映画ソムリエ/東 紗友美の“もう試写った!” 第60回『口に関するアンケート』
『口に関するアンケート』
▶「人の噂話が一番恐ろしい」と直感したことのある人におすすめ
「気味が悪い」という得体の知れない感覚を、日常へ持ち帰りたい人向け度100

ホラー映画を観ていて、得体の知れない怪異よりも、それを語る「人間」のほうがよほど恐ろしいと、ぞくりとしたことはあるだろうか。
あらすじ
「あの夜、何があったかお話ししますね」
心霊スポットとして有名な墓地の呪われた木についての噂を聞き、肝試しに出かけたある大学生たち。
しかし、翌日グループの一人が行方不明になってしまった。
その日を境に、彼らの身の回りに不可解なことが起きるようになり、次第に何かによって追い詰められていく…。
果たしてあの日、何が起きたのか?
あの日にまつわる証言に導かれて明らかになる、<おそろしい結末>とは――。

本作は、昨年公開され興行収入15.6億円を突破する大ヒットを記録した映画『近畿地方のある場所について』(2025)に続く、背筋原作の待望の実写映画化。
メガホンを取るのは、『呪怨』シリーズなどで世界を震撼させたJホラー界の巨匠・清水崇監督だ。モキュメンタリーホラーブームの旗手である原作者・背筋氏と、ホラー界のレジェンドによる「最恐タッグ」が実現した。
私は本作を観ながら、何度もスクリーンにドアップになる「人間の顔」から目を離せなくなった。
原作を読んでいた時から、この作品の特異性には惹かれていた。というのも、原作がもたらす恐怖は、単純な霊や呪いによるそれではない。
読者はアンケートを読み進めながら、「この証言は本当なのだろうか」「どこまで信じていいのだろうか」と疑心暗鬼に陥り、気づけば自分自身もその奇妙なアンケートの当事者として巻き込まれていく。
怖いのは怪異そのものではなく、「誰かが語ったものを信じる」という人間の心理的行為なのだ。

だからこそ、この「語り」の物語をどう映像化するのかが最大の難題だと思っていたが、映画版は非常に大胆かつ本質的な答えを用意していた。
特に圧倒されたのは、登場人物たちが「あの夜」について語る独白のシーンである。
逃げ場のない真っ暗な背景の中、画面に収まりきらないほどの極端なクローズアップで映し出される顔、顔、顔。板垣李光人、吉川愛をはじめとする俳優陣は、状況説明も空間の広がりもない、ごまかしの効かないその閉鎖空間で、まさに「顔面で芝居の相撲を取って」みせる。
人は普段、言葉だけで他者を理解しているわけではない。服装、身振り手振り、周囲の環境やパーソナルスペースなど、無意識のうちに膨大な非言語情報を読み取りながら相手を判断している。
しかし本作は、その「安心できる判断材料」を観客から徹底的に奪い去る。
残されるのは、スクリーンいっぱいの顔だけだ。
瞳のわずかな揺れ。言葉を選ぶ不自然な間。口元の微細な歪み。
どこか嘘をついているようにも見えるし、真実を絞り出しているようにも見える。私たちはその表情の一つひとつから必死に真実を探り当てようとし、、、そしてハッと気づくのだ。

いつの間にか「首の長い女」という怪異ではなく、目の前で証言する「人間」そのものを食い入るように観察し、恐れている自分に。理解できない他者の存在こそが最大のホラーであるという事実に、背筋が凍る思いがした。
この独白シーンは、まさに原作の読書体験が見事に心理的映像へと翻訳された瞬間だった。
そしてもう一つ、本作を観ていて強く感じたのは、これが極めて現代的な「SNS時代のホラー」であるという点だ。
私たちは毎日、誰かの体験談や感情的な投稿をスクロールして生きている。
出来事そのものを目撃しているわけではなく、常に「誰かが独自のフィルターを通して語った物語」を消費しているに過ぎない。何が抜け落ち、どこまでが事実なのか分からないまま、言葉だけが共有され、やがて真実以上の力を持って社会を動かしていく。
『口に関するアンケート』の恐怖の本質は、そこにある。
伝染していくのは怪異ではない。
「語り」なのだ。

映画が「何が起きたのか」ではなく「誰が語るのか」に焦点を当てたのだとすれば、あの不気味なほどの顔のドアップは単なる映像演出ではなく、人間の証言そのものを恐怖の増幅器に変える心理装置だったと言える。
さらに個人的に、この映画で最も深く心に残り、現実の日常を侵食してきたのは「セミ」の存在だった。
夏の風物詩であり、毎年当たり前のように受け入れているセミ。
何年も地中に潜み、地上ではほんのわずかな時間だけを狂ったように鳴き叫ぶあの異質な生命体に対して、嫌いなわけではないのに、どこか説明のつかない違和感を抱いたことはないだろうか。
本作は、その言語化できない微かな違和感を見事に掘り起こし、日常の風景を少しだけ歪ませてみせる。
優れた映画体験というのは、劇場を出たあとの私たちの現実の捉え方を変えてしまうものだ。スクリーンの中の怪異は映画館に置いて帰ることができても、セミは現実に存在し、夏は毎年必ずやって来る。だからこそ、逃げ場がない。

きっと今年の夏、セミの鳴き声を聞くたびに私はこの映画を思い出すだろう。
そして、無意識に立ち止まり、自問してしまう気がする。
「私が今、信じているこの現実は、本当に自分が見たものなのか?それとも、誰かに語られ、思い込まされているだけの物語なのか?」と。
本作は、怪異のフォーマットを借りた「人間の心理とコミュニケーションの物語」である。誰かが語り、誰かが受け取り、また誰かへ歪んだ形で伝わっていく。
その連鎖の不気味さを疑似体験することで、私たちは自分自身の日常の危うさに気づかされる。
観終わったあとも、自分の内面と向き合い、考え続けてしまう。それこそが、この映画が私たちの心に突きつけた、最も恐ろしく、そして最も深い“アンケート”なのかもしれない。

『口に関するアンケート』
2026年7月3日(金) 全国ロードショー

◆出演:板垣李光人/
綱啓永 吉川愛 MOMONA(ME:I)
森愁斗(BUDDiiS) 西山智樹(TAGRIGHT)
柄本時生 / 中村獅童
◆原作:背筋『口に関するアンケート』(ポプラ社刊)
◆監督:清水崇 ◆脚本:山浦雅大 ◆音楽:大間々昂
◆インスパイアソング:オレンジスパイニクラブ「口」(WARNER MUSIC JAPAN)
◆プロデューサー:田口生己 佐藤孝樹 白石裕菜 石田基紀
◆製作:映画「口に関するアンケート」製作委員会
◆制作プロダクション:ホリプロ
◆配給:松竹
©2026映画「口に関するアンケート」製作委員会
公式サイト:http://kuchi-movie.jp
公式X:@kuchimovie
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ハッシュタグ:#口に関するアンケート








