどのような工夫ができるのかを考えました。
本作で、へちまさんにとって新しい挑戦となったことは何でしょうか。
キャラクターデザインと総作画監督を一人で担うのは今回が初めてでした。作画の部分では良くも悪くも自分の色がかなりはっきり出るので、これまでになかった経験のぶん、責任も強く感じながら描いていました。

へちまさんが考える「魅力的なキャラクター」とは、どのような存在でしょうか。
キャラクター像そのものは、物語や台詞、演出など、いろいろな要素で作られるものなので、私が直接関われるのは主に絵の部分です。そのうえで個人的に惹かれるのは、ギャップがあったり、単純には説明できなかったりする、シンプルではないキャラクターですね。
表から見える姿とは別に、内側に何かを秘めている人物には魅力を感じます。本作には、そういうキャラクターがたくさん登場します。単純ではないからこそ、「人間だな」と感じられて面白いというか。
あとは、一人の人物だけでなく、キャラクター同士の関係性にも惹かれます。本作でも男子たちがわちゃわちゃしていたり、女子がワイワイ料理を作っていたりするシーンがありますが、そういった何気ないやり取りから見えてくるキャラクター同士の関係も大きな魅力だと思います。
本作では日常の場面も非常に丁寧に描かれていますね。そうした場面については、どのように感じていますか。
そこは和田監督のこだわりがあったのだと思います。原作は、本当に要らない場面が一つもないんです。その内容を映画の尺に合わせて凝縮している作品なので、何気ない場面にもきちんと意味があります。
小説の言葉で表現されていたものを、映画では風景や音楽などでも伝えられます。監督は、そうした映像ならではの表現を大切にしていたのではないかと思いました。
完成した映画の中で、特に注目してほしい場面を教えてください。
本当に要らない場面がない作品なので、一つに絞るのは難しいです。できれば全部を見てほしいですね。
そのうえで、物語を最後まで観て、キャラクターが何を考えていたのかを知った後にもう一度観ると、最初とはかなり違って見えると思います。「この場面で、この子は何を考えていたんだろう」と想像しながら、ぜひ一度だけでなく、二度、三度と観てもらえたらうれしいです。
和希と七緒だけでなく、高津も、ただ二人を見守る大人としてそこにいるわけではありません。高津が若い二人をどのように見ていたのかまで考えると、また違う見方ができると思います。
『交響詩篇エウレカセブン』から始まった創作の原点

普段、人の表情や仕草、日常生活からインスピレーションを得ることはありますか。
ありますが、顔のつくりや骨格よりも、ファッションや道を歩いている人の装いに目が行くことが多いです。着こなしを見たりして、「この人はこのバッグを持って、どこへ行くんだろう」と考えたりします。その人がまとっている雰囲気が気になるんです。
また、普段の気付きが生かされることもあるかもしれませんが、アニメーションは現実と違うので、忠実に再現すればいいというわけではありません。人体の形を確認したいときは、机に向かって実際に描きながら資料を見ることの方が多く、街を歩きながら何かを採集している、という感覚ではないですね。
AIをはじめ制作技術が発展する中で、人が観察し、考え、自分の手で描くことの意味をどのように捉えていますか。
自分が仕事を始めた頃はまだ今のような状況ではなかったので、「人が描く意義」を考えて絵の仕事を始めたわけではありません。絵を描きたいから描いて、その延長で仕事をするようになった、という順番でした。
これだけ技術が発展した今、これから絵の仕事を目指す人は「なぜAIではなく、自分で描きたいのか」というところから問われるかもしれませんよね。
ただ、最初にあるのは、やはり「絵を描きたいから描く」という気持ちだと思います。AIとどのように関わっていくのかについては、私自身もまだ考えながらですが、「AIとはこうあるべき」みたいな考えは今のところありません。
ただ、将来的に仕事がなくなるかもしれない、と考えることはあります。そうなったらどうするんだろう、とは思いますね。なくならないでほしいです(笑)。
へちまさんにとって、創作の原点になった作品はありますか。
アニメでいうと、テレビアニメ『交響詩篇エウレカセブン』です。当時見て、「アニメってすごい」と感じたことが原点にあります。
今回の作品には、和田監督や音楽の中村弘二さんなど、『エウレカセブン』シリーズに縁のある方が参加されています。自分が強く影響を受けた作品につながる方々と、こうして一緒に仕事ができたことは本当にありがたいですし、「こんなこともあるんだな」と、不思議な気持ちになりました。
「好き」の答えが出なくても、朝は机に向かう

アニメーターやイラストレーターを目指す読者に向けてアドバイスをお願いします。
もし絵を描くことが趣味で、それを仕事にしようと考えている人は、気晴らしのできる別の趣味を持っておくとよいと思います。私も絶賛、趣味を探しているところです(笑)。
あとは、ペンネームを使うのであれば、検索したときのことを考えて決めた方がよいです。私は「へちま」という名前を、小学生の頃、お絵描き掲示板に書き込むために、本当に適当につけてしまって……。変更するタイミングを失ったまま今に至っています。一般名詞と重なる名前だと、検索したときに別のものがたくさん出てくるので、検索のしやすさも含めて最初のネーミングはよく考えることをおすすめします。
最後に、長く絵の仕事を続けるなかで、気持ちに迷いを感じることはありますか。
学生の頃、好きなイラストレーターさんがイラスト集に載っていて、「苦しみながら描いています」というコメントが書いてありました。ほかの方が明るいコメントを書いている中で、その一言だけがすごく現実味を持って感じられました。
これほど絵がうまくなるまで描いてきた人が、楽しいだけのはずはないよな、とそのときは思いましたし、その言葉も含めてそのイラストレーターさんのことをさらに好きになりました。
絵を描くことは私にとって楽しい一方、つらいことももちろん多いです。「これが本当に好きでやっているのか?」に対する明確な答えは、私自身もまだ出ていません。
やらずにはいられないことなら、進むしかない。つらいことは多いですが、一人ではない。続けた先で、今回の現場のように、かつて憧れていた人と一緒に仕事ができたり、うれしい出来事もあります。
でも、どれだけ大変でも朝起きたら机に向かいますし、それはまったく苦ではない。そう考えると、やはり好きなんだろうと思います。

取材日:2026年9月1日 ライター:FM中西






