映像2026.07.16

映画ソムリエ/東 紗友美の“もう試写った!” 第61回『平行と垂直』

Vol.61
映画ソムリエ
Sayumi Higashi
東 紗友美

『平行と垂直』

▶本当に大切にすべきものが見えなくなっているキャパオーバーと戦う人におすすめ

今年1番優しい映画度100

私たちは日々、どれだけの荷物を背負い、どれほど急いで歩いているのでしょうか。
そんな、無意識のうちに息苦しさを抱えている私たちの心にそっと寄り添い、張り詰めた糸を優しく解きほぐしてくれるような作品に出会いました。
この映画の素晴らしいところは、どこまでも透き通るような「優しさ」にあります。不器用なまでに優しさをひたすら積み重ねて作られた、非常に温かい体温を持つ作品だと感じました。
まずは、その優しさの核となる物語の背景をご紹介します。

あらすじ
自閉スペクトラム症(ASD)の大貴と、兄を幼い頃から支えてきた妹の希。兄妹は幼い頃に母親を亡くし、ネグレクト気味の父親から距離を置き、二人で懸命に生きてきた。
大貴はほとんど会話をせず表情もあまり変わらないように見える。グループホームから自立を目指して、一人暮らしを始めた大貴は独自の規則を持っている。全てを平行と垂直に並べるほど几帳面でこだわりが強く、机に並ぶ食器も丁寧に揃える。週に一度の希との食事の時間は決まって19:00。1 分でも過ぎると落ち着かなくなる。
カウンセラーの仕事をしている希は恋人からプロポーズを受け、一抹の不安を抱えながら兄と共に、婚約者の両親に会いに東京へ行くことに・・・。

自閉スペクトラム症は、社会的コミュニケーションの難しさと、興味・行動の偏りや感覚の特性が、発達早期から持続する発達障害の1つである。知的水準や言語、生活上の困りごとは多様で、支援により適応は改善する。自閉症を中核概念に障害の表れを一つの連続体(スペクトラム)として診断される。

安田章大さんの度肝を抜かれるような演技力には、一体どれほどの努力を重ねてきたのだろうと思わされます。単に誰かになりきるという以上に、「お芝居とはこういうことだ」と感じさせる圧倒的な納得感がありました。その裏側には、ご自身が企画を持ち込み、自閉スペクトラム症の専門家の監修のもと、2年もの歳月をかけて脚本を練り上げたという背景があります。さらに、教育機関へ足を運び、生徒たちと直接交流したという真摯な役作りを知れば、この凄みにも頷けます。
また、カウンセラーとして兄を支える妹を演じたのんさんも、実際に障がいのあるきょうだいを持つ方々へ取材を重ねたといいます。

お二人の誠実な向き合い方が、スクリーンの中で説得力を生んでいました。

特筆すべきは、のんさんのお芝居の素晴らしさです。お兄ちゃんのことが大切だからこそ、これからどう接していけばいいのか分からないという心の揺らぎ。その迷いを抱えながらも、「お兄ちゃんが好き」という根底の愛情だけは一切ブレずに体現していました。声優として主演を務めた『この世界の片隅に』(2016)のすず役や、映画『さかなのこ』(2022)のミー坊役などでも証明されているように、のんさんはこうした「絶対にブレない芯を持つキャラクター」を演じさせると本当に見事に似合います。

なぜ自分はこんなにも生き急いでいるのだろうと、のんさん演じる妹と安田さん演じるお兄ちゃんを見ていて、私は胸が苦しくなりました。
私は気づいてしまったのです。

自分は欲望というか、願望が多すぎる人間なのではないかと。二人を見ていて思ったのは、大切なものや守りたい人は、本当はもっと少なくていいのかもしれないということです。

