『黄泉のツガイ』プロデューサー大薮芳広「作品に誠実であること」が、制作現場を強くする
『交響詩篇エウレカセブン』『鋼の錬金術師』など、数々の名作を生み出してきたアニメ制作会社・株式会社ボンズ。2024年には制作部門を分離した株式会社ボンズフィルムが新設され、その代表取締役を務めるのが大薮芳広さんだ。
制作進行からキャリアを始め、制作デスク、プロデューサーを経て、『DARKER THAN BLACK』シリーズ、『STAR DRIVER 輝きのタクト』『僕のヒーローアカデミア』といった作品に携わり、現在は荒川弘さん原作のアニメ『黄泉のツガイ』のチーフプロデューサーを担当している。
久々の荒川弘原作のアニメ化となった『黄泉のツガイ』において、何を大切にしたのか。さらに、アニメ制作会社のプロデューサーという仕事、ボンズ/ボンズフィルムの制作体制、変化するアニメ業界の中で必要とされる力について話を聞いた。
『鋼の錬金術師』以来のタッグが実現!アニメ『黄泉のツガイ』制作秘話

現在放送中のアニメ『黄泉のツガイ*1』について、最初に原作を読まれたときの印象を教えてください。
率直な第一印象としては、「荒川先生が月刊『少年ガンガン*2』に戻ってきた!」という感覚でした。内容面でもネームが本当に面白くて、読んだ時点で、「これは絶対に面白くなるぞ」という確信がありました。
*1黄泉のツガイ:『鋼の錬金術師』『百姓貴族』などで知られる荒川弘さんの同名漫画を原作としたアニメ。山奥の村で暮らす少年・ユルと、双子の妹・アサを軸に、謎に満ちた“ツガイ”をめぐる運命に立ち向かう2人の姿が描かれていく。2026年4月より連続2クールで放送中。
*2月刊「少年ガンガン」:株式会社スクウェア・エニックスが発行する日本の月刊少年漫画雑誌。1991年創刊。毎月12日発売。
アニメ第1話はかなり衝撃的な内容でした。
第1話では、因習村に謎の集団が降り立ち、村人を無惨にも殺害していくというショッキングな内容でしたが、そこから逃げずに真正面から描くのが、この作品にとっては一番いいことだと考えました。製作委員会の皆さんとも話す中で、「まずは原作をリスペクトする」「荒川先生の世界観をきちんと表現する」という考えのもと、制作を進めていきました。作品ファーストを実現できる環境を委員会の皆さんにも作っていただいたと思っています。

今回アニメ化に際し、特に意識したことはありますか?
そもそもの漫画が面白いので、それに負けないアニメを作らなければならないということは意識していました。アニメはセリフがつき、音がつき、絵が動く…いわば総合芸術のような側面があり、いくら漫画に準拠していても魅せ方はまるで変わります。
またアニメは、ある種視聴者に“押し付ける”メディアでもある。自分のペースで読める漫画と比べ、アニメは編集のテンポや時間の流れを制作側が決める媒体です。だからこそ、漫画の面白さをただなぞるのではなく、アニメとしてどう面白くするかを考えなければいけない。一方で、荒川先生の漫画はアニメとの親和性が非常に高いとも感じています。面白くなることが約束されているような原作を制作することはプレッシャーでもありました。

制作中に特に時間をかけている部分、譲れない部分はありますか?
全部ですね(笑)。ただ今回大きかったのは、『鋼の錬金術師』でもご一緒していたアニプレックスさん、スクウェア・エニックスさんとの信頼関係もあり、荒川先生がこだわっている部分、画面に出していかなければいけない部分を、とても丁寧に抽出して現場に伝えることができた点です。
『黄泉のツガイ』にある空気や考え方、先生のこだわりを画面の中にどう反映させるか。そのための情報交換は、かなり丁寧に行っています。
原作ファンにも、初めて触れる人にも「作品に誠実である」こと

