映像2025.10.27

映画ソムリエ/東 紗友美の“もう試写った!” 第52回『みんな、おしゃべり!』

vol.52
映画ソムリエ
Sayumi Higashi
東 紗友美
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『みんな、おしゃべり!』

▶異文化やマイノリティの表現に関心のある人におすすめ

人間関係に悩みがちな人へ

言葉はあふれているのに、通じ合うことはどんどん難しくなっている気がする。
河合健監督の『みんな、おしゃべり!』は、そんな現代の言葉の渋滞に真正面から向き合う。
手話、日本語、クルド語。
三つの言語が交錯するこの物語は、私たちの社会の縮図そのものなのかもしれない。

河合健監督がこの映画の企画に向き合い始めたのは、今から十六年前だそう。
ろう者の両親を持つ自身の原点と向き合うことは、映画化の夢であると同時に、最も避けたい題材でもあったという。
その長い時間の果てに生まれた本作『みんな、おしゃべり!』は、「言葉の壁」というテーマを、手話や日本語、そしてクルド語までをも交錯させながら描き出す稀有な作品だ。

あらすじ
電器店を営むろう者の父と弟、そして聴者の娘・夏海。古賀家が暮らす街に、ある日クルド人一家が引っ越してくる。
些細なすれ違いから両者の間に対立が生まれ、通訳として奔走するのは、古賀家で唯一の聴者・夏海と、クルド人一家で唯一日本語を話せる青年・ヒワ。
言葉の橋渡しを担う二人はやがて惹かれ合っていくが、誤解と偏見の連鎖は深まり、弟・駿が描いた謎の文字が街を巻き込む騒動へと発展していく。

CODA(ろう者の親を持つ聴者の子)である河合監督は日本手話とクルド語、二つの「少数言語」を軸に、異なる文化を生きる人々がどうすれば本当に分かり合えるのかをこの映画を通して問いかける。

キャストはそれぞれ魅力的だった。
まず、登場人物と同じ第一言語を持つ人々が起用されている。
それぞれのキャストが持つ強いアイデンティティや、スケジュール調整の困難などからくる現場のカオスもまるごと監督は受け入れ、作品を作り上げたそう。
主人公・夏海を演じた長澤樹は、撮影前に実際のろう者家庭にホームステイし、音声言語を封じて手話だけで生活するという条件のもとで役づくりに臨んだのだとか。
その体験が、スクリーンに映る彼女の静かな眼差しや指先の緊張に確かな真実味を与えている。
演じるというより、生きることそのものが演技になっているようだった。

夏海の父役には、西日暮里のラーメン店「麺屋義」の店主でろう者の毛塚和義が抜擢された。
初演技ながら、彼が発する存在感と、父親の温度を宿した佇まいは、言葉を超えて心をつかむ。

役者陣がとにかく皆素晴らしかった!
また本作の特徴は、「違い」を悲劇ではなく喜劇として描こうとしている点にあると思う。
言語の違いから生まれる小さな衝突や、監督自身が抱えてきた違和感は、ここではユーモアという名のやさしい温度で包み込まれている。
人と人との距離を測りかねるぎこちなさ、伝えたいのに伝わらないもどかしさ。
それらを笑いに変えることで、映画は“わかりあえなさ”をそのまま肯定する。

アカデミー賞受賞作『Coda コーダ あいのうた』(2022)が「歌の力」で心をつなごうとしたなら、『みんな、おしゃべり!』は「伝わらなさ」の中にこそ人間らしさを見いだす。
言語マイノリティの物語を超えて、誰もが日常で経験するすれ違いや誤解の痛みと重なっていく。
そこにあるのは、他人を理解することの難しさ、そしてそれでもなお話そうとする希望だった。

タイトル「みんな、おしゃべり!」という響きには、明るさと皮肉の両方が宿っていたと考える。
一見すると陽気でフレンドリーな言葉だが、その裏には「聞こえない」「通じない」といった現実が潜んでいる。
“みんなおしゃべりしているのに、本当にはわかり合えていない”という痛みと、“それでも、もっと話したい”という願い。
この二重構造が、映画全体のリズムを形づくっている。 

小さな誤解が街全体を巻き込む騒動に発展していく展開は、まるで現代社会の縮図のようだ。
SNSやメディアの中で増幅していく声の渦。
けれど本作は、重さではなく笑いでそれを描く。
笑っているうちに、少しだけ心の壁が崩れていく。
そんな希望を感じさせる。

ラストシーンについて多くは語れないが、私は数ある映画のラストシーンの中でも特に心に残っている。ただひとつ言えるのは、そこにあるのは静かな希望だということ。
声や言葉が届かなくても、確かに何かが伝わったと感じられる瞬間。それは、観客の中にも「変化の種」が芽生えるような時間だ。

“ひとかけらの勇気”や“わずかなつながり”がもしかしたら明日を変えてくれるかもしれないと思わせてくれる力があれば観客だって救われる。
明るい未来への想像力に満ちたエンディングだった。
そしてその姿を見つめる観客もまた、“みんな、おしゃべり!”の一員になっていく。

結局のところ、この映画が描くのは「言葉が通じない世界で、それでも人はどう生きるのか」という問いであり、答えを押しつけるのではなく、観客に“おしゃべり”を促すつくりになっているのが秀逸だ。
話して、笑って、間違えて、また話そう。
違う言語、違う文化、違うリズムで。
その繰り返しの中にこそ、理解と共感の可能性があるのかもしれない。

マイノリティ映画の枠を軽やかに飛び越え、違いを人間讃歌へと変えてくれる一本。
タイトルが示すように、映画館を出たあともみんなでおしゃべりしたくなる。
完璧に伝わらなくても!

『みんな、おしゃべり!』
11月29日(金)より、ユーロスペース、シネマ・チュプキ・タバタ
ほか全国順次劇場公開

出演:⻑澤樹、⽑塚和義、福⽥凰希、ユードゥルム・フラット、Murat Çiçek、那須英彰、今井彰⼈、板橋駿⾕、⼩野花梨

監督:河合健/脚本:河合健、⼄⿊恭平、⽵浪春花 /プロデューサー:⼩澤秀平
ろうドラマトゥルク・演技コーチング:牧原依⾥ /⼿話指導:江副悟史 /ろう俳優コーディネート:廣川⿇⼦/
クルド表現監修:Vakkas Colak
企画・配給・製作プロダクション:GUM 株式会社
配給協⼒:Mou Pro. 助成:⽂化庁⽂化芸術振興費補助⾦(⽇本映画製作⽀援事業)|独⽴⾏政法⼈⽇本芸術⽂
化振興会

©2025 映画『みんな、 おしゃべり!』製作委員会

公式 HP:https://minna-oshaberi.com

プロフィール
映画ソムリエ
東 紗友美
映画ソムリエ。女性誌(『CLASSY.』、『sweet』、『旅色』他)他、連載多数。TV・ラジオ(文化放送)等での映画紹介や、不定期でTSUTAYAの棚展開も実施。映画イベントに登壇する他、舞台挨拶のMCなどもつとめる。映画ロケ地にまつわるトピックも得意分野で2021年GOTOトラベル主催の映画旅達人に選出される。 音声アプリVoicyで映画解説の配信中。 X(旧Twitter):@sayumisaaaan /Instagram:@higashisayumi

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