フリーランス新法は“守ってくれる”のか? クリエイターが知っておきたいリアルと活用のヒント

Vol.240
弁護士(大道寺法律事務所/骨董通り法律事務所)
Hayato Une/Yuki Tajima
宇根 駿人    田島 佑規

2024年秋に施行された、いわゆる「フリーランス新法」。発注者に契約条件の明示を義務づけるなど、フリーランスとの取引ルールを整備するこの法律は、クリエイティブ業界でも大きな注目を集めています。

その一方で、「契約書を出されても、内容の意味がわからない」「むしろ条件が不利になった」という声もあり、法律の意図と現場の実態にはギャップも見えてきました。

今回は、クリエイター向けに法律知識をわかりやすく解説した書籍『クリエイター六法 受注から制作、納品までに潜むトラブル対策55』(翔泳社)の共著者である弁護士の田島佑規さん、宇根駿人さんに、フリーランス新法の背景とリアルな使いどころ、そして“守られるだけではない”契約実務の本質について伺いました。

「契約内容を明示する」義務は、何を変えたのか?

田島 佑規さん

今回の法律で、契約内容を明示することが義務づけられたと聞きました。これは、現場の仕事の流れにどんな影響を与えたのでしょうか?

田島 佑規さん(※以下、田島さん):今回の法律で定められた「契約内容の明示義務」は、発注者がフリーランスに対し業務委託をする際に、一定の契約条件をあらかじめ明確に示すことを義務づけるものです。具体的には、業務の内容、報酬の金額、支払いの時期、納品日、成果物の検査完了日などが対象となっていて、書面やメールなど、記録に残る方法で提示しなければなりません。

これまでは、発注と受注のフローがとても曖昧で、仕事がなんとなく始まってしまうことが多かったように思います。とくにクリエイティブの現場では、依頼のやりとりが口頭だけで済まされてしまい、あとから「こんなはずじゃなかった」と揉めるケースも少なくありませんでした。今回の法改正で、そういった不透明な状態を防ごうという狙いがあります。

実務の現場でも変化を感じますか?

宇根 駿人さん(※以下、宇根さん):感じています。とくに大きかったのが、2025年3月の公正取引委員会による行政指導のニュースです。フリーランス保護法違反で45社が指導を受けたと発表され、「法律の内容を知っていながら対応していなかった事業者も多かった」との報道もありました。

この出来事が、企業側の意識を変える大きなきっかけになったと思います。それまではどこか楽観的な雰囲気もあった企業側が、「きちんと契約書を出しておいた方がいい」「取引条件を明示しなければ」と実感を持って動き出した。公取委が監視の姿勢を見せたことによって、「これは本当に動いている法律なんだ」と受け止められ始めたように思います。

一方で、契約書が整備されるようになったからといって、すべてが安心というわけではありません。むしろその明文化によって、新たなリスクが浮き彫りになる場面も出てきています。

守るはずの契約が“縛る”こともある

言葉にしたことで、かえって“厳しさ”が見えるようになったというか。

田島さん:まさにそこが落とし穴です。契約内容が書面で明示されること自体は、取引の透明性を高める意味で歓迎すべきことなんですが、実際には、発注者から出される契約書は発注者に有利な条件となっていることが多いです。

たとえば、成果物の著作権はすべて譲渡するとか、納品後の二次利用も追加対価なく自由にできるといった内容が記されているかもしれません。このような著作権の帰属・使用範囲などの条件は、業務委託契約書や発注書に盛り込まれることが多いため、そうした条件を受け入れて問題がないか注意する必要があります。

宇根さん:契約書という形で提示されると、「クライアントが大手だから大丈夫だろう」「よくわからないけど、案件も始まっているし、後から修正してもらえばいいか」などといった理由でよく確認せず、そこに書かれている内容をそのまま受け入れてしまう方も少なくありません。

しかし、クライアントが大手の場合は、むしろきちんとクライアントに有利なように契約書が作られているはずですし、また、一度締結してしまった契約書の内容を覆すのは現実的ではありません。このようなケースですと、契約が“守る盾”になるどころか、“縛る鎖”になってしまうこともあるわけです。 提示された契約書をそのまま受け入れる必要は全くなく、しっかり内容を確認し、交渉することが大切です。

