映画ソムリエ/東 紗友美の“もう試写った!” 第55回『黄金泥棒』
『黄金泥棒』
▶何者かになりたいという静かな想いを閉じ込めている人におすすめ
単なる泥棒エンタメじゃない!新感覚の強盗モノ度100
平凡な日常を、黄金の輝きで塗り替える。私のための「物語」を盗む一世一代の挑戦を描いた映画です。
まずはこの映画のあらすじからご紹介します。
あらすじ
平凡な日々に退屈していた専業主婦の美香子は、ある日訪れた百貨店で、株式会社SGCが販売する数百万円もする金のおりんをつい盗んでしまう。金の魅力に取り憑かれ世界が一変した彼女は、「私にしかできないことをする」という幼き日の夢が蘇り、無謀にも100億円の秀吉の金茶碗を盗み出す計画を立てる。美香子を利用しようとするSGCの社員・金城との駆け引きや、なし崩し的に泥棒の共犯者となった夫の浮気やら、トラブルの連続。果たして、一世一代の大博打に出た彼女は、金茶碗を盗み出すことができるのかー!?

プロフェッショナルではない平凡な主婦・美香子が、1ミリの“奇跡”を引き寄せます。
チームで強盗を描く映画といえば、『オーシャンズ11』(2002)や『ヒート』(1996)をはじめ、『ミニミニ大作戦(原題:イタリアン・ジョブ)』(1970)『インサイド・マン』(2006)など、数え上げればきりがないほどの名作がありますよね。それらに共通するのは、緻密な計画とプロフェッショナルたちによる鮮やかな役割分担です。
けれど、本作『黄金泥棒』で黄金に手を伸ばすのは、犯罪の専門家でもアウトローでもない。どこにでもいる、ごく普通の主婦です。
彼女の作戦は、正直に言って心許ない。段取りはたどたどしく、偶然に頼る部分も多い。観ているこちらは何度も「本当にこんなことでうまくいくの?」とハラハラさせられる、逆説的な面白さがあるんです。
でも、不思議なんです。
その不完全な作戦のひとつひとつには、ほんの1ミリだけ、“成功してしまいそうな余地”が残されていて・・・。
完璧ではない。むしろ欠陥だらけなのに、人の善意や隙、社会の歪み、そして何より彼女たち自身の必死さが、その1ミリの可能性を引き寄せようとしてしまう。
ここが、この映画のいちばんぞくりとして、そして面白いところなんです!

この映画が知的なのは、「なぜ黄金は人を惹きつけるのか」という本質的な問いを、あえて掘り下げようとしない点にあります。
黄金は、あくまで人生を「物語」に変えるための装置として登場します。
富や権力の象徴としてそこまで重々しく語られることはありません。
ただ「そこに黄金がある」という事実だけが提示され、人々は翻弄される。その軽やかさとユーモアが、物語から過剰な重みを取り除き、心地よいリズムを生んでいます。
しかし、主人公・美香子だけは違います。彼女にとって黄金は、経済的な価値を超えた「自分の人生を物語に変換するための装置」として機能しているのです。
平凡で、誰かと取り替えのきくような日常。その中に一度だけでも、自分だけの“ドラマ”を発生させたいという衝動。彼女は黄金そのものに執着しているのではなく、黄金を媒介にして、自分の人生を唯一無二のものとして語り直そうとしている。
だからこそ本作は、強盗映画でありながら、「何を盗むか」よりも「なぜ私たちの人生には物語が必要なのか」を鮮やかに浮かび上がらせる。
その着眼点が本当に秀逸で、深く心に残りました。

構成の妙にも唸らされました。秀吉の黄金茶碗を盗む計画を実行するまでに、たっぷりとした時間を費やしている点です。
通常の泥棒映画なら、早い段階でターゲットを提示し、そこへ一直線に走らせるのが定石。しかし本作は、観客をしばらくの間、「これはどこへ向かう物語なのか」という感覚の中に宙吊りにします。
でも、それが不思議と心地よい。そこから物語が予想もしない展開を見せたとき、きっと多くの観客が「そう来るか!」と膝を打つはずです。
さらに、劇中に挿入される「アンビリーバボー」の再現VTRのような実体験番組も素晴らしいアクセント!フィクションと疑似ドキュメンタリーの境界が曖昧になることで、「あり得なさ」と「起こり得るかもしれない」という感覚が同時に立ち上がる。この仕掛けのおかげで、派手なアクションに頼らずとも、最後まで一気に見せてしまうんですよね。

そしてなんといっても主人公・美香子を演じた田中麗奈さんが体現する、切実で静かな狂気から目が離せなくなります。
彼女の静けさの中に人生に対する情熱を隠しきれない存在感が、この作品を力強く引っ張っていきます。
空っぽだった自分を埋めるかのように、ひとつの目標に執着していく姿はあまりに人間的。「一生に一度でいいから、何かを成し遂げたい」という切実な欲望は、時に少し怖く、けれど目を逸らせないほど共感してしまいました。
「私にしかできないことをする」
その純粋すぎる想いが、スクリーンから溢れ出してくるようなお芝居。最高でした。
「今の自分の人生に、何かが足りない」と感じているすべての人に、ぜひ劇場でこの“1ミリの奇跡”を目撃してほしいと思います。

『黄金泥棒』
2026年4月3日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー!

◆キャスト:田中麗奈 森崎ウィン 阿諏訪泰義 石川恋 岩谷健司 中村祐美子 勝野洋 宮崎美子
◆監督・脚本:萱野孝幸
◆主題歌:広瀬香美
◆エグゼクティブプロデューサー:土屋健吾 ◆プロデューサー:中村祐美子 ◆音楽:松下雅史 ◆撮影:宗大介 ◆照明:平江広大 ◆編集:萱野孝幸 ◆録音:地福聖ニ ◆音響効果:前田紗佳 ◆スタイリスト:袴田知世枝 ◆ヘアメイク:西野黎 ◆助監督:城也 ◆キャスティング:中村祐美子
◆制作担当:原田光 ◆宣伝プロデューサー:大﨑かれん
◆製作:株式会社 SGC ◆制作プロダクション:KAYANOFILM ◆配給:キノフィルムズ
Ⓒ2025 『黄金泥棒』FILM PARTNERS. 2026 年/日本/カラー/シネスコ/5.1ch/112分








