映画ソムリエ/東 紗友美の“もう試写った!” 第54回『禍禍女』
『禍禍女』
▶人間の狂気モノが好きな人におすすめ
超インモラル映画度100
『禍禍女』(まがまがおんな)はその“感情の揺れ幅”で観客の心を掴む映画になっています。
こわいのにどこかおかしくて、ふっと笑ってしまう瞬間があるのです。
『禍禍女』、それは果たして誰なのでしょうか。
ゆりやんさん自身の恋愛体験や感情を基に生まれた“狂気の恋愛映画”として、ユーモアと怖さのバランスを両立した底なしの執着ロマンスになっています。
ゆりやんさんが監督を目指すきっかけは2021年。テレビ番組で彼女が「映画監督に挑戦したい」と語った一言から始まったそうです。
その発言を聞いたプロデューサーが動き、企画が始動したという背景にも物語性があります。願いごとは言葉に出すことが大事ですよね。
本作は、海外映画祭で既に高い評価を受けていたりと、注目の作品の1つです。
あらすじは私がレビューを書いている時点ではあまり発表されていません。
なので、今回は一言で「こじらせた愛情の成れの果て」とでも表現しておこうかと思います。

さて、ここから感想です。
いやいやいや!?こんな話だったのですか!?
めっちゃ怖い。
でもその怖さのすぐ隣に、なぜか小さな笑いが生まれてしまう。
この振れ幅こそが『禍禍女』の妙であり、ゆりやん監督による唯一無二のユーモアの鋭さだと感じました。
誰かへの執着をホラーとして描くだけなら、ここまで不穏にはならないはずです。
むしろこの映画が突出しているのは、その“異常な気持ち”をポップにさえ見せてしまう瞬間がある点です。
描き方が軽やかだからこそ、背後に潜む暗がりが濃く浮かび上がります。
もちろん劇中のホラー描写は真正面から怖いです。
トラウマを刺激するような演出もあり、観客の心にゾクリと触れてきます。
しかしもっとも恐ろしく、そしてもっとも忘れがたいのは、誰かへの異常な恋心が、驚くほど明るく、楽しそうに描かれる一場面です。
本来なら恐怖として描かれるはずの感情が、なぜか輝いてしまうのです。
その背徳性があまりにポップで、あまりに無邪気で、観客は目をそらすことができないはずです。
インモラルな描写が、なぜこんなにも楽しげで、なぜこんなにも無邪気なのか。
そのアンバランスさは倫理の輪郭を軽々と越えてしまっていて、目をそらすことができません。
むしろ、忘れられない一場面として焼きついてしまうのです。
たとえばそれは、『ブラック・スワン』(2011)の、欲望の成熟が自己破壊と同時に花開く背徳の瞬間、
『パーフェクトブルー』(1998)が描いた、ポップさと狂気の交差点、
『ミッドサマー』(2020)の、残酷な儀式が光に包まれ祝福として描かれる倫理の裏返し、
『ゴーン・ガール』(2014)の、願望が支配へと変容していく背徳のモンタージュ、
『嫌われ松子の一生』(2006)の、転落の連続を“悲劇”ではなく甘美に見せてしまう世界線。
こうした映画が描いた“倫理の境界線”を、本作は別の角度から静かに踏み越えていきます。
インモラルとは、誰かを強く思うあまり人がふと越えてしまう境界線なのかもしれません。
そして今回、新境地とも呼べる南沙良さんの演技は、こうしたインモラルな質感を危うくも自然に体現しており、笑っていいのか恐れていいのか、それすらも映画から試されているような感覚になりました。
SNSで消費される「沼」「執着」「メンヘラ」という軽い言葉をはるかに超えた、もっと原始的で切実な“恋の歪み”がこの映画にはありました。
いろいろと、ずっとドキドキしました(笑)。
でも、いちばん怖いのはふとした瞬間、自分の中にも小さな“まがまが”が息をひそめていると気づいてしまうことです。
そこがすごいのです。
そして、それに気づくことこそ、この映画が放つ本当の戦慄なのだと思いました。
私たち観客は“いけない”と思いながらも、彼女の迷走に目を離せなくなります。
きっとこの映画の断片は、今後“執着”や“危うい恋”を語るときに思い出される場面として残るだろうと感じます。
人間のむき出しの姿を、恐ろしくもどこかユーモアたっぷりに切り取った作品です。
誰かを好きになることの尊さを描く映画は多いですが、もっとドロドロした部分を描いてくれている。「好きすぎる」って素敵なことだけじゃなくて、ちょっと恐怖でもあるのです。
そして発表された追加キャストも多彩な面々がそろいます。
前田旺志郎、アオイヤマダ、髙石あかり、九条ジョー、鈴木福、前原瑞樹、水島麻理奈、本島純政、平田敦子、平原テツ、斎藤工、田中麗奈…。
一人ひとりが「え?」と思うような斬新な佇まいを見せますが、見終えると常軌を逸した愛の迷宮を彩るのに“適材適所”だったと感じさせる絶妙なキャスティングでした。
たくさんの発見をしながら楽しんでほしい映画に出合ってしまいました。
早くも次回作が気になる監督が生まれた喜びを感じながら、試写を後にしました。
『禍禍女』
2026年2月6日(金)全国公開

監督:ゆりやんレトリィバァ
出演:南沙良
企画・プロデュース:髙橋大典(K2 Pictures)
脚本:内藤瑛亮
音楽: yonkey
配給: K2Pictures
HP:禍禍女 – K2 Pictures
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