小説、映画、舞台と派生するたび増幅する恐怖と甘美さ、ミュージカル「レベッカ」

東京
エンタメ批評家・インタビュアー・ライター・MC
これだから演劇鑑賞はやめられない
阪 清和

ミュージカル「レベッカ」の一場面。明日海りお(写真提供・東宝演劇部)

レベッカ。それは少し古めかしいが、欧米で女性に名付けられる一般的な名前。とは言え、私にとってそれはアルフレッド・ヒッチコック監督が米国に活動の場を移した後の最初の映画『レベッカ』の中で、物語の舞台となった英国南西部のコーンウェルにあると設定された大邸宅「マンダレイ」や海辺一帯に響く悲しみに満ちた声だった。1940年の公開でアカデミー賞の作品賞を受賞しているが、日本では戦後の混乱から1951年に公開。私は1970年代になってからテレビで初めて観た記憶があるが、映画を観終わった後も、いつまでも耳の奥に残り続ける「声」となった。もともとはダフニ・デュ・モーリエが1938年に発表した小説が原作だが、サスペンスのマエストロであるヒッチコックが、その目に見えない恐怖の緊張感とボルテージを何倍にも増幅させた名作映画のインパクトがあまりにも大きかったのだ。

第一、レベッカとは物語の主人公の名前ではない。この大邸宅を所有している大金持ちの貴族、マキシム・ド・ウィンターの前妻の名前。しかもレベッカは1年前に、ヨットで海に出て行方不明になり、流れ着いた死体をマキシムが確認して死亡が確定していた。モンテカルロのホテルでお金持ちの夫人の付き人をしている時にマキシムに見初められて結婚した新しい妻(名前は示されず「わたし」と呼ばれる)こそが主人公で、彼女を迎えるマンダレイにはあちこちにレベッカの残り香が漂い、使用人たちの心の中には思慕の想いが残る。この世にいないはずなのに、圧倒的な存在感を醸し出している。 しかし、これは亡霊や超常現象の物語ではない。レベッカという死なない存在感の圧迫や、ヨット事故の真相をめぐる謎解き、試される愛、女性の自立と成長などが絡み合う心理劇。それがオーストリア・ウィーンで2006年にミュージカル化され、この稀有な物語はさらに甘美な雰囲気を纏うことになった。しかも、脚本はミヒャエル・クンツェ、作曲はシルヴェスター・リーヴァイという、「エリザベート」「モーツァルト!」に代表される大ヒットミュージカルを生み出した黄金コンビだ。
2008年には早くも日本初演。チケットの完売が続くなどファンの反応も良く、再演が繰り返されてきたが、今年は7年ぶりに4回目の上演が行われている。

今回はキャスティングを一新した。「わたし」役には若手有望株の豊原江理佳と元宝塚歌劇雪組トップ娘役の朝月希和を、レベッカ付きの使用人で今も使用人頭として邸宅を取り仕切っているダンヴァース夫人役に宝塚退団後いっそう人気に磨きをかけた明日海りおと霧矢大夢を起用。マキシム役を日本のミュージカル界を中央で支える海宝直人が務めている。 このように並べてみてあらためて気付くのは、誰もが演技に定評のある俳優であること。心理劇だからこそのせりふの表現力や歌唱の繊細さが何よりも要求されるのだ。

レベッカの死の真相など謎解きの詳細を明かすわけにはいかないが、観客が鑑賞中に何よりも感じるのが緊張感。お金持ちの価値観になじめない庶民的な自分に対する自信がまったく持てない「わたし」がいつつぶれてしまうのか、観客は目が離せなくなってくる。 才色兼備で英国の社交界の中心人物だったらしいレベッカの奔放できらきらした評判に気おされる「わたし」にあてつけるように、邸宅中の家具調度品をレベッカの存命中のまま残しているなど、「ここはお前が来るところではない」という無言の圧力をかけ続けてくるのだ。
その中心にいるのは、レベッカの死後も信奉ぶりが変わらないダンヴァース夫人。信仰とまで言っていいほどの執着を見せる。歌唱によってその思いの深さを表現するミュージカルナンバーでは、劇場全体が狂おしいまでの雰囲気に包まれ、雷に打たれたように固まってしまう観客の姿もあるほど。彼女は今も心の中のレベッカに従い続けている。いや、彼女にとっては、レベッカは生き続けているのだ。
「わたし」、そしてレベッカの幻影、ダンヴァース夫人、マキシムという4つの「主人公」が織りなす、核となる物語の構造を作ったモーリエの功績が最も大きいが、映画、ミュージカルと作品が派生する中で、それぞれの表現方法を最大限使って、その関係性をより複雑化し、練り上げていったクリエイターたちの不断の努力がここに結実しているのである。特にミュージカルは恐怖が何よりもリアルに迫ってくる。

ミュージカル「レベッカ」は2026年7月10~12日に福岡市の博多座で、17~19日に大阪市の梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで、24~26日に名古屋市の御園座で、8月1~2日に東京・北千住のシアター1010で上演される。それらに先立って、2026年5月6日~6月30日に東京・日比谷のシアタークリエで上演された東京公演はすべて終了しています。

 

プロフィール
エンタメ批評家・インタビュアー・ライター・MC
阪 清和
共同通信社で記者として従事した31年間のうち約18年は文化部でエンタメ各分野を幅広く担当。2014年にエンタメ批評家・インタビュアー、ライター、編集者として独立し、ウェブ・雑誌・週刊誌・パンフレット・ガイドブック・広告媒体・新聞・テレビ・ラジオなどで映画・演劇・ドラマ・音楽・漫画・アート・旅・食・メディア広報戦略に関する批評・インタビュー・ニュース・コラム・解説などを執筆中です。雑誌・新聞などの出版物でのコメンタリーや、ミュージカルなどエンタメ全般に関するテレビなどでのコメント出演、パンフ編集、大手メディアの番組データベース構築支援、公式ガイドブック編集、メディア向けリリース執筆、イベント司会・ナビゲート、作品審査(ミュージカル・ベストテン)・優秀作品選出も手掛け、一般企業のプレスリリース執筆や顧客インタビュー、メディア戦略や広報戦略、文章表現のコンサルティングも。日本レコード大賞、上方漫才大賞ATPテレビ記者賞、FNSドキュメンタリー大賞の元審査員。活動拠点は東京・代官山。Facebookページはフォロワー1万人。noteでは「先週最も多く読まれた記事」に26回、「先月最も多く読まれた記事」に5回選出。ほぼ毎日数回更新のブログはこちら(http://blog.livedoor.jp/andyhouse777/)。noteの専用ページ「阪 清和 note」は(https://note.com/sevenhearts)

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