エッセイを書いてみたら3か月で終わったこと
私は文章を書くことが好きだ。クリエイターズアイでは2019年からお世話になっており、毎月のびのびと書かせて頂いている。
長く文章を書くことをしてきたが、日常を切り取ったエッセイというものは書いたことがなかった。ブログで日本文化やデザインについて発信したりSNSでWEB関連の技術的なことを発信したことはある。
しかしエッセイはなかった。そもそもエッセイって何?ってところなのだが、例えば「友人とコーヒーを飲んでいる時の会話から生まれた気づき」とか、独自の経験を面白味のある切り口で発信しているものはエッセイだと思っている。日記に近くもあるが、読者に考える余白や、リアクションの余地を残しているものがエッセイと考えている。
そこで私は今年noteでエッセイ専用のアカウントを作った。noteは毎年、創作大賞というコンテストを開催している。エッセイを始め、各種小説や漫画などクリエイターが自由に応募できる仕組みとなっている。
創作大賞に応募するという名目でモチベーションを保ちつつ、週2回くらいのペースで自由にエッセイを書き綴っていた。
異国の地で現地の人たちに囲まれて絶体絶命を感じた冒険譚。
就職活動の面接で「弊社の悪いところを教えてください」の質問にマジダメ出しをして地獄の空気になった事。
靴屋さんで足のサイズを測定してもらったら自分が思っていたより1㎝も大きくて、それならと1㎝大きい靴を買ったらブカブカで「ブカブカやないかい」と一人ツッコミした話などを意気揚々と書いていた。
エッセイではクスッと笑ってもらえるような文章を心がけていた。1か月経ち、2か月経ち…毎回コメントをくれる人が現れ、いいねも増えてきた。エッセイ向いているんじゃないか!?なんてうぬぼれそうになった3か月目の終わりごろ。
ある記事にいいねが付いた。知らないアカウントだなと思い、何気なくその人のプロフィールを見た。
知り合いだった。というか身内だった。
ご丁寧にどう見ても身内だというプロフィールを掲げており、見た瞬間息が止まった。
友達同士でこそこそ交換日記をするのが楽しいのに、お父さんに読まれたらそれは地獄でしかない。そんな感情になった。世界中に公開しておきながら。
考えが浅かった。
エッセイの難しい所はエピソードトークが多いため、知り合いが見たら身バレしやすいところである。
他人が見たらクスッと笑える誰かの失敗談も、身内が見たらただの恥である。
こうして一気にモチベーションが急降下してしまい、更新は止まった。
どんな人がエッセイ大賞を獲るのか知りたいのでアカウントは残してあるが、まだ動かす予定はない。
最近購入したエッセイ達も、経験談がベースになっているものが多い。というかほとんどそうだ。エッセイストの皆さんはリスクを背負いながら綴っているんだなあとしみじみ思ったのだった。私にはメンタルの面でまだ早かった。でも楽しかったからまたどこかでこっそり再開できたら良いのにというジレンマを抱えている。