もちろん、できるだけ多くの大切な人を大切にしたいけれど、もっともっと、目の前の人だけでもいいのかもしれない。うまく言えませんが、心の中で何かが洗練されたような気持ちになりました。大阪・堺を舞台に物語を紡いだ小林聖太郎監督の温かな眼差しと、富貴晴美さんのぬくもりある音楽が、そんな心の変化を優しく肯定してくれます。

安田章大さん演じるお兄ちゃんといえば、タイトルにもあるように、とにかくまっすぐ進み、突然90度に曲がる。
進む、曲がる、進む、曲がる。
そのように生きています。

この『平行と垂直』というタイトルが意味するものは何でしょうか。
それは彼にとっての安心を保つための切実な秩序であると同時に、これまでの兄妹の関係と、これからの変化を表しているように思えます。これまで心地よい距離感を保ち、「平行」に寄り添い歩んできた二人の日常。
そこに希の結婚という転機が訪れ、軌道が交わる「垂直」のタイミングを迎えたのです。

私たちは普段、誰かの顔色をうかがい、決定的な選択を避け、白でもなく黒でもなく、グレーの部分を選び取るように生きることもありますが、それが時に物事を難しくさせていることもあるなと思いました。

もっとまっすぐまっすぐ進んで、違うと思った時は曲がる。
そんな風に、自分の心の声を見つめながら生きてもいいのかもしれないと、お兄ちゃんの潔い姿を見て思いました。
これは、複雑になりすぎた社会に対する、彼らからのまっすぐなメッセージなのかもしれません。

だからこそ、ラストシーンのとある場所で。
まっすぐに二人で歩んでいく姿には、グッとくるものがあります。

今年一番優しい映画かもしれない。

『平行と垂直』
2026年8月28日(金)全国公開

◆出演:安田章大 のん
伊島空 高山トモヒロ 谷村美月 福田転球 芦川誠 早織 久保田磨希 
河野咲良 髙田幸季 武藤凪 林英世/神野三鈴 菅原大吉

◆監督:小林聖太郎 ◆原案・脚本:山野海 ◆音楽:富貴晴美 ◆主題歌:浮 with 安田章大「話そう」
◆企画:安田章大 ◆企画プロデュース:佐藤現 
◆プロデューサー:樫﨑秀明 竹下新悟 ◆撮影:大塚亮 ◆照明:藤井勇 ◆美術:須坂文昭 ◆録音:西條博介 ◆スクリプター:川野恵美 
◆編集:宮島竜治 ◆スタイリスト:山﨑忍 ◆ヘアメイク:山井優 ◆助監督:木川学 ◆製作担当:土田守洋 ◆キャスティング:伊藤尚哉 
◆宣伝プロデューサー:丸山杏子 ◆ASD監修:辻井正次 伊庭葉子 浮貝明典
◆製作:「平行と垂直」製作委員会
(東映ビデオ、アスミック・エース、メディアプルポ、中京テレビ、テレビ大阪、ストームレーベルズ、ローソン、東映シーエム) 
◆特別協力:大阪府堺市 ◆取材協力:さくらんぼ教室、NPO法人アスペ・エルデの会、NPO法人PDDサポートセンターグリーンフォーレスト
◆後援:日本発達障害ネットワーク、日本自閉症協会 ◆制作プロダクション:セントラル・アーツ ◆製作幹事・配給:東映ビデオ

公式HP:https://www.toei-video.co.jp/heikoutosuichoku/
XInstagramTikTok

©2026「平行と垂直」製作委員会

プロフィール
映画ソムリエ
東 紗友美
映画ソムリエ。女性誌(『CLASSY.』、『sweet』、『旅色』他)他、連載多数。TV・ラジオ(文化放送)等での映画紹介や、不定期でTSUTAYAの棚展開も実施。映画イベントに登壇する他、舞台挨拶のMCなどもつとめる。映画ロケ地にまつわるトピックも得意分野で2021年GOTOトラベル主催の映画旅達人に選出される。 音声アプリVoicyで映画解説の配信中。
X(旧Twitter):@sayumisaaaan /Instagram:@higashisayumi

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