フィクションとして組み上げていくリアル、舞台「原爆は京都に落とされるはずだった」
舞台「原爆は広島に落とされるはずだった」(撮影:姫田蘭)
原子力爆弾が投下される候補都市の中に、広島、長崎以外に小倉など数都市が入っていたことはよく知られているが、京都が最終段階の直前まで候補の中に入っていたことは、誰もが知っていたというわけではない。私は新聞記者だったので、学者や研究者の間では、その説が有力になっていることは知っていたが、そのことについて具体的に取材をする機会がなかったので、その説が真実である可能性について断定的なことを言える立場にはない。しかし、あまり知られていない理由の一つに、「京都の文化的・歴史的価値を理由に、投下候補から外すべきだとする意見が米国内にあったとされている。」という美談めいた話が多くの日本国民に流布されていることが影響している可能性はある。何が本当で何があいまいな情報なのか、永遠に突き詰め続けるべきテーマだろう。劇作家・演出家の坂手洋二が率いる社会派劇団「燐光群(りんこうぐん)」は今年2026年10月から11月にかけて、このテーマを取り上げ、舞台「原爆は京都に落とされるはずだった」として上演。京都に原爆が落とされる可能性があったことを知っている人にも、知らなかった人にも大きな衝撃を与えた。
物語はある劇団が、京都に所在する大学の有名な講堂で、同じタイトルの舞台を上演しようとするところから始まる。
燐光群は演劇の新しい手法を常に追究している劇団だけあって、「京都が原爆投下の候補地だった」ということについてさまざまな角度から考察していく斬新な構成になっている。 投下の何年も前からの米国の動き、大統領ら政権首脳の考え方の変化、米軍の中でさまざまな考え方が時に優勢になり、全体の流れに影響を与えていく過程などが緊張感をもって舞台上に表現されていく。
さまざまな要素を設定してゲームシミュレーションのように検証していく現代的な方法も取り入れられている。そこでは意外な要素が決定打となることも示される。
リアルな現実をフィクションとして組み上げていく気の遠くなるような作業が少しずつかたちになっていく。
もちろん、ここで描かれたことや言及されたことがすべて事実、真実であるとはとても言い切れないが、戦後の研究や証言で明らかになったことや、公文書の開示で判明したことなどが次々と台詞に取り込まれていく。
おびただしい情報量。まるで渦の中に巻き込まれたように、問題の中心へと近づいていく。
投下候補地は、適度な広さを持ち、一定の人口を持つなど数字で言い表される現実的な指標である程度は選び出される。しかしそれ以降は、日本の国民性や地域の特色など複雑な要素が掛け合わされて導き出される。
そうした中で観客が強く感じるのは、「日本にはいくつもチャンスがあった」ということ。ここで降伏していれば、ここで強く出なければ、ここで交渉に応じていれば…。今となってはむなしいばかりだが、あわせて約20万人を超える犠牲者を出した広島・長崎の悲惨な歴史は避けられたのではないかということだ。
そして、米国が候補地を選定するにあたって重要視したのは、投下したことでいかに効果をあげられるか、いかに原爆の威力を正しく判定できるかである。かつての首都で寺社や美術などの文化財が多く、文化人や知識人が多く居住していることは京都の絶対的な特徴だが、米軍はそこに投下することで、原爆の威力を科学的に理解することができるインテリ層が国や軍部に終戦を進言するようになるのではないか、美しい景色や建造物などが無残にも破壊され尽くすことで日本人に大きな心理的影響を与えられるのではないか、と米国が考えていたことが読み取れる。
戦争中とはいえ、なんと冷酷で冷静なことか。京都への投下は、実質的な狙いと共に心理的な意味合いがあったのである。
おそらくこの作品が伝えたいことのひとつに、「京都は実は危なかった」という歴史のもしもではなく、ある程度の大きさの都市であれば、どこにでも投下される可能性があったということがあるのだろう。悲劇に思いを寄せるだけではなく、自分ごととして考えられるのか。
いつまでも考え続けたいテーマだ。
写真は、舞台「原爆は京都に落とされるはずだった」の一場面(撮影:姫田蘭)
舞台「原爆は京都に落とされるはずだった」は2026年10月25日〜11月10日に東京・下北沢のザ・スズナリで、11月18~19日に大阪府吹田市の吹田市文化会館メイシアター 中ホールで、11月21~22日に岡山県岡山市の 岡山芸術創造劇場ハレノワ 小劇場で上演される。







