“見せたくなるおむつ”が社会を変える。福祉とファッションの境界を超える、平林景さんの挑戦
「おむつって、もっとおしゃれだったらいいのに──」。ある若い車椅子ユーザーのひとことをきっかけに、大人用おむつのイメージを根本から塗り替えるプロジェクトが始まりました。手がけているのは、日本福祉医療ファッション協会の代表理事・平林景さんです。美容師や教育者として“人をかっこよく見せる”ことに向き合ってきた平林さんが、いま挑んでいるのは、“誰もがはきたくなる未来のおむつ”というアイデアを通じて、日常の当たり前に新しい視点を加えることです。
大人用おむつの「はくことが恥ずかしい」というイメージをくつがえすこの新しい取り組みは、2025年大阪・関西万博のファッションショーでもお披露目される予定。おしゃれと尊厳、医療と創造性。その交差点に立つ平林さんに、プロジェクトの背景や広がる可能性についてお話を伺いました。
「障害があるからこそ、魅力的になれる」福祉にもっとワクワクと自由を
そもそも「福祉とファッションを掛け合わせよう」と思ったきっかけは何だったのでしょうか?
もともと美容師としてキャリアをスタートし、その後は教職にも就きました。“人をかっこよく見せる”ことにずっと関わってきたのですが、8年ほど前に「障害のある子どもたちが安心して通える場所をつくりたい」という思いが芽生えて、児童福祉の現場に関わるようになったんです。
実際に訪れた福祉施設は、どこか薄暗く閉鎖的な雰囲気があって、まるで社会から隔離されているように感じました。親御さんの中には「本当はこんな施設に通わせたくない」と語る方もいて、子どもたちも通うことにあまり前向きになれていない、その状況がとても残念に思えました。
「障害があるから仕方なく通う場所」ではなく、「障害があるからこそ通いたくなる場所」にしたい。健常の子どもたちが「私も行ってみたい」と思えるような、明るくて楽しくて華やかな空間にできたらいいなと考えるようになったんです。そうした想いが、福祉と表現を結びつける現在の活動につながっています。
その視点の転換が、「おしゃれな大人用おむつ」という発想にもつながっているように思います。
はい。私は「障害があってもおしゃれできる」といった表現に少し違和感があるんです。それって“マイナスをゼロに戻す”という考え方にも聞こえてしまう気がして。
本当に目指したいのは、「障害があるからこそ、より魅力的になれる」「障害があるということが、むしろかっこよさにつながる」という世界観なんですよね。マイナスをゼロに戻すのではなくて、ゼロからプラスをつくっていく。制約があるからこそ生まれるかっこよさや個性があると思っていて、それを形にすることで、新しい価値が生まれると感じています。
“おしゃれな大人用おむつ”という逆転の発想
「おむつ」にフォーカスするようになったきっかけを教えてください。
2022年9月、ファッション界最高峰の舞台パリコレで、車椅子ユーザーのモデルだけで構成したファッションショーを行ったときのことです。準備期間中、車椅子ユーザーの方と打ち合わせをしていた際、おむつの話題になることが多かったんです。
中でも、ある若い方から「平林さん、素敵な服もありがたいのですが……おむつって、どうしてもっとおしゃれにならないんですか?」と言われて。その方は「旅行が好きなのに、おむつ姿を友人に見られたくなくて、泊まりの旅行を避けている」と話を続けてくれました。その言葉にはっとさせられて。
切実な問いかけですね。
はい。確かに、いくらファッションにこだわっていても、下におむつをはいていることを想像すると、気持ちが沈んでしまうことだってあると思うんです。そこで「だったら、おむつをおしゃれにできないか?」と考え始めました。当事者の声から学ぶことって、本当に多いんですよ。
最初は、市販のおむつを黒く塗ってみるという、シンプルなところから始めました。実際にはいてみると印象がガラッと変わって、「意外といけるかも」と感じたんです。写真を撮ってSNSに投稿してみたところ、600万を超えるインプレッションを記録しました。
平林さんのXより