田島さん:特に気をつけてほしいのは、契約書が来たときに「これで安心だ」と思って思考を止めてしまうことですね。契約書は、条件を確認するためのスタートラインであって、ゴールではない。記載内容に疑問があれば尋ねる、不利だと思ったら交渉する。そうした動きがあってこそ、契約書などの書面による条件の明示がフリーランスの身を守るという点で意味を持つんです。

いわば契約書は、条件を“読むもの”であって、“飲むもの”ではないということですね。

宇根さん:はい、本当にそう思います。提示された条件を鵜呑みにせず、自分の状況や業界の相場と照らして、内容をきちんと確認していく。それが、自分を守る最初の一歩になると思います。

契約書との距離感に悩む人へ──「備え」は身近にある

 

宇根 駿人さん

契約書は大事だとわかっていても、どう向き合えばいいのかわからない、読むのが億劫だと感じる人も多いと思います。

宇根さん:その気持ちはとてもよくわかります。でも、フリーランスという働き方を選んだ以上は「事業者」なんですよね。発注者と対等な立場で仕事をするためには、最低限、自分の契約について主体的に向き合う覚悟や姿勢は必要だと思っています。

田島さん:「契約書に記載されたことを全部自分で完璧に理解しなきゃ」と思う必要はありません。まずは、業務内容や納品日、報酬の金額や支払期限など、契約書に明記されている基本的な条件をチェックしてみてください。難しいときは、最近ではChatGPTのようなAIツールを用いて「この契約書、どこに注意すべきか?」などと聞いてみて参考にするのも選択肢かと思います。

宇根さん:現時点のAIツールのレベルでは法的な意味合いの判断までは難しいと思われますが、全体像をざっくり把握するための入口としてはAIツールも十分使えますし、「よくわからないけど、ここが気になるかも」という視点を持てるだけでも、次の行動につながると思うんです。

大事なのは、気負いすぎずに向き合うこと。完璧じゃなくていい。読めるところだけ読んで、疑問に思ったことがあれば誰かに聞く。それだけでも、自分を守る力になりますし、結果的にスムーズに仕事が進むようになります。

田島さん:そしてやっぱり、「相談できる誰か」がいるというのはとても大きいです。弁護士に聞くのはハードルが高ければ、身近な経験者や信頼できる仲間でもいい。わからない部分や悩んだ部分について「これ、どう思う?」と聞ける人がいるだけで、契約書をより理解するきっかけや、自分一人で考えたわけではないということで一定の自信にもつながるように思います。

交渉の際に気をつけておくポイントはありますか?

田島さん:大事なのは、「やりとりの記録を残す」ということです。会議や電話で口頭合意した内容についても、必ずメールなどでテキストとして残しておくようにすると安心ですね。「さきほどの件ですが、このような結論になったかと思いますので、備忘のためにお送りしておきます」といった形で送るだけでもいい。これなら、しっかりした人だという印象にもなり、相手との信頼関係を壊すようなことにはなりませんし、トラブル時の備えにもなります。

宇根さん:記録がなければ、たとえ真実を主張していても、それを立証するのがとても難しくなります。特に口頭のやりとりは、後になって記憶が曖昧になることも多い。だからこそ、“合意内容はテキストで残す”という習慣を、普段から意識してほしいと思います。

ただし、チャット系のツールは注意が必要です。投稿内容を後から編集・削除することが可能ですし、ツールによっては、トークグループから外されると過去のチャットを閲覧できなくなることもあります。

「相手に履歴が残っているはずだから、提出してもらえばいいですよね」と言われることもありますが、それは現実的ではありません。「自分の手元に記録が残っていること」が大事になります。

田島さん:だから、どうしても残しておきたいやりとりがあれば、画面をスクリーンショットで保存しておくのも有効です。メールで保存しておく、チャットであれば大事だなと思う部分のスクショを撮っておく。そういった地道な習慣が、いざというときのリスク回避につながります。

フリーランスが“発注する側”になるとき

フリーランスが他のフリーランスに発注する場面も増えてきました。どんな点に注意すべきでしょうか?