今回の『黄泉のツガイ』や、『僕のヒーローアカデミア』『鋼の錬金術師』など、長期連載作品をアニメ化する場合も多いと思います。そういった場合、原作の展開も含めてアニメ全体をどのように設計するのでしょうか?
もちろんビジネスなのでいろいろなハードルはありますが、原作が続く限り、きちんと最後まで作りたいという気持ちを、最初に委員会メンバーに伝えています。『黄泉のツガイ』では、最初の段階で「最後まで作るなら、こういうふうに進めていきたい」という願いを委員会メンバー全員で共有しました。そういう意味では、かなり贅沢な作り方をさせていただいていると思います。

原作ファンの期待と、アニメから初めて作品に触れる人の見やすさのバランスは、どのように考えていますか?
昔はテレビで一度見たら終わりという感覚が強かったと思いますが、今は配信サービスによって作品を何度も見られます。もちろん、初めて見る方が置いてけぼりにならないような配慮は必要ですが、視聴者の方々はとても賢いですし、それぞれ自分の楽しみ方を持っています。
リアルタイムで初見の驚きを楽しむ人もいるでしょうし、その後に何度も見返す人もいる。だからこちらが「こう見れば楽しいでしょう」と過度に提示しすぎることはしないようにしています。大切なのは、作品を誠実に作ること。原作の良さをアニメとしてどう表現するかを、一番に考えています。
放送後の反応やSNSの感想は見られていますか?
逐一チェックするほどではないですが、しっかり目を通しています。僕自身の感覚では、SNSの声はすごく温かいなと思っています。もちろん運良く、多くの方が応援してくださる作品に恵まれた結果かもしれませんが…。作り手としてはネガティブな反応より、何も反応がないことが一番つらいと思います。良いことでも悪いことでも反応してくださるというのはありがたいですし、作品に対して何かを感じて言葉にしてくださること自体が力になっています。
プロデューサーは、作品の最初から最後まで関わる存在

アニメ制作において、プロデューサーは具体的にどのような役割を担うのでしょうか?
ひと言でいえば、作品を作るための環境を整える役割です。「プロデューサー」という立ち位置は会社やメーカーによって少し違うと思いますが、特にアニメ制作会社のプロデューサーは「こういうものを作りたい」という目標に対して、人や予算を調達し、適切に配置していきます。
アニメ制作には演出・作画・美術・撮影などさまざまなセクションがありますが、彼らはプロデューサーよりもその分野に詳しいスタッフたちです。一方、作品全体に一番長く広く関わる立場になるのはプロデューサーです。
企画の立ち上げから、監督やキャラクターデザイナーの選定、制作体制の構築、最後にきちんと完成させるところまで関わる。アニメを最初から最後まで見届けるのがプロデューサーの仕事だと思います。
ボンズフィルムでは、制作する作品をどのように選び、企画から実制作へ進めているのでしょうか?
基準は、単純に面白いかどうか。そして、今やるべきかどうか。
ボンズ、そしてボンズフィルムは独立系の会社でどこかの傘下に入っているわけではなく、自分たちが作りたいと思うものを、自分たちのタイミングで作ることを目標としています。一方で、そのタイミングで予算やスタッフを実際に集められるかどうかも検討すべき事項ですし、作品に対して失礼のない体制を組めるかどうかは、常に考えなければいけません。
でも、根本にあるのは、スタッフやプロデューサーが「やりたい」と思う企画かどうかを検討して適切に進めるということです。そこは会社として大切にしているところだと思います。

