1,000ポンドの重み?! @Greatorex
「こんにちは! ホワイトチャペルのグレートレックス・ストリート(Greatorex St)で行われるこのパフォーマンスを予約して参加すれば、1,000ポンド受け取れるんだって。自分は金曜日の午後2時~3時の枠を予約したんだけど、他にも予約可能な日程があるよ。予約リンクはこちらー>」
こんなメールが友人から届きました。アートパフォーマンスに参加するだけで1,000ポンド(2026年10月時点でのレートで換算すると、日本円で21万円ほど)もらえる?そんな美味しい話があるはずがない。これって噂の闇バイト?怪しくない?胸騒ぎしながら恐る恐るチケット販売プラットフォーム「イベントブライト」の予約リンクを開いてみます。
無一文のアーティストが100万ポンドを無償で提供します。社会のモデルとして生態系(エコロジー)を用いながら、ケア(思いやり)、レジリエンス(回復力)、そして想像力を育むための「ツール」を提示する試み。
そう、正真正銘の現金ですよ。「Altruism(利他主義)」と題されたこの展覧会において、参加者一人ひとりが1,000ポンドを持ち帰ることができます。展示は2つの形式になっています。一つは100万ポンドの現金を一堂に展示するインスタレーション、もう一つはアーティスト自身が現金を計量し、参加者に手渡すパフォーマンスです。
来場および「ギフト(現金)」の受け取りには、事前の無料チケット予約が必須となります。
確かに1,000ポンドを持ち帰れるって書いてある! Greatorexというのは、ギャラリーを併設するアーティストスタジオで、このコラムでも幾度か紹介しているホワイトチャペルギャラリーの裏手にあります。フライヤーやポスターに、ホワイトチャペルギャラリーがこのプロジェクトを後援しているとあるので信用できるハズ、これはアートプロジェクトだから何かカラクリがあるハズと、半信半疑で無料参加チケットを予約しました。

Greatorex 入り口
さて、その当日、15分ほど前に現地に到着すると既に参加者が集まってきていました。やがて、Greatorexと書かれた黒い鉄のゲートが開き、中の半分ガレージのような吹き抜けの空間で待つように促されます。共同菜園なのか、吹き抜け空間では野菜が育てられていて、取り残された小さなウリが天井からぶら下がっています。辺りを窺うと控えているのは30名ほどの老若男女。皆、疑心暗鬼なのか、会話は控えめ。
「お待たせしました。準備ができましたので中へどうぞ。中は少し埃っぽいので、お気をつけください。」独房のような鉄格子が開けられ、その先の暗く長い廊下を進みます。

Altruism, Devices for the yet to come Alexis Bamforth 2026
柱と柱の間の鼠色の壁にはスポットライトが当てられ、手書きの白のチョークペイントで次のような声明が書かれていました。
‟1秒間に1ずつ数えていくと、100万に達するまでに11日と133時間46分かかる。10億なら31年と251日、そして1兆なら3万1688年を要する。‟
‟ポリクライシス(複合的危機)
複合的危機はすべて相互に関連し、その根本的な原因は「ためこみ」にある
ためこみが、環境や社会の危機――海洋循環の停止、干ばつ、洪水、生態系の崩壊、食料と水不足、パンデミック、戦争、金融不安、そして心身の癒やしが失われる危機を招いている‟‟私たちに必要なのは、システムの変革!
最良の抗議とは、私たちが生きたいと願う世界を自ら築き上げること‟‟贈り物の本質は交換にある
消費財は所有者に消費されるものだが、贈り物は交換されることでその役割を果たす”‟贈り物は循環しなければならない
手元に留めていては、新たな贈り物は得られない
分かち合われ続けることによってのみ、贈り物はその価値を持ち続ける”‟贈り物を循環させなければ、誰かが滅びることになる
気候変動による火災や不作といった事態において、飽くなき飢餓感は、贈り物が「食される(分かち合われる)」ことなく放置された時にこそ生じる”‟贈り物を循環させ続けよ
さもなくば、あなた自身もそれと共に飲み込まれてしまうだろう”‟贈り物は「関係性」であり、腐りやすい「生鮮食品」のようなもの
私は食料やその他のものを、分かち合うために差し出すことができる”‟我々は、贈り物を届ける者であると同時に、施しを乞う鉢を抱える者でもあり得るのだろうか”
ふと、以前読んだ贈り物の両義性を説いたルイス・ハイド(Lewis Hyde)
の名著『The Gift』(1983) が思いおこされます。ハイドは語源を共にする英語とドイツ語において、ドイツ語の「Gift」が「毒」を意味することにも触れています。
一同が廊下の終わりに到着すると、白い扉が開き、防塵マスクをして清掃ブラシを持った長身の男性が現れます。男性が整えていたのはピンク色の塵。

