ロンドンオリンピックから14年、跡地に出現した文化拠点 @V&A East 後編

Vol.169
アーティスト
Miyuki Kasahara
笠原 みゆき

上の階へ向かいます。入り口に「Why We Make」と掲げられたネオンのサインが目を引きます。その隣の壁にはこんな表示がありました。

「 Why We Make(私たちがつくる理由)展」へようこそ。
本展示では、V&Aが所蔵するアート、デザイン、パフォーマンス関連の作品を一堂に集め、私たちが生きる世界を変革する創造性の力について探ります。2つの階にわたり、様々な国や文化、時代背景を持つ作り手とその作品にまつわる物語を紹介し、創造的な活動を突き動かす動機や目的を明らかにします。
今日1日で、すべてを見て回らなければと気負う必要はありません。
「Why We Make」展は、いつでも無料でご覧いただけます。

前回から見てきた常設展は「Why We Make」展だったのです!

「Why We Make」展

 

A Painting of the Jain Pilgrimage Site at Shatrunjaya Hill, 1870–1900。

手前の大きな絵画に描かれていたのはインドのグジャラート州にあるシャトルンジャヤ丘。丘の上にずらりと並ぶのはお寺。丘はジャイナ教の最も神聖な聖地で、寺の数は860以上、およそ900年の歳月をかけて建てられたのだとか。毎年何千人もの巡礼者が、3,000段以上の階段が続く道を登り、丘の頂上にある寺院へと向かいます。仏教とほぼ同時期にほぼ同地域で成立したとされるジャイナ教は釈迦の説いた初期仏教と同様に「生き物を傷つけない」という厳格な菜食主義(不殺生)が重要な教義であるのが特徴です。

英国ヴィーガン協会(The Vegan Society)の2025年調査によると、英国では現在、人口の3%にあたる約200万人が、ヴィーガンまたは植物性食品中心の食生活を送っているといいます。(ちなみにロンドンでは人口の4%)実はその主導は若い世代で、Z世代の26%以上、ミレニアル(Y)世代の約22%が、すでに肉類を摂取しない食生活を送っています。そして、その背景には、主に次の3つの要因があるといいます。一つ目は、「環境への懸念」。畜産や森林伐採に伴う二酸化炭素排出量を強く意識しており、環境に優しい選択肢として。二つ目は、「動物福祉」。工場畜産や動物への虐待に対する強い倫理的反対。三つ目は、「健康とウェルネス」。身体の健康改善、エネルギーレベルの向上、そして慢性疾患のリスク低減といったもの。
V&Aが少数派の宗教であるジャイナ教の巡礼絵画をあえて常設展の入り口付近に高々と展示するのはそういった若者の傾向を反映しているのでしょうか。

A fall of ordinariness and light (The Scheme), 2014 Jessie Brennan

 

A fall of ordinariness and light (The Enabling Power), 2014 Jessie Brennan

 

A fall of ordinariness and light (The Justification), 2014 Jessie Brennan

 

ロンドン東部を拠点とするJessie Brennanは、そのポプラ地区にあった公営集合住宅「ロビン・フッド・ガーデンズ」の取り壊し計画を受けて、連作ドローイングを制作します。まず建物を撮影し、その写真をくしゃくしゃに丸めたものを元にして、これらのドローイングを描き上げました。Brennanは言います。「差し迫った取り壊しという事態が視覚化されています。視覚的に極めて単純なところが気に入っています。非常に印象的でありながら、都市生活をめぐる政治的な問題という複雑な側面も提起しているのです」

