映像2026.09.16

「出会わなかったはずのものと出会う場所をつくりたい」河瀨直美が語る。なら国際映画祭と若きクリエイターへの思い

奈良
なら国際映画祭 エグゼクティブディレクター
Naomi Kawase
河瀨直美

 

世界的な映画監督として活躍する河瀨直美さんは、生まれ育った奈良を拠点に活動している。奈良の平城遷都1300年となる2010年に、「なら国際映画祭」を立ち上げ、若手映像作家の育成にも力を注いできた。今年(2026年)、2年に1回開催される映画祭は、第9回を迎えた。映画祭ではエグゼクティブディレクターとして陣頭指揮を執りながら、若手監督と共に映画制作をおこなってきた。

河瀨さんにとって映画祭を続ける意味とは何か。若い才能に求めるものとは何か。そして千年先を見据えているという映画祭の未来とは。河瀨さんに伺った。

 

映画祭は「出会わなかったはずのもの」と出会う場所

「なら国際映画祭」について伺います。エグゼクティブディレクターとは、どのような仕事を担われているのでしょうか。

なにからなにまでですね。お金集めから上映作品のプログラミング、登壇者のブッキングまで多岐に渡ります。作品の審査には最終段階で私も関わります。

映画祭の運営スタッフは何人くらいいるのですか?


皆さんもっと大人数と思われるようですが、中心スタッフは10人ほどです。

9回続けてきた中で、特に手応えや喜びを感じる瞬間はありますか。

映画祭に応募してくれた学生がゴールデンコジカ賞を取った後、カンヌの学生部門「ラ・シネフ」にノミネートされたり、映画監督として劇場公開までたどり着いたりする姿を見るときですね。映画祭に参加した若い人たちが、自分たちの道を歩き始める。そういう瞬間は本当にうれしいです。映画祭とともに成長していく人たちがいることが、一番の喜びかもしれません。

河瀨さんにとって、映画祭とはどのような存在でしょうか。


私は映画祭って、「出会わなかったはずのものと出会う場所」だと思っているんです。イスラエルとパレスチナはずっと紛争というか戦争のような形が続いているわけですけど、以前、イスラエルとパレスチナの監督が共同制作した作品を奈良で上映した時、上映後ロビーで普通のおばちゃんが「あんた、すごいのいっぱい見たで!」と興奮して話しているのを聞いた時、ああ、この人は出会わなかったはずの世界と出会ったんだなと思ったんです。それは日本では劇場公開はされていない作品で、「なら国際映画祭」でしか観られなかった作品なんですよね。

河瀨監督ご自身も、映画祭によって世界へ羽ばたいた一人ですよね。


そうです。私も映画祭で発見された監督で、まさか国境を越えて自分の映画が上映されるなんて思いませんでした。その時、「映画って国境を越えるんだ!素晴らしいな」と思ったんですよ。

国境を超えるには字幕をつけないと見てもらえないという壁があり、字幕をつけても字幕だけでは100%伝わらないんです。それでも感じていただけている何かがあると思っているんです。だから、私たちの映画祭では、学生部門にもすべての日本語字幕をつけて上映することを必須にしているんです。

 

若手クリエイターに必要なのは「諦めの悪さ」


なら国際映画祭の若手映画作家育成プロジェクト「NARAtive Jr.」第4弾として製作された『袖ふきかへしても』(英題:What Remains in the Wind)

 

「なら国際映画祭」の学生映画コンペティション部門「NARA-wave」で最高賞の「ゴールデンKOJIKA賞(金の小鹿賞)」を受賞すると、奈良をロケーションにプロのスタッフと共に短編作品の撮影が出来るという若手育成プロジェクトがあります。河瀨さんはスタッフとして、現場に入って、若手監督と映画を作って来られたそうですね。若手の才能と数多く出会ってこられたと思いますが、どんな人に惹かれますか。


“諦めが悪い人”が好きです。諦めが悪いっていうのは、諦めないで続けていること。困難なことがあっても辞めないで、いつまでも食らいついてくるような感じの人はやっぱり違うんです。

今回の若手育成プロジェクトから誕生した短編映画『袖ふきかへしても』を手掛けた20歳の梅本侑伽監督についても、そうした印象をうけたのでしょうか。


彼女も諦めない人でした。現場でサポートする周りの大人たちはプロの世界で活躍するクリエイター。その中で自分の意見を言う瞬間があったんですね。それは、彼女が大きく目の前に立ちはだかった壁を越えた瞬間だったんじゃないかな。若手とはいえ、彼女は監督であり、一人のクリエイター。 技術者も同じくクリエイターで、そこは対等なんです。

先ほど行われた会見で、河瀨さんは「大人は手を貸さない」と言われていましたが、若手の監督に向かい合う時に、そう決めたのはどういう理由ですか?