「こんな発想はなかった」「はくのが楽しくなりそう!」といった反応が多く寄せられました。中でも「おしゃれって、見た目だけじゃなくて“自分の気持ちが上がる”ことなんだ」と書かれていたコメントがとても印象的でしたね。
画像提供:日本福祉医療ファッション協会
おむつに対して、みんなが心のどこかで感じていたモヤモヤが共有されたんですね。
誰もが「仕方なくはくもの」として受け入れていた一方で、違和感を抱いていた方も多かったんだと思います。また、それを口に出してはいけないような空気もあったのではないでしょうか。その空気が、SNSを通して一気に破られたと感じました。黒いおむつのデザインが逆に刺さったんですよね。
ただ私は、従来の白いおむつがダメだと言いたいわけではまったくありません。白いおむつは必要ですし、なくてはならない存在です。私たちが目指しているのは、それに加えて“選択肢を増やす”こと。用途やシーンによって、使う人が自分に合ったスタイルを選べるようになることが大切だと考えています。
実際に取り組み始めると、思っていた以上に共感の声が多く届きました。医療・介護現場の方々からは「こういう発想を待っていた」というメッセージをもらい、当事者の方々からも「選べるということ自体がうれしい」といった反応がありました。
一方で、実現に向けてはさまざまな課題も浮き彫りになってきました。例えば、既存のおむつは高い吸水性や通気性、安全性を満たす設計になっていて、そこにデザイン性を加えるには素材や加工において新たな工夫が必要でした。また、価格帯の問題もあります。デザイン性を高めるとコストが上がり、「おむつ=安価であるべき」という既存の価値観とどう折り合いをつけるかは悩ましい部分でした。
さらに、販売の場も課題です。介護用品売り場では目立ちにくく、ファッション売り場に置くには“おむつ”という言葉のイメージが障壁になる。その“恥ずかしさの壁”を社会全体でどう超えていけるか。そんな思いとともに、「もっと多くの人にこの価値を伝えるにはどうすればいいか?」と考えたときに浮かび上がったのが、“万博”という舞台でした。
大阪・関西万博で実現する“おむつコレクション”
万博で開催されるおむつのイベントは、かなり大きな取り組みになっていると聞きました。
2025年6月24日(火)、大阪・関西万博のEXPOホールで開催される『O-MU-TSU WORLD EXPO(英名:World Diaper EXPO)』では、おむつをテーマにしたトークショーとファッションショーを行います。人種、体形、年齢、信仰、身体状況などに関係なく、誰もが楽しみながら“おむつ”をもっと身近に感じられることを目指したイベントです。機能性をそのままに、見た目を自由に楽しめる“おむつのファッションショー”を通じて、多様なライフスタイルに合った選択肢があることを伝えていきたいと考えています。
この構想が生まれたのは、2023年12月29日に開いた日本福祉医療ファッション協会の理事4人(当時はまだ協会設立前)が集まったオンラインミーティングでのことでした。「この新しいおむつ、万博に出せたら面白くない?」というやりとりから、自然に話が盛り上がって。ちょうどその2日後が万博の出展企画書の締め切りだったこともあり、慌てて書類をまとめて提出しました。勢いとタイミングが重なった、まさに偶然のような出来事でしたね。
その後は、ひとつひとつ企業に説明しながら協力をお願いしました。最初は慎重な反応もありましたが、あるメーカーの担当者さんが「こういう話を待っていた」と言ってくれて。そこから一気に弾みがついた感覚があります。さらに、一般社団法人 日本衛生材料工業連合会(日衛連)が後援団体として加わってくださったことで、プロジェクトに対する信頼感が生まれ、最終的には国内を代表する7社のおむつメーカーとインナーウェアメーカー1社の参加が決まりました。
7社のおむつメーカーが“オールジャパン”として一つのステージに立つ。それはとても象徴的で、感慨深い光景です。私たちはおむつを製造・販売しているわけではなく、どのメーカーとも競合しない立場にあります。だからこそ、企業間の利害に左右されずに動けました。デザインの権利も放棄し、自由に使っていただいて構わないというスタンスを示したことで、安心して参加してもらえたのだと思います。