プロデューサーとして、作品が成功したかどうかは、どのような基準で判断していますか?
難しいですね。もちろんビジネスも絶対に大事ではあるんですが、あまり考えすぎてはいけないとも思っています。
考えすぎてはいけない?
成功にはいろいろな形があると思っています。作品が世に広がりお金が儲かることはもちろん成功です。でも、有名なメディアで全国展開し、多くの人に見てもらう事によって、スタッフのモチベーションが上がることも成功ですし、たとえ作品が大きく評価されなかったとしても、若いスタッフが次につながる経験を積めた…ということもアニメ制作においては成功だと思います。
その成功体験が蓄積されて、「アニメを作るのは楽しい」という思いが会社の中で循環していく。それが会社としても、個人としても、成功なのではないかと思います。
これまでプロデューサーとして数々の作品に携わってきていますが、印象に残っているキャラクターやシーンはありますか?
個人的には、2003年版『鋼の錬金術師』第7話「合成獣(キメラ)が哭く夜」ですね。
錬金術師のショウ・タッカーが、自身の娘と愛犬の合成獣(キメラ)を錬成するという禁忌を犯す、作中でも有名なシーンで、「君のような勘のいいガキは嫌いだよ」というセリフは、作品を見た方なら覚えている人も多いと思います。
子どもたちもたくさん見ている土曜日の夕方放送でしたが、すごく痛ましい描写でしたね。
かなりショッキングな内容ですが、ただただショッキングな画面や話を視聴者に見せたいのではなく、その奥にあるものから逃げずに表現するべきだと、監督やキャラクターデザイナー、スタッフみんなで考えて作っていきました。放送から20数年ほど経った今も制作ナンバー(制作会社やスタジオが作品の進行・管理のために独自に割り振る管理番号)を覚えているくらい強く残っているエピソードです。僕にとってはターニングポイントというか、この『鋼の錬金術師』での経験があったからこそ、今の自分があると思っています。
「クリエイターファースト」を体現するための制作体制

ボンズフィルムには予算をスタジオごとに管理する「独立採算制」があると伺っています。そうした体制は、作品づくりにどう関わっているのでしょうか?
自分たちがやりたいことをやるためには、それができる環境が必要です。我々は「クリエイターファースト」という理念を掲げていますが、もう少し具体的に言うと、その作品のためにお預かりした「お金」をできる限りスタジオに投入することで、制作費をできるだけクリエイターと作品に返したいという思いがある。それが、作品に対しても、製作委員会の方々に対しても、制作会社としても、フェアだと思っています。

近年のアニメ制作現場で、大きく変わったことはありますか?
10数年前からか、アニメの年間本数は300ほどまで増えていて、私が言うのもなんですが、皆さんどうやって成立させているんだろうと感じています(笑)。
昔はプリプロダクション(実制作に入る前の企画・準備段階)に1年、実制作に1年、あわせて2年ほどで制作・放送していた作品もありましたが、クオリティの水準も上がり、主要スタッフのスケジュールも押さえにくくなっているので、今はもっと長い期間が必要になることもあります。
プロデューサーという仕事で考えると、人生の中で関われる作品数は決して多くなく、働き盛りであっても、30代を通して10作品に関われれば多いほうなので、選んだ作品に対して誠実であろうという思いは今も昔も変わらないです。
これからのアニメ業界に必要なもの

今後のアニメ業界は、どのように変わっていくと考えていますか?
いま30代くらいの若い人たちが、なにか面白いことをしてくれるのではないかと願っています。僕がアニメ業界に入って5年~10年くらいのころは、セルアニメ*がなくなっていく時期で、アニメそのものが生き残れるのかという不安もありました。それでも、ここ10年くらいで若い人たちが新しい表現を作ってきましたし、今後も良い未来を作ってくれることに期待したいです。
*セルアニメ:2000年代前半ごろまで主に採用されていた制作手法。透明なシート(セル画)にキャラクターやパーツを描き、背景画と重ねて1コマずつ撮影する。
これからアニメ業界を目指す人や、制作に携わる人に求められる力は何でしょうか?
何よりも「アニメーションが好き」という気持ちです。アニメ制作は楽しいだけではなく、大変なことも多いです。それでも、自分がなぜこの仕事をしているのかを理解していれば、作品に向き合い続けられるはずですし、そこが分からないと続けるのは難しい。
自分にとって何がモチベーションの源泉なのかを理解し、仕事の軸を持つことが必要になると思います。
また、アニメは商品でもあり、作品でもあります。ビジネスは大切ですが、作り手にとっては自身のこだわりを反映できる作品です。その両方を理解しながら、アニメ制作に対して誠実であること。これからの制作スタッフやクリエイターには、その姿勢が必要になるのではないでしょうか。

取材日:2026年6月29日 ライター:FM中西 スチール:あらい だいすけ 動画撮影:浦田 優衣 動画編集:鈴木 夏美
『黄泉のツガイ』『僕のヒーローアカデミア』など人気原作のアニメ化のほか、『STAR DRIVER 輝きのタクト』『DARKER THAN BLACK』シリーズなどのオリジナルアニメも手がける。