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ああ、そうだったのか!足を踏み入れた人々の顔色が一変し、水を打ったような静けさに包まれます。会場に撒かれていたのは、100万ポンド分の細かく砕かれた紙幣。

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マスクを外したAlexis Bamforthが塵の中央にあぐらをかいて座ります。その前には天井から吊るされた天秤とコンクリートの腰掛石が置かれていました。

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誰もが躊躇する中、真っ先に1,000ポンドの「贈り物」を受け取りに石に座ったのはこちらの女性。自身で彩色したと思われるツナギを着ていました。
Bamforthは淡々と重りをのせ塵を量ると、今度は重りを外し、ゴミ袋からオブジェを取り出して1,000ポンドの塵と天秤にかけます。

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オブジェは陶器の器。陶器の器は1,000ポンドの軽い塵を吹き飛ばすかのように天秤をどっしりとゆり動かし、そのバランスを崩します。Bamforthは天秤の量りにのせられた塵を紙袋に納め、黒のマーカーペンで何かメッセージを書きます。

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紙袋を受け取った女性はメッセージを読むと軽く頷き、紙袋と器を持って席を離れます。

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次に座ったのはエレガントな黒いドレスを着た女性。先ほどは気づかなかったものの、どうやら筆談でコミュニケーションは行われている様子。Bamforthが紙袋に何か表記すると、女性がこっくり頷きます。

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先ほどと同じように、重りをのせ、かき集めた塵をのせ天秤にかけます。

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次にゴミ袋から取り出したのは動物の骨。こちらも1,000ポンドの塵より重く天秤はバランスを崩します。

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禅問答のように厳かに受け渡しは進んでいきます。中には実際に使用できる1,000ポンドをもらえないことがわかってがっかりして帰っていく人もいましたが、多くはその様子をじっくり見つめ参加していました。

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この男性は1,000ポンドの塵と芽の出た玉ねぎを受け取ったようです。

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参加者は皆その贈り物である1,000ポンドの塵とオブジェの両方を持ち帰ったのでしょうか。実はそうではありませんでした。どうやらオブジェの方は会場に置いて帰るよう紙袋に指示があったらしく、それらは会場の後ろの棚に並べられていました。見てきたオブジェ以外にも、山火事かなにかで焼けてほぼ骨になった煤のついた野鳥の遺骸、端が溶けているロンドン消防隊(LFB)の札、黒焦げになった携帯電話、生米、木炭、地衣類、朽ちた金属片、河原の石などと様々。

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順番を待つ人が少なくなり、私もいよいよ1,000ポンドを受け取ることに。石に座るとBamforthの穏やかな瞳がこちらをまっすぐ見つめています。
「£1,000?」と紙袋に書いてこちらに見せるので、私はこくりと頷きます。すると彼はまた紙袋に「£1,000?=22g landfill(埋め立てゴミ)」と書き足し、22gの重りを量りにのせます。手際よくピンクの塵をかき集め天秤にかけ、釣り合いが取れると、重りを外し、黒いゴミ袋からオブジェを取り出して、量りにのせます。ズシリと量りにのせられたのは海岸で見つけたようなつるりとした流木。Bamforthがまたマーカーペンで紙袋にメッセージを書き足します。受け取った紙袋にはこう書かれていました。
「そのオブジェを棚に置いていってください。そして今から来年にかけて、この贈り物を他の人々と分かち合ってください。」
お礼を言って1,000ポンドの入った紙袋と流木を掴んで席を立ち、流木を棚に並べると、美しい砂浜そして渚のイメージが脳裏をよぎります。22g!伝えたいことがある!そう思って振り返るとコンクリートの石には既に次の受取人が腰掛けていました。
最後の参加者が「贈り物」を受け取ると、残っていた人々から拍手が湧きます。私は、Bamforthにかけより、話しかけます。「伝えたいことがあるの。22gって孵化したばかりのウミガメの赤ちゃんのおよその重さなの。独りで海洋に泳ぎ出る命の重さ。先月、私の甥と姪が日本の小笠原諸島で、ウミガメの赤ちゃんの放流のお手伝いをしたばかりで。」
Bamforthは、穏やかに「参加者は、色々想起することがあるらしい。さっきBP plc(旧British Petroleum)の貨物のおもちゃを受け取った人は、おじいさんがBP plcに勤めていて、その後、破産したっていっていた。だから自分は一文無しでロンドンにいるって。」
それから、「ちょっと待って!」といって彼は隣の部屋に消えると、やがて小さな動くおもちゃを持って現れます。「これ、海洋保護の仕事をした時にもらった贈り物なんだけど、これもあの黒いゴミ袋に入れる予定だったんだ。君に渡っていたかもしれないね。」
Bamforthの手のひらの上でピクピク動いていたのは実物大のウミガメの赤ちゃんのおもちゃでした。







