特撮最前線レポート

vol.18
現役特撮マン 根岸 泉
特撮は、世界に誇る日本の伝統芸能である。ちょっと言い過ぎかもしれませんが、大バッシングを受ける暴論でもないと思います。日本の紳士淑女の情操教育に、夢やファンタジーの提供で多大なる貢献を果たしている特撮映像と特撮作品。貢献度の割には相変わらず際物扱いの感は拭えず、「子供騙し」などと言う輩も絶えないようです。 ここはひとつ、特撮の地位向上、意義復権を標榜して……というのは大仰過ぎますが、ウルトラマン生誕40年の年でもあるし、みんなが(たぶん)大好きな特撮の現場についてレポートしようと考えました。 根岸泉さん/有限会社亀甲船所属。操演技師として数多くの特撮作品に参加した経歴を持ち、現在は『ウルトラマンメビウス』の制作にも参加しているバリバリの現役特撮マンです。いろいろ楽しいお話をありがとうございました。
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<取材協力者> 根岸 泉(ねぎし・いずみ)さん 桑沢デザイン研究所リビングデザイン科卒、写真科を出たものの当然のように仕事はなく、怪獣作りのバイトをしていたところ「戦隊ヒーロー物」に駆り出されて現場デビュー、以来特撮一筋。操演技師として初クレジットされた作品は、覚えている者が日本で2人くらいしかいない(監督と私)に違いない「アニメちゃん」1984年(※実写作品)。 http://www.negishi.net/

セットでシーンを作る場合、まず、僕たちは 上下左右をとりあえずひっくり返してみる。

「特撮とは?」という質問に、「いかに騙すかですね」と即答してくれた根岸さん。まず、騙しのテクニックについて語ってくれた。

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セットでシーンを作る場合、まず、僕たちは上下左右をとりあえずひっくり返してみます。空飛ぶ戦闘機が、上からピアノ線で吊られているとすぐにばれるけど、下から、あるいは横から吊ると見る人の目をごまかすことができる。この基本テクニックは、たとえばあの名作『2001年宇宙の旅』でもふんだんに使われています。HALに支配されたディスカバリー号の緊急脱出口に、ヘルメットなしのボーマン船長が突入するシーンは、セットを90度ひねり前後を上下に変えて撮っています。 つまり最初のカットではカメラを真上に向け、俳優を背中で吊って、カメラに向かって降りてくるところを撮っているのです。ワイヤーは後ろにあるので絶対に映らないし、見かけ上の上下左右に関してはリアルな無重力感が生まれている。宇宙側からの切り返しシーンは、セットを180度ひっくり返して宇宙船側から吊っているわけです。

そんな、創意工夫で成り立っている特撮技術がいま、CGにとってかわられようとしている――ように思うのですが、実際はどうなんでしょう?

大きな流れを見れば、放っておけば、すべてCGにとってかわられますね。特に、コスト的な側面から言えば、特撮はCGにまったくかなわない。同じ映像をより安くと考えたら、答えはCGとなります。ただ、どうでしょう、僕が純粋に一観客として映画を観たとき、「ここはCGだな」「なんか、つまらないな」と感じることはまだ多い。まだというか、CGと実写、CGとミニチュア等による特撮映像には、結局埋めきれない絶対的な違いがある。それは、いまのCGの方法論では永遠に埋まらないのではないかという予感があります。僕は決してCGを敵視するつもりはありません。むしろCGと特撮の相乗効果を利用すれば、これまで以上に面白い映像が作れるのではないかと期待しているんです。

CGと特撮の相乗効果を育てていく上で、大切なことは?あるいは、障害となっていることは?

まず、製作者の理解が不足しています。彼らは、ほぼ、コスト計算でしかこの部分を判断しない。となれば、自動的に、より安く、より速く該当シーンの作れるCGを選ぶことになる。もちろん、いざ質感やリアリティに注目して特撮を組もうとなれば、莫大な予算を組まなければならない。やろうと思っても、そんな予算を捻出できるプロジェクト自体が稀でもあるわけですが。 そして、CGと特撮の相乗効果を使いこなせる特技(特撮)監督に人材が不足しているというのも深刻です。

「使いこなせる特技監督」とは?

たとえば以前のワイヤーワークでは、カメラの前にワイヤーが来てしまうアングルはNGでした。ですが、今はデジタル撮影のCG処理で簡単に消せる。それを前提にワイヤーアクションの幅を広げていけるのが、「使いこなせる」監督。「使いこなせない」監督は、そういう使い分けなく、初めから「全部CGで作ろう」です。ソリッドな役者やミニチュアの質感を生かそうという発想ゼロですね。幸いにして円谷プロダクションの仕事は、数少ない、わかっている方々が監督さんなのでCGと特撮、そして操演の使い分けをちゃんとしてもらえています。僕の場合、時々映画に呼ばれて現場に行くと、「知識のない監督さんだなあ」と思わされることがけっこうあります。