ロビン・フッド・ガーデンズ論争に触れておきましょう。ロビン・フッド・ガーデンズは、1972年に建てられた実験的なブルータリズム建築の団地で、賛否の分かれるその建築デザインと、その後の地方自治体による管理の不備という二重の問題に直面しました。こうした問題が、最終的な取り壊しに繋がります。まず、その設計の欠陥がありました。建築家スミスソン夫妻が掲げた「空中の通り」(幅の広い高架アクセスデッキ)や囲い込まれた中庭といった要素は、実際の運用においては現実的ではありませんでした。これらの高架歩道や中庭は治安が悪く、ゴミが溜まり、反社会的行為の温床になってしまいました。次に物理的劣化です。断熱されていないコンクリートパネルは崩れやすく、漏水しやすく、維持管理に費用がかさむようになります。そして管理の怠慢が明るみに出ます。批評家や住民は、区が定期的なメンテナンスを意図的に怠り、これによって団地はスラムのような状態にまで荒廃し、結果として解体計画の根拠が強化されたと非難します。この団地の問題は賛否両論を巻き起こしました。ザハ・ハディドのような国際的な建築家はこれをモダニズムの傑作として擁護しますが、イングリッシュ・ヘリテージや英国政府は、「人間の居住地として不適格である」として、歴史的建造物としての登録を拒否します。そして、オリンピック年の2012年に取り壊し計画が区議会を通過します。

 建物の部材の一部はV&Aによって保存され、V&Aの委託したDo Ho Suh(コラム156 157回で紹介)の映像作品 「Robin Hood Gardens: A Ruin in Reverse」と共に2018年のヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展で展示されました。そして現在は「V&Aイースト・ストアハウス(V&A East Storehouse)」で展示されています。V&Aイースト・ストアハウスについては別の機会に紹介します。

Aunty, Mum and Me Talking about My Fabric Collection, 2016
Mawuena Kattah

ガーナ系英国作家のMawuena Kattahは、コミュニティ、帰属意識、そして「家」のあり方を表現する作品を制作しています。家族の団欒のひとときでしょうか。彼女は家族と共にテーブルを囲んでいます。背景に掛けられ、女性たちが身にまとっているのは、鮮やかな柄のアフリカ・ワックス・テキスタイル。Kattahはこれらを南ロンドンのブリクストン・マーケットで入手しています。また、ロンドンだけでなく、ガーナの都市のアクラ(Accra)や、ホー(Ho)で撮影された家族写真からもインスピレーションを得ているそう。このタイル・パネル作品は、V&Aの陶芸アトリエでのアーティスト・レジデンス期間中に制作されたものです。

Heard, 2025 – 2026 Rene Matić

更に上の階へ。通路スペースで出会ったのはRene Matićの作品。こちらも今回のオープン記念のコミッション作品のひとつ。Matićは問いかけます。「イメージ(映像や画像)を耳で聴くことはできるのだろうか?」

音響スピーカーを積み上げたようなこの彫刻作品に、Matićはロンドン東部やその他の英都市、プリマス、ピーターバラなどで撮影した写真を組み合わせ、音楽や身体の動きを通じて友人や家族への想いを表現しています。彼女はこれらの写真は、英国各地のコミュニティの人々が集い、記憶を共有し、共に体を動かすことで、一体化した結合組織となる、ブラック・ブリティッシュ・ミュージックの姿をたどっているといいます。
また、Matićはこれらの写真が、ジャマイカの文化的遺産であり、「ウィンドラッシュ世代」の移住によって英国にもたらされた「サウンドシステム」の形に構成したといっています。「ウィンドラッシュ世代」とは、第二次世界大戦後の1948年から1971年にかけて、カリブ海地域の旧英国植民地から英国へ移住した人々およびその子供たちの世代を指します。彼らは戦後の英国における深刻な労働力不足を補うために、英政府の奨励を受けて海を渡りました。Matićは2025年ターナー賞のノミネート作家。

この階ではまた、Matićに関連する企画展覧会、1900年から現在までの黒人英国音楽を通して英国文化を辿る「The Music is Black: A British Story」が開催されていましたが、今回は常設展だけで十分なのでまたの機会に。ちなみに常設展は無料ですが、こちらの企画展は強気の平日一般22.5ポンド (約4800円) 、週末24.5ポンド(約5200円)ですから、覚悟が必要です。しかし、最近はどこでも企画展の入場料は上がっています。例えばテートモダンの企画展は現在一般15〜25ポンド(約3200円 – 5300円)。

