「トムじゃなかったのか」

第119話
コピーライター/クリエーティブ・ディレクター
Akira Kadota
門田 陽

つい先日、地元のお祭り博多山笠の真っ最中に福岡に行きました。いくつか用事があったのですがそのうちの一つは僕が新人の頃にお世話になった会社(西鉄エージェンシー)でのトークセッション。終了後、地上波はほぼ見ないというZ世代の新人たちと打ち上げをして刺激を受けて帰ってきました。

その催しの準備で当時僕が作っていた仕事の成果物を事務所の押し入れから引っ張り出しました。どれも懐かしくも、お恥ずかしいものばかり。若く青くさい表現は赤面します。

その中にひとつよく覚えている反面、まるで思い出せない部分もあり記憶がゴチャ混ぜなものが1点。その仕事は僕が入社3年目で担当になった福岡の岩田屋という老舗百貨店の催事のメインビジュアルの制作。CM(動画)はなくグラフィックのみでしたが、新聞は15段(一面全部)ですし、福岡のとても目立つ場所に大きなポスターが貼られるのでワクワクする仕事です。テーマ(内容)はスペイン展。かなりの集客が見込める百貨店の目玉企画ですが、なぜか競合ではなく随契(代理店指名)の仕事でした。

プレゼンでは3案を提案。その中のオススメのA案に決定。妙に覚えていることがいくつかあります。
まずプレゼンの受けがとてもよかったこと。いつもはきびしいクライアントのキーマンから誉められたこと。

そしてプレゼンで自分に酔いながら
「スペイン展のメインビジュアルですから、スペインの青い空の下で撮影しようと思います。
スペインに一度も行ったことがないのにスペイン展の表現を作るなんておこがましいです。
僕が自分の目と足でしっかり確かめてきます。
この福岡のどんよりとした空とはまるで違うスペインの青い空をメインビジュアルにして盛り上げようと思います」
と喋ったこと。

そしてこれがそのときに作ったポスターのビジュアルとコピー(※写真①)ですが、今見ると冷や汗が背中からも流れます。なんじゃこりゃ、と松田優作バリに声も出ます。今回福岡でも若手から「このオブジェを撮りに行かれたんですね?」と言われたけれど違います。このオブジェは当時地元で活躍していた新進のアーティスト(桑野さん、お元気かな?)にスペインの太陽をモチーフに作ってもらいました。そしてそれを僕が新聞紙とプチプチでくるんでスーツケースに入れてスペインに持参したのです。そうです。スペインなのは青い空のみ。ゾッとします。今ならPCを駆使するまでもなく子どもでも作れる背景。なぜこれをスペインで撮影したのでしょう。

写真①

当時、出来上がったポスターを師匠の大曲康之さんに見せると「こんな何の足しにもならないものを作っちゃダメだろ。コピーもひどい。人の気持ちを1ミリも動かさない」とけちょんけちょんに言われ、若気の至りでちょっとムッとして反論しましたが、今見ると全くもって大曲さんの言う通りです。今の僕ならもっときついことを言う気がします。ではなぜあのときこの案が通ってスペインロケができたのか。

あれから今年で35年。冷静に考えると大人たちの画策があったのだと思います。プレゼンの前夜に営業のSさんはクライアントのキーマンのIさんと二人で飲みに行っています。おそらくそこで「今度のクリエイティブの担当はまだ3年目のバカですが、面白いヤツですしIさんのことを慕っているので可愛がってやってください」みたいなことを言いながら梯子酒をしたはずです。つまりあのポスターが作れたのはSさんとIさんの仕業。あとはあの時代の空気。1990年といえばまだバブル景気の最中。そういえば海背景の撮影だと、せっかくだから沖縄で撮ろうという提案が簡単にOKになっていた時代です。そういうものが重なってスペインロケができたのでしょう。裏読みすぎかな、とか思いながら羽田に戻りモノレールと山手線を乗り継ぎ事務所の最寄りの御徒町駅で下車。

僕の事務所とJR御徒町駅は徒歩約5分。毎日のように使う駅ですが往復で道が違います。というのは駅までが三角地帯になっていて、信号の場所の都合で行きと帰りの近道が別なのです。駅へ行く途中のビルの入り口に「TOM」という金属のプレートがあります(※写真②)。

写真②

その横を通りながら、トムさんというお金持ちのビルなんだろうな、と勝手に想像していました。この日はたまたま電気代の支払いのため、行きに通る道を帰りにも通ることになりました。そしていつものTOMの金属プレートを見て愕然としました(※写真③)。トムじゃない、モットだ!すぐに調べるとそこはMOTビルという名前でした。

写真③

35年前のこともそうですが日頃から見えている所だけでなくクールに立ち止まり裏側を見るのも大事かも、といい歳をして勉強になりました。

ところで、博多山笠のフィナーレ「追い山」の開始時間は毎年7月15日の朝4時59分。なぜ5時ではなく4時59分なのかという話はまたの機会に。

プロフィール
コピーライター/クリエーティブ・ディレクター
門田 陽
コピーライター/クリエーティブ・ディレクター 1963年福岡市生まれ。 福岡大学人文学部卒業後、(株)西鉄エージェンシー、(株)仲畑広告制作所、(株)電通九州、(株)電通を経て2023年4月より独立。 TCC新人賞、TCC審査委員長賞、FCC最高賞、ACC金賞、広告電通賞他多数受賞。2015年より福岡大学広報戦略アドバイザーも務める。 趣味は、落語鑑賞と相撲観戦。チャームポイントは、くっきりとしたほうれい線。

門田コピー工場株式会社 https://copy.co.jp/

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