手を貸さないのではなくて、手を出さないというか、見守る。一緒に映画を作ってますから、「手を貸す」という言い方がそもそもおかしくて、彼女は監督であり、一人のクリエイター。 技術者も同じくクリエイターだとすると、そこは対等なんです。けれども20歳っていうだけで、大人は下に見てしまいますよね。それをしちゃいけないってことなんですよ。私たちの少し後に生まれただけの人なんです。対等であるっていうことが大人たちにも試されているんですよね。そして彼女がやりたいことは彼女の中にある。だから私たちスタッフは、彼女の中にあるその本質を一緒に考えることが大切なんです。なぜそう思うのか、と対話するんです。私はこう思うけど、あなたはどう思う?という対話を重ねる。そのやり取りの中で気づいていくことがあると思います。

アドバイスしたくなる瞬間ってありませんでしたか?


いやいや、私そんな偉くないんで。私が教えられることはない。彼女がやりたいことがそこにあるってことだから。アドバイスではなく、対話はすると思います。こっちから撮るとこういうふうになると思うんだけど、 それはどう思う?みたいな。それは口出ししてるんじゃなくて、自分の意見を言っているってことで、多くの人たちと映画を作ることは、年齢がどうとか、立場がどうとかを超えて、真ん中にある映画を作るということに自分の意見を積んでいくという話だと思うんですよね。

 

「なら国際映画祭」の未来、千年続く映画祭を目指して

奈良県明日香村が世界遺産に登録されました。奈良の魅力を意識し始めたのはいつ頃でしたか。


映画を撮り始めてからですね。子どもの頃から、奈良の自然や歴史が当たり前にあったんです。当たり前すぎて、恵まれた環境に気が付きませんでした。奈良では鹿は春日大社の神の遣いだと言われてます。奈良は鹿が街を自由に歩いてる、柵もなく境界線もない街。すごいなと思います。

映画を作り始めた頃にカメラを通して映るものを見た時に、自分が生まれ育った環境がいかに豊かかということがわかりました。映画は客観視することなので。

「なら国際映画祭」の未来は、この先どこまでみえているのですか?


千年後まで見えています。奈良の大仏さまは1300年前に建立されて、今でも私たちは見ることができる。変わらないもののお手本が奈良にはあるんです。今は理事長をやっていますが、できれば誰かに譲りたい。最初からそう考えています。“河瀨の映画祭”では続いていかない。みんなの映画祭でなければ千年は続かないんです。

映画監督として描きたいものは自分の中にある


『袖ふきかへしても』撮影現場。キャスト陣と河瀨直美監督。

映画監督でありながら、映画祭のエグゼクティブディレクター、他の作品に俳優として出演するなど、いろいろな立場で仕事をしていらっしゃいますが、スケジュールや時間の分け方はどうなっているのですか?


仕事を特に分けてなくて、いただいている仕事には役割みたいなものがあって、その役割はちゃんと全うしたいなっていうところからやっています。年齢とともにだんだん役割が多岐にわたってきてしまっているので、ちょっと映画を作るまでの期間が長くなってしまっています。 映画を作る自分に、少し戻していきたいなと思っているところなんです。映画祭に関してはライフワークとしてやってます。

世界中のさまざまな作品に触れる機会が多いと思いますが、他の監督の作品から影響を受けることはありますか?


他人の作品から影響や刺激をうけることはあんまりないです。自分の描きたいものはもう自分の中にあるので。他人の作品を観すぎて、あそこでも描かれていた、ここでも描かれていたって自分のオリジナルを作れなくなって、撮れなくなっている助監督がたくさんいるんです。私はそもそも他人の作品を観ないというのもあるし、知らないから、映画を作れているのかもしれないなと思っています。私が表現したいものは、体験したことがベースになっています。自分を見つめる作業をとことんまでして、自分が本当に描きたいものを、心を開いて形にしていくことが大切だと思います。

 

映像やクリエイティブの世界を目指す若者へメッセージ


『袖ふきかへしても』撮影現場。河瀨直美監督と制作スタッフ陣。

最後に、クリエイティブの世界を目指す若手クリエイターに向けてメッセージをお願いします。

自分にしかできないことをやり続けてください。流行や成功例を追いかけるのではなく、まずは自分と向き合って、自分が何者であるのか、何になりたいのかを発見すること。そして、その形に向かって全力疾走することだと思います。


 

 

映画祭も映画も、出会わなかった世界と出会い、見過ごされてきた声に光を当てる。そして、自分自身と向き合うきっかけが生まれる。
河瀨さんが目指しているのは、単なる映画祭ではなく、人と人、人と世界をつなぐ場なのかもしれない。

「なら国際映画祭」には、上映作品の監督が全員、参加する。映画祭は、作り手と直接話せる貴重な機会だ。シルバーウィークはぜひ、奈良へ行って映画祭に参加してみてはどうだろうか。

 

取材日:2026年9月4日 ライター:Kiyori Matsumoto

なら国際映画祭 2026

開催概要
開催日:2026年9月19日(土)~23日(水・祝)
開催場所:奈良県奈良市 奈良市ならまちセンター市民ホール・多目的ホール / 奈良公園バスターミナルレクチャーホール / 東大寺総合文化センター金鐘ホール / 春日大社 感謝・共生の館など

 

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