ドレスの裾のデザインの窓は中から見るとこんな感じ 

三角の窓から外を眺めます。それでは最上階へ行ってみましょう。

最上階のバルコニーからの眺め

最上階は一部屋の広い展示室になっていて、オリンピック建設によって消えていった地元コミュニティ、働く人々を記録した写真展が展示されていました。パノラマの風景が広がる広いバルコニーに出て辺りを見渡します。南西に目を向けると右手に見えたのがオリンピック競技がおこなわれたロンドンスタジアム(現在はWest Ham Unitedのサッカースタジアム)、左手には当時物議を醸したオリンピック塔、アルセロール・ミッタル・オービット。英国を代表する彫刻家アニッシュ・カプーアと建築家セシル・バルモンドによる設計です。高さ115メートルの展望塔の滑り台、いまだに上ったことも滑ったこともないなあと、ついそんなことを考えてしまいます。その先に見えるのはシティの金融街。

階段も幾何学形状

 今度は階段で一気にカフェのある一番下の階へ。もちろんエレベーターでも下りられます。

Towards a Civic Museum 2025-2026 Tania Bruguera

オープンプランのカフェはごった返し。その手前のステンドグラスに目が止まります。家族連れがステンドグラスのスケッチをしています。こちらも新たなコミッション作品。

「すでに幾重もの歴史が織りなす土地に、新しいミュージアムが加わることにどのような意味があるのだろうか。」

この作品はキューバ出身の美術家Tania Brugueraとロンドン東部の若者たちとのこんな対話から生まれました。伝統的に永続性や権威の象徴とされてきたステンドグラスを、ここでは「脆く透明な媒体」として捉え直すことで、ミュージアムという機関が信頼とコミュニティとの共同の責任によって形作られていることを想起させます。その構成は、ウォルサムストウ出身のウィリアム・モリスのデザインを基調としつつ、ロンドン東部の多様な文化的背景を持つ人々を反映した視点から再解釈されたものです。ガラス面には参加者全員の名が、時間をかけて育まれる「種」として刻まれています。

5フロアにわたる展示館内には、数世紀にわたる文化を横断する500点以上の作品が展示され、ロンドン東部で新たに収蔵された過去と現在、そして地域と世界の作品が、直接対話する形で展示されています。

イースト・バンク。左からV&Aイースト、ロンドン芸術大学(UAL)、BBCミュージック・スタジオ、サドラーズ・ウェルズ・イースト

V&Aイースト博物館は、クイーン・エリザベス・オリンピック・パーク内にある文化・教育地区、イースト・バンクの一部を形成しており、イースト・バンクにはBBCミュージック・スタジオ(2026〜27年オープン予定)、サドラーズ・ウェルズ・イースト、ロンドン芸術大学(UAL)のロンドン・カレッジ・オブ・ファッション、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)イースト校も含まれています。

文化施設の立ち並ぶ開放的なリー・ナビゲーション運河沿いのイースト・バンクを歩いてみると、 ロンドンのテムズ川南岸に面する、サウス・バンクを意識していることが感じられました。サウス・バンクは戦後の焼け跡がいたるところに残る1951年、荒廃した国民の士気を高めるために全国で行われた国家的祭典「フェスティバル・オブ・ブリテン(英国博覧会)」のロンドンのメイン会場になった土地です。当時建てられたロイヤル・フェスティバル・ホールは今でもコンサートホールとして親しまれています。現在ではヘイワードギャラリーを含む複合文化施設サウスバンクセンターBFI国立劇場ロンドンアイテートモダンなど、ロンドン屈指の芸術文化関連施設がひしめく、アートとエンターテインメントの中心地です。

ロンドン東部は伝統的に移民を受け入れてきた歴史を携え、住民の約50%が黒人やマイノリティ・エスニック(BME)の背景を持ち、およそ40%が英国外で生まれた人々です。それはまた、ロンドン東部が市内で最も文化的多様性に富んだ地域の一つであり続けている理由です。イースト・バンクがV&Aと共にどのように変化していくのか、この先も目が離せません。

プロフィール
アーティスト
笠原 みゆき
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。 Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。
ウェブサイト:http://www.miyukikasahara.com/

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