宇根さん:まず大事なのは、「自分もフリーランスだから」と油断しないことです。フリーランスであっても、フリーランスに仕事を依頼する立場になったときには、発注者としての義務が発生します。契約書の作成までは求められていませんが、報酬や納期など、法律で定められた項目は書面やメールなどで明示する義務があります。

相手がフリーランスだと、つい“なあなあ”になりがちですよね。

宇根さん:友人グループで仕事をしているケースなど、そういうケースも多いかもしれません。でも発注する側になった以上、責任は発生します。

また、これはフリーランスが発注する場合に限らず、企業が発注する場合にも気をつけてほしいことですが、自分に過度に有利な条件を提示してしまっていないか、逆から言えば、相手にとって不利すぎる内容になっていないか、立ち止まって考えてみてほしいです。

スキルのあるフリーランスには仕事が集まり、仕事を選べる時代になっていると思います。そのため、条件が著しく悪い案件は、依頼そのものを断られてしまう可能性もあります。継続的な信頼関係を築くという意識が、発注側にも求められているように思います。

田島さん:「発注する側」が一方的に有利な内容を提示するのは、それだけでもリスクが大きい時代といえるようにも思います。あまりに強引な契約条件は、これから仕事を共にやろうとしている受注者の信頼を失うことにもなりかねず、またその是非はともかく、SNSなどで提示条件が公開され、批判にさらされるリスクもあります。

フリーランス法の理念に照らしても、客観的に見て「この内容はさすがにどうなんだろう」と思われることが予想されるような契約条件を提示することは、慎重になるべきといえるかと思います。

法律を守るだけでなく、バランス感覚も必要なんですね。

田島さん:まさにその通りです。一見してフリーランス法に違反するような条件を提示しないことは最低限だと思いますが、その上でこれから共に仕事を行おうとするパートナーに対して、どういう契約条件を提示するのがよいのか。もちろん発注側として譲れない条件もあると思いますが、単に一方的に提示するというだけでなく、対等な立場で誠実に向き合い協議するという姿勢が、今後はより重要になるのではないでしょうか。

フリーランス同士のやりとりでも、条件を明確にし、丁寧に伝える。その積み重ねが信頼につながるように思います。

フリーランスとしての覚悟を支える仕組みを、味方にしてほしい

最後に、この記事を読んでいるクリエイターの方々にメッセージをお願いします。

宇根さん:「事業主としての覚悟」が必要だという話もしてきましたが、その覚悟を支える仕組みやツールは、昨今、用意されつつあります。契約書を読むのが難しいと感じたら、まずはAIツールなどを使って要点をつかんでみる。『クリエイター六法』のように、専門的な内容を噛み砕いて解説した書籍もありますし、厚生労働省等が運営している相談窓口もあります。そうした情報を手がかりにして、法律に少しずつ親しんでいただけたらと思います。

田島さん:フリーランス新法の施行や行政指導のニュースをきっかけに、取引環境の改善に向けた意識は着実に広がりつつあります。ただ、それでもなお、現場では不安や悩みを抱える場面が多く残っているのも事実です。契約交渉で押し切られそうになったり、断りたいのに言い出せなかったり——そうした状況に直面したとき、「ちゃんと相談できる場所がある」という安心感が必要になるかもしれません。

宇根さん:まずは、「誰か、何かに頼ってみよう」と思ってみるだけでも十分です。制度や本、ツール、行政や各専門家による無料相談窓口など、活用できる選択肢は少しずつ増えてきました。すべてを自分で抱え込まず、頼れるものを頼ってください。自分に合ったやり方で備えを整えながら、安心してクリエイティブ活動に取り組める環境を作っていっていただけたらと思います。私たちも、そのサポートができればと思っています。

取材日:2025年3月31日 ライター・スチール:小泉真治

プロフィール
弁護士(大道寺法律事務所/骨董通り法律事務所)
宇根 駿人    田島 佑規
宇根 駿人
弁護士/大道寺法律事務所。音声配信プラットフォームを運営する企業などの企業内法務に従事。また、運営する「デザイナー法務小僧」などの活動を通じ、延べ200人以上のクリエイターの方に対し法的アドバイスを実施。田島弁護士の共著として『マンガで事例紹介!フリーランスにまつわる法律トラブル』(中央経済社・「ビジネス法務」にて連載中)ほか。


田島 佑規
弁護士/骨董通り法律事務所。メディア、エンタメ、コンテンツビジネス分野において法務サポートを行う。2018年よりクリエイティブ業界を対象に無料法律相談窓口を提供する「デザイナー法務小僧」企画・運営。著書として『映像クリエイターのための知っておきたい法知識』(玄光社・「VIDEO SALON」にて連載中)、『クリエイター六法』(翔泳社・宇根弁護士との共著)、『エンタテインメント法実務』(弘文堂・共著)『10歳からの著作権』(Gakken・監修)ほか。

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