海、星、海の民 @The Showroom

Vol.155
アーティスト
Miyuki Kasahara
笠原 みゆき

The Showroom ロンドン中央、地下鉄エッジウェア・ロード駅から徒歩5分
下の階がギャラリー、上の階がディスカッションやワークショップなどのプロジェクトスペースになっている。

ピンクを基調とした鮮やかな色彩の壁画をもつこの建物は一体?こちらはThe Showroom, Gallery。現在の壁画はNassim Azarzarと地元のアラブ系コミュニティとの共同制作(2024−25)から生まれたもの。The Showroom は1983年に設立され、ロンドンにて40年以上にわたり、社会参加型現代アートのパイオニアとして知られる非営利美術ギャラリー。今回はグループ展「Oceanic Visions /Moana te kite 」をお伝えします。(モアナ・テ・カイトは同意のマオリ語)


Kavaka, 2025 John Pule

中に入るとそこは海の底!?オーシャンブルーの壁に海の泡のように白い文字で言葉が綴られています。


Kavaka, 2025 (details) John Pule

「フランス人に汚された太平洋に、どうして大切な愛を語れるの?」「汚された」でピンとくるのは核実験。1946年から1996年にかけて、アメリカ、イギリス、フランスは太平洋地域で少なくとも300個以上の核兵器を爆発させています。日本の遠洋マグロ漁船第五福竜丸も、1954年にアメリカがビキニ環礁で行った水爆実験に遭遇し、乗組員全員が被ばくしています。中でもフランスは1966年から1996年にかけて、ムルロア島とファンガタウファ島で大規模な核実験を行いその数はなんと193回。詩を書いたのは画家で詩人のJohn Puleで、ムルロア島の西、ニュジーランド領土のニウエ島出身。プーレは今回、詩集「Kavaka」を創作しました。これらの詩は、フィジー、ロツマ、ラウル、ラパ・ヌイ、トンガ、アオテアロア、ソロモン諸島、ハワイ、ニウエ、そして太平洋沿岸のその他の国々を旅した際に書かれたもの。詩は太平洋をさまよう言葉の波のように、会場のあちこちに浮かび上がり、そして消えていきます。


Oceanic Visions / Moana te kite 2025

手前にはウォーターベッド。その奥には花火のように光が弾ける映像。中央には星型に折られた布でできた海藻の森のようなインスタレーション。近づいてみます。


Matariki (2025)
In*ter*is*land Collective and members of UK Pacific diaspora

インスタレーション「マタリキ」は、9本の whetu (星) の紐でできてきます。whetu の紐それぞれは、西洋では牡牛座のプレアデス星団のマオリ語版、テ・カフイ・オ・マタリキの特定の星を表しています。In*ter*is*land Collectiveは、タガタ・モアナ (太平洋諸島、オセアニア人) のアーティスト、クリエイター、活動家による集団で、英国の太平洋諸島系移民のメンバーとともにこの作品を制作しています。

マタリキは太平洋全域で祝われる、6月下旬から7月上旬にかけて初めて昇る日を祝う祭りで、マオリ暦では、この昇る日が新年の始まりとなっています。前年にポフツカワ星の領域へ旅立ったすべての人々を偲び、タイアオ (自然界) からの贈り物に感謝を捧げて新年の到来を祝います。ワイティは淡水域とそこに含まれるすべての食物の星、ワイタは海とそれがもたらす食物の星、ワイプナ・ア・ランギは降雨の星、トゥプ・ア・ヌクは、大地に育ち収穫される全てのものの星。トゥプ・ア・ランギは、果物、ベリー、鳥、そして木々に育つ全てのものの星。ウルランギは風の星。ヒワイ・テ・ランギは願いを叶える星、そしてマタリキは人々の健康と幸福の星。


Digital Ocean (2020) Mana Moana Collective

さて、手前のウォーターベッドに座ってみます。ヒヤリと冷たい波の上に座ったような感触のウォーターベッド。そこにはゲームコントローラーが置かれ、その右手向かいの壁には海と星そして島々に伝わる神話を交えたようなデジタル映像が映し出され、コントローラーで操作できるようになっています。先住民の視点、知識、物語を通して、海、気候変動、テクノロジーとの関係を探ります。このDigital Ocean プロジェクトには、Mana Moana Collectiveの20名以上のマオリとオセアニアのアーティストが参加しています。


Protest banner for West Papua (2024) Momoe i manu ae ala atea’e Tasker

その先のコーナーに展示されていたのは抗議旗。その縁はHiapoと呼ばれるニウエ島美術の伝統的パターンが描かれ、中央には西パプアの国旗であるモーニングスター旗。そして大きく「FREE WEST PAPUA」の文字が目に飛び込んできます。

Momoe i manu ae ala atea’e Tasker(サモア/中国/英国人)は、アオテアロア(マオリ語) /ニュージーランド 生まれ、ロンドン育ち。モモエは、「タンガタ・モアナ、タンガタ・ウェヌア、そして太平洋の民として、西パプアの人々の自決権を求めて闘う家族と連帯し、モーニングスター旗を掲げます」と記しています。

植民地主義への抵抗と主権獲得のための闘争は、本展に出展するアーティストたちの強い潮流となっています。かつてオランダ領ニューギニアの植民地であった西パプアですが、歴史的にドイツ、オーストラリア、日本、そしてアメリカが次々と西パプアとその豊富な天然資源を支配しようと試みました。その後、1963年にインドネシアが物議を醸しながら支配権を握りました。パプアニューギニアからの独立を模索し続けている西パプアはそれ以来、内戦により数万人が避難を余儀なくされ、数十万人が命を落としています。


Hyena Lullaby (2020) Taloi Havini and Michael Toisuta

その隣の映像をみてみます。映し出されていたのはサンゴ礁。


Hyena Lullaby (2020) Taloi Havini and Michael Toisuta

花火のように光が弾けるように見えた映像はサンゴの大量産卵の映像!多くのサンゴ種は産卵、つまり卵子と精子を放出するプロセスを満月と同期させています。製作者のTaloi Haviniはブーゲンビル島のナカス族出身。ナカス族の人々が Hyena(ハイエナ)と呼ぶ、サンゴの大量産卵そして気候変動によるサンゴの白化とを通して、サンゴの衰退と自己再生という海中の現象を探求しています。現在サンゴ礁は驚くべき速さで死滅しており、緊急の対策を取らなければ2050年までに70~90%が失われる可能性があると推定されています。タイトルの一部の「Lullaby」とは子守唄。映像の中で歌っていたのはナカス族の長老。気候変動による海面上昇はまた、南太平洋の多くの島々の存在を脅かしており、すでに消滅寸前の島々もあれば、差し迫った浸水に直面する島々もあります。消えていくサンゴ礁と島々。サンゴと先住民族の嘆きが重なります。

プロフィール
アーティスト
笠原 みゆき
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。 Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。
ウェブサイト:http://www.miyukikasahara.com/

日本中のクリエイターを応援するメディアクリエイターズステーションをフォロー!

TOP