映画ソムリエ/東 紗友美の“もう試写った!” 第53回『ブラックホールに願いを!』
『ブラックホールに願いを!』
▶新設定に高まる。科学が好きな人にもおすすめ
超絶熱量のインディーズ映画度100
壮大すぎる物語に、何度も息をのみました。
このスケールのインディーズ映画はなかなかありません。映像密度と世界観が、スクリーンいっぱいに広がる時間でした。
あらすじ
西暦2036 年。
緊張すると声が出なくなってしまう場⾯緘黙症を患う伊勢田みゆき(米澤成美)は、人工ブラックホールの研究を行う「人工縮退研究所」の総務部職員として勤めていた。
ある日、同研究所の赤城容子教授(鳥居みゆき)が見えない時間の壁「ボブル空間」を作り出し、3時間後に時間犯罪を起こして人類に復讐することを予告する。
研究所のほとんどが機能しなくなった中で偶然にも難を逃れた伊勢田は、事件解決のカギを握る同研究所准教授の吉住あおい(吉見茉莉奈)をボブル空間から救出することを決意。
次々と発生するボブル空間により崩壊していく世界。果たして人類滅亡を阻止することができるのか。

総務部の伊勢田みゆき。
彼女は緊張すると声が出なくなる“場面緘黙症”(ばめんかんもくしょう)を抱えているが、この症状を主軸にした映画はあまり多くない印象だ。
さまざまな事情により“話せなくなってしまった”キャラクター像が描かれることはあれど、「話せない」自分を丁寧に乗り越えていくプロセスがここまで細密に描かれた作品は、めずらしいと個人的には感じた。
総務のお姉さんことみゆきが、同じセリフを何度も反復して練習する姿。
本棚にはコミュニケーションに関する本が並び、ページの向こうから「自分と向き合おうとする時間」が滲み出ている。
世界の崩壊を止めるために奔走しながら、自分自身の“見えない壁”にも手を伸ばしていく。
外の世界の危機と、内側の静かな闘いが、美しいリンクを描きながら同時に進んでいく。
その構造が、この映画をただのSFではなく、深い成長譚へと押し上げているのが好印象だった。

そして、そんな彼女と対になる存在が「ボブル空間」を研究する准教授・吉住あおい。
米澤成美 × 吉見茉莉奈、実力派の若手女優たちがダブル主演で世界を救う構図は、瑞々しく、同時にキラキラ輝く新鮮な芝居に出合えてギフトのような時間だった。
そして物語をかき乱し、動かし、揺さぶるのが赤城教授である。ハーレイ・クインのような髪色で、アベンジャーズの話をしながら世界の破滅を語り願う鳥居みゆきの存在感は異次元。
“狂気”と“哀しみ”の狭間におぼれたキャスティングで、彼女がスクリーンに立つだけで、空気が張り詰める。

特に驚かされたのは、このスケールを“CG頼み”ではなく、実現可能な物理現象は、できる限り現場で再現するという固い信念で撮影していることだ。
ボブル空間の時間遅延を表現するために、ペンをロッドパペットでゆっくり落とし、静止物体は針金で固定し、都市破壊はミニチュアを超スローモーションで撮影する。
そんな気の遠くなるようなアプローチの積み重ねで、あの“触れられそうな時間”が生まれている。
この現実と虚構の境目を丁寧に作り込もうとする姿勢が、映画全体に手作業の体温のようなものを与えている。
時間が止まる描写のリアルさも圧巻だ。
コーヒー缶からこぼれる液体、ふわりと舞ったプリント、落ちかけたスマホ、静止したホウキ、溢れたペットボトルの水。
止まった噴水。
加速器の巨大な冷たさ。
破滅寸前の空の色。
特撮的アプローチで“物が本当にゆっくり動いている”ように撮影された現象は、観客の脳の時間感覚までじわじわと歪めてくる。
ミニチュアで撮られた都市破壊のスローモーションは、ただ壊れるのではなく、“壊れていく瞬間の哀しさ”が可視化されていく。

スクリーンの中の物理現象ひとつひとつが、時間という概念に触れてくる。
そんな圧倒的な映像の中でも、ふとした会話が美しく胸に残る。
「一見、何の変哲もないように見えるものが、きっとどこかで光輝くことがあると思いますよ」
この言葉が映画の指針のように、芯となり響き、登場人物たちが自分の力を信じ、世界のどこかで光ろうとする姿勢へと繋がっていく。美しい。
専門用語や理論は確かに難しい。
けれど、それをはるかに超える“躍動”が物語全体を牽引していく。
科学者たちが体育会系のような熱量で地球を救おうとする姿は、まっすぐで、見ていて気持ちがいい。
そして何より、誰かと同じ時間を生きられることの尊さを、SFという枠から溢れるほどに語ってくれる。

近年、SNSでは人のマイナス面ばかりがクローズアップされ、正直なところ、映画ばかり観ていたいタイプの私は人と関わること自体がますます煩わしく思える瞬間がある。
だけど、この映画は言う。
それでも私たちは、ひとりでは生きていけない。
見えない壁を抱えながら、それでも誰かと時間を重ねていく。そのこと自体が、世界を救うんだ。
こういう映画に出合えるから、私はこれからも、熱量を帯びたインディーズ映画を追いかけていきたい。
『ブラックホールに願いを!』
12月6日(土)より池袋シネマ・ロサほか全国順次公開!

◆キャスト:米澤成美、吉見茉莉奈、斎藤陸、濱津隆之、キャッチャー中澤、ねりお弘晃、三輪江一、大沢真一郎、星能豊、⻑万部純、岡崎森馬、浦山佳樹、鳥居みゆき、螢 雪次朗
◆監督・脚本・編集:渡邉聡
◆特技監督:青井泰輔
◆本編班/撮影:角洋介・小林龍・佐藤大介・重松賢 ◆録音:植原美月・柿添真希・源ビン
カン・西山秀明 ◆助監督:平岡凌 ◆ヘアメイク:伊藤佳南子 ◆制作:清水里紗
◆特撮班/撮影:角洋介 ◆照明:小笠原篤志 ◆ミニチュア制作:福島彰夫 ◆特殊美術:三木
悠輔 ◆操演:和田宏之 ◆3DCG:吉田惇之介
◆音楽監督:永井カイル ◆挿入歌「The Potential Life」:MAGENTA RODEO ◆主題歌「ラストラブレター」:飯塚志織
◆整音:東凌太郎 ◆グラフィックデザイン:須藤史貴・宮垣貴宏 ◆科学考証協力:福江純 ◆ロケーション協力:高エネルギー加速器研究機構(KEK)・⻑崎市観光交流推進室・東京理科大学小嗣研究室
◆宣伝:南野こずえ
◆配給協力:Atemo
◆製作:STUDIO MOVES
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