画像提供:日本福祉医療ファッション協会
おしゃれな大人用おむつが広がることで、社会全体にも変化が生まれそうですね。
「おむつ=高齢者向け」「障害がある人が使うもの」という固定観念を、少しずつほどいていきたいと考えています。スポーツ用、トラベル用、災害時用など、ライフスタイルに合わせた“選べるおむつ”があってもいいはずです。
例えば、野外フェスでトイレに並ばなくていいからという理由でおむつをはく人もいますし、登山や渋滞、長距離移動時に「安心のためにはいておく」という人もいる。災害時や避難所ではプライベートトイレの代わりにもなり得ますし、スポーツ時に汗を吸収して捨てられるスポーツパンツとしても活用できます。近年ではおむつで「トイレを携帯する」という発想も生まれています。
機能はすでに高いので、あとは「名前」と「見た目」の問題。例えば「トラベルパンツ」と呼べば、旅行好きな人の便利アイテムになるし、「スポーツパンツ」と呼べば、アスリートや登山家が使う専用ウェアにも見える。名前を変えるだけで、製品の印象は180度変わります。
そこにデザインの力が加われば、むしろ「見せたくなる」アイテムになる可能性だってある。選べる楽しさが生まれ、日常の自由度が広がる。そんなふうに意識が変わっていくきっかけをつくりたいんです。そのためには、まず“言葉”を変える。そして“体験”としてポジティブに置き換える。そういう視点でプロダクトを再設計していく必要があると感じています。
万博でのファッションショーが、その価値観の転換を後押しする場になる?
まさにそれが目的です。今回のショーでは、モデルたちがおしゃれな大人用おむつを堂々とはいてランウェイを歩きます。下着のような見え方ではなく、あくまでファッションの一部として提案します。
しかも、それぞれにコンセプトがあって。「ラグジュアリー系トラベルパンツ」は光沢感のあるサテン素材にレースの縁取り、「アクティブ用スポーツパンツ」は通気性の良いネオプレーン調、「夜の街に映えるシティ仕様」はモノトーンカラーにゴールドのライン入り──。そんなふうに、機能とデザインを両立させたアイテムが次々に登場します。
そうして「おむつ」という言葉を聞いたときに生まれるイメージを、脳内で一度“バグらせる”ような体験にしたいと思っています。つまり、これまでの常識を一瞬止めて「あれ? 今はいているパンツより、あのおむつの方がかっこいいかも」と思ってもらう。それこそが、これまでの常識に揺さぶりをかけ、価値観をアップデートさせる第一歩になると信じています。
福祉にこそ、クリエイティブの力を
最後に、クリエイターのみなさんに向けて、メッセージをお願いします。
福祉の現場は、実はとてもクリエイティブの力が求められる場所だと感じています。課題が多く、ネガティブに見られがちな領域だからこそ、固定観念をひっくり返すような発想が必要になります。
おむつという単語ひとつとっても、それをどう呼ぶか、どう見せるかで社会の受け取り方が大きく変わる。色や形、素材、言葉選びまで、すべてにクリエイティブの力が問われます。もうひとつ大切なのは「マインドのクリエイティブ」です。ネガティブな状況をどうポジティブに変換していくか。その視点こそが、最も深い創造性ではないかと思っています。
さらに加えるなら、「思ったことは口に出した方がいい」ということですね。最初はふわっとしたアイデアでも、声に出すことで「ここはどうするの?」「こうしたらもっとよくなるんじゃない?」と、まわりの人が自然と関わり始めてくれます。言葉にすることで、ぽっかり空いていた穴が少しずつ埋まっていくような感覚です。
そうして何となく形が見えてきた頃には、「だったら、あの人を巻き込んだら面白くなるよ」「もっと大きく展開できるんじゃない?」という流れが生まれ、次のステージが開けていく。アイデアの輪郭が固まると、また新たな人が加わって、さらに次の可能性が広がっていく。
おしゃれな大人用おむつのプロジェクトも、そうして育ってきました。だからこそ「これ、ちょっと面白いかも」と思ったことは、遠慮せず、まずは言葉にしてみてほしいと思います。
取材日:2025年3月20日 ライター:小泉真治