大爆発のシーンは、セメントの粉を飛ばして爆煙に見せる。 煙の根本だけを光らせれば、それだけで大爆発に見える。

根岸さんの肩書きは、「操演技師」。特撮や特殊効果とは、どう違うのだろう?そんな素朴な質問にも答えてもらった。

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日本の場合、特撮は大きく特殊効果と操演に分けられます。特殊効果は火薬を使った爆発など、操演はワイヤーを操って飛行機を飛ばしたりするパートと思ってもらえればいい。映画の特撮の現場でできあがった役割分担は基本的にそうなっていますが、例えば円谷プロダクションの特撮の現場では特殊効果も操演もひとりの技師でまかなうことが多い。 僕は操演技師ですが、そういうわけで円谷プロダクションの仕事では、特殊効果も含めて引き受けています。比率で言うと、操演50、特殊効果50の割合ですね。

基本は操演技師で、火薬を使う特殊効果も担うことができる。火薬は危険を伴うもので、様々な専門知識も必要だと思うのですが、どこで技術を身につけたのですか?

それはもう、見よう見真似で(笑)。資格に関しては、業界が仕組みを作っていて、火薬メーカーが発行する「打ち上げ従事者手帳」を持っていないと火薬を購入できません。手帳は年1回の講習を受けないと更新されないので、安全確保の技術に関してはきわめてちゃんとしています。使う火薬の量などは、特殊効果技師個々の判断に任されていますが、ノウハウはほぼ確立しているので、そんなに大差はないはずです。

爆発のシーンには、火薬と一緒にセメントが使われると聞いたことがあるのですが。

それは、基本技術ですね。大爆発のシーンは、セメントの粉を飛ばして爆煙に見せる。煙の根元だけを光らせれば、それだけで大爆発に見えるんです。同規模の爆発をダイナマイトで作ったりしたら、爆風と熱で大変なことになる(笑)。セメント方式なら、すぐ側に俳優さんが立っても粉を被るだけで安全。実写のアクションにも多様される、オーソドックスな「騙し」のテクニックです。

操演技術には、目立った進歩や変化はあるのですか?

やはり、もっとも大きいのはデジタルで「消せる」ようになったことですね。後処理でできることを前提にして、以前に比べて大胆なワイヤーアクションを使えるようになっています。モーションコントロールも普及したので、これも大きい。カメラが同じアングルを何度でも再現できるっていうのは、特撮、合成にとっては画期的なことです。ちなみに大手のスタジオが所有する一流メーカーのモーションコントロールカメラは高いので、僕は自作のカメラを使ってます。ステッピングモーターを組み込んで、プログラムは自分で組んで。今は、やる気さえあれば、それくらいできちゃいます。

『ウルトラマンメビウス』は、大人のファンは視野に入れて いない。子供たちにだけ楽しんでもらうというのが方針。

根岸さんは、いわゆる「平成ガメラシリーズ」にも参加している。特撮の世界では、金字塔として語り継がれている仕事の思い出を語ってもらった。

あれはまず、樋口真嗣という際立った特技監督の存在が大きい。彼は僕たち技師に、「特撮の常識を捨ててくれ」と言った。とても新鮮だし、インパクトがありました。僕は、特撮黎明期の先達たちが、一から試行錯誤する作業を追体験したような感覚でした。ビルが破壊されるシーンをフォーマットで「石膏を使う」と考えるのではなく、ダンボールを試し、紙を試しとやっていくなかで石膏の質感にたどり着く作業。平成ガメラはその連続でした。たとえばガメラの飛翔シーンは、「空飛ぶ怪獣の記号としての噴煙」に疑問を持ったが故に生まれた。スペースシャトルが飛ぶとき、あれだけの噴煙が生まれる――それがエネルギーというものだろうという特技監督の見解があって、それまでフロンガスがフォーマットだった噴煙が炭酸ガスになりました。すべてがそんな具合で、まず記号を排除し、一から考える仕事の数々。とても楽しい思い出です。

根岸さん自身は、特技監督は目指さないのですか?

そのつもりはありませんね。なにしろ手を動かすのが好きですから。監督にしろ、特技監督にしろ、スタッフに指示を出して「やってもらう」のが仕事。僕にはそんなストレスの大きな仕事は向きません(笑)。

たとえば『ウルトラマンメビウス』は、純粋な子供向け?大人の特撮ファンにも楽しんでもらうという意識はある?

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『ウルトラマンメビウス』は、大人のファンは視野に入れていません。ただただ、今の子供たち楽しんでもらいたい。円谷プロダクションも、そういう方針だと思っています。もちろん平成ガメラはスタッフ一同大いに大人のファンを意識して取り組んだ作品で、僕たちにもそういう楽しみがあった。でも、『ウルトラマンメビウス』は明確に子供向けなので、そういう、ある意味での邪念(笑)は一切介入させていません。僕としては、自分が怪獣映画やウルトラマンシリーズにわくわくした子供の頃の自分を楽しませるつもりで取り組んでいます。

根岸さんの今後の夢は?

もちろん、有能な特技監督と組んで、ミニチュアをふんだんに使い、適宜CGを操った特撮作品に携わることです。つまり、大予算の贅沢な作品を心待ちにしている。大きな予算を動かし、かつCGと特撮の使い分けに理解のある製作者さんが登場してくれることを期待します。

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