「仕事場になんか、本当に行きたくない」

Vol.192
CMプロデューサー
Hikaru Sakuragi
櫻木 光

ある夜、漠然とテレビを見ていたら

お笑いや役者の人が酒を飲みながらテーマに沿って

言いたいことを言い合うと言う番組をやっていて

他のことをしながら出演者のやりとりを聞いていたら

興味深いテーマで話が進展していったので思わず見入っちゃいました。

 

子役からキャリアの長い、名優と言われる俳優、吉岡秀隆が

 

「仕事場になんか、本当に行きたくない」

仕事に対するモチベーションが全く上がらない。

次(の作品)に行くときに、「また同じ苦労をする」

「それ以上じゃないと超えられないと思うから。年齢もあるし、上手くできないとか思うと…。」

と他の出演者に、仕事へのモチベーションの高め方を聞いていました。

皆さん、そう言うこととどう向き合っているんですか?と。

 

数人がいろいろ言った後に、司会の松本人志がそれに対してこう答えました。

「仕事は、旅行みたいなもので。僕、旅行って、あまりテンション上がらないんですよ。心配事も多いし。

 事件や事故の不安の方が多くて、旅行中もそんなに楽しくない。

 でも、帰ってから振り返ると「楽しかったな」と思えるって、あるじゃないですか。

 仕事っていうか作品づくりって、それに近いような気がするんですよ」

松本人志ってすごいこと言うなあ。と思いました。まさにそうだと思ったからです。僕も。

この場合、この人たちは仕事が嫌だと言っているわけではないんです。

 

確かに旅行と仕事はとても良く似ている。

僕にとっての旅行は人数が少ないだけで、身についたロケの心配事みたいなことをいつも考えてしまって、

個人的な休みなはずの旅行もいつも憂鬱な気分は抜けないものです。

ハワイにロケに行くのも旅行に行くのも心配事の度合いや心配事の数は変わらないなあと、

休みで旅行に行く時に思った事があります。これじゃ仕事と変わんねえじゃねえか。と。

飛行機に乗り遅れないか心配。飛行機が墜落しないか心配。保険に入るべきか?お金が足りなくならないか心配。入国の書類に不備がないか心配。泥棒に遭わないか?事故に遭わないか?心配。コロナが心配。天気が心配。メガネが壊れたらどうしよう?ちゃんと思ったような店でご飯が食べられるか?予約は取れるのか?道に迷わないか?お腹痛くならないか?時差で調子が狂わないか?一緒に行く人が楽しんでくれるか?ホテルの外で酒飲んでちゃんとホテルに帰れるか?パスポート無くしちゃったり、チケットが違ったり。帰りの日に寝坊して帰れなくならないか?飛行機がちゃんと飛ぶだろうか?とかとか

旅行に行くにも、いつものような心配をするし、それに対しての対策も、できることはしなければ気が済まない。

自分の性格がそうなのか、仕事がしみついちゃったのかよくわからないけど、

旅行もロケも基本的には心の中では本当は行きたくない。行かない方が心は平安だからだ。

自分の心配事が一番めんどくさい。何にも考えないでついてくるだけで無邪気に楽しめる人になってみたい。

 

制作の頃、ホテルで「部屋のトイレの紙が少ないからフロントに言ってくれ」と言う人がいたけど、

「自分で言えやそれくらい」と言ったらめちゃめちゃ叱られた事があるが、

あんまり無邪気な人と行くロケなんかはたまに対象者をぶん殴りたくなるものだ。

かといって自分より心配性な人がいるとそれもめんどくさくて迷惑なんだけど。なんで俺だけいつもこうなんだよ。

 

何も問題がなかった時の、成田空港から帰りのリムジンバスや羽田からのモノレールに乗ったくらいで

やっと安心できるのが僕の旅行。

そのバスの中で道中での楽しかったことをやっと思い出せる。

だから空港からのかえりの乗り物に乗るのがいつも唯一の心の安らぎだったりする。

そしてこのリムジンバスが無事に最寄りの恵比寿のウエスティンに到着するのを祈ってたりする。

 

それは仕事に本当に似ている。

旅行ですらこうなんだから仕事で楽しめることなんか本当にないんだ。

モチベーションなんか上がってるわけねえじゃねえか。

強いて言えば、一つのロケの中で、やらなければいけないことを一つ一つクリアされていくごとに

気持ちが軽くなっていくのだけが楽しみかもしれない。

 

結局憂鬱の解消法は、きついと思ったら走るしかないんだ。こなすしかない。仕事なんだから。

有名な俳優ですら、そう言うことを感じながら仕事に向かうんだなあ。

その気持ちをお笑いの芸人も理解してるんだなあ。いい話だなあこれ。と思いました。救われた気がしたんです。

コレ、若い人たちも見てればいいなあ。

おじさんたちも、さも慣れたような顔してふんぞり返ってるけど、ロケだけじゃなくて仕事の場に行くのは憂鬱なんだよ。

その日に起こるアクシデントが想像できるからどうやったらそうならないかを一生懸命考えてるし、その準備もするんだよ。

経験不足感の否めない若者だけが心配事を抱えて心が潰れそうになっているわけじゃないんだ。

責任の重い方が辛いんだよ。と思いました。

そう思ってないおじさんやワクワクしかない若者はただの無神経で、

それでも問題が起きない時も多いから、本当は心配のしすぎかもしれないと思うのですが。最近は。

 

松本人志のその旅行の話を聞いた俳優は、その話が腑に落ちたようで明るくなり、

そういえば高倉健さんも同じことをおっしゃっていました。と。

「作品づくりは旅に出るようなものだから、旅に行くなら信頼できる連中と行かないと事故が起こる」って。

「帰ってきたら、それで終わるんだから」って。

高倉健さんでもそんな心配と戦っていたんだとすると、どこまでいってもこういうことは憂鬱なんだな。

じゃあいいやと思うしかないよね。と思いました。

この話は、誰しもがやりたい事を仕事にしているわけじゃないんだ。とか、

食わなきゃいけないから仕事は嫌でもやるしかないじゃないですか?仕事は嫌々やるもんだ。

という話とは少し違う。

仕事に対して他人から期待されている人の憂鬱の話だと思うのです。

いろんなものを背負って真剣に仕事に向き合えば向き合うほど不安や憂鬱の度合いは増す。と言う話。

実は何の仕事もそうなんだと思うのです。プロならば。

せっかくの旅行だから何も問題や嫌な事がないように過ごしたいと思うと、全然楽しくなくなるんだけど、

結果その心配に救われて楽しい思い出になっているだけかもしれない。

逆から考えて仕事もいつもそうなってほしいと思うのです。

 

スポーツで言うとボクシングの選手なんかが同じ心境なんじゃないかなあと思いました。なんとなく。

それで同じ週に、モンスター井上尚弥の世界戦の日があり、元世界チャンピオンの長谷川穂積がインタビュアーとして、

4団体統一チャンピオンになったモンスター井上尚弥に聞きました。

「俺がチャンプの時は試合の前日は心配で心配で眠れなかったんだけど、尚弥もそんな事があるの?」と。

井上尚弥は、

「あ、ありますよ。眠れない事。明日試合かと思うと遠足の前の日みたいな気分でワクワクして眠れない事があります。」と。

モンスターはモンスター過ぎて参考になリません。たまにそう言う人もいて羨ましい。

と思うんだけど、実はもうやる事がないというくらいの準備をしてしまくって試合以外やる事がなくなって

不安が楽しみになっちゃう。という状態なのかもしれない。超越。

プロフィール
CMプロデューサー
櫻木 光
プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが、矢面に立つのは当たり前と仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。

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