AI vs クリエイターの私 ~その技術、敵か、味方か~ 第3話その6
ざっくり言って前回までのあらすじ。
私の文章を生成AIに学習させた上でそれぞれに文章を生成させ、そして互いの文章を評価させたら面白いことになるんじゃ?
さぁAIの皆さん、バトルロワイアルの始まりです。
Chat GPTさん、Google Geminiさん、Grokさん、私になって、私と戦ってください。
あーっはっはっは!あーっはっはっはっは!
……人の心とかないんか? というツッコミはさておき。
前回はクリステの過去投稿を読み込ませ、生成AIが再現した岩崎の文章を作成しました。
どれも私っぽいけど、私っぽくない……。
なんか背中がゾワゾワしますが、とりあえず材料は整いました。
いよいよ、AIに本物と自分以外のAIの文章を読ませ、どれが本物が書いた文章か当ててもらいます。
盛り上がってきたところで残念なお知らせです。
Grokが不調で、プロンプトを入力しても「回線が混んでます」という表示ばかりで読み込めなくなりました。
課金すれば解消されるとのことですが……残念ながら、Grokには今回の試合からは離脱してもらい、調子が良くなったらエキシビジョンマッチをお願いしようかなと思っております(?)
残るChat GPTとGoogle Geminiに、まず以下のプロンプトを作成して、各記事を1件ずつ入力して分析してもらいました。Grokが作成した文章は2番目、私が書いた文章は3番目にしました。
「あなたには今から3つの文章を読んでもらいます。いずれも今あなたに書いてもらった文章と同じテーマで、岩崎あるいは岩崎の文章を学習した生成AIが作成したものです。」
そして、
「今読んでもらった文章で、生成AIではなく人間の(本物の)岩崎が書いた文章はどれだと思うか?理由と根拠も提示してほしい。正解を導き出すことが目的ではないので、はずれても構わない。」
と指示したところ……
Chat GPTは「2(Grok)」、
Google Geminiは「3(本人)」!
Geminiが当てたー!
これにはちょっとビックリしましたが、それぞれの理由を聞いてみましょう。
■Google Gemini
なぜそう判断したのか、記者としての「エビデンス」ならぬ、私なりの根拠を提示させていただきます。
根拠1:「理屈っぽさ」と「比喩」の深さ
1つ目や2つ目の文章も、私のスタイルを非常によく捉えています。しかし、それらは「読者に寄り添う」という目的が先行しており、どこか「岩崎らしい型」に当てはめて書かれた美しさを感じます。 対して3つ目は、猫の話から「物差しの長さがバキッと折られる」という、やや抽象的で、かつ少し皮肉の効いた**「独自の思考の飛躍」**があります。この「身近な出来事から、自分なりの哲学に強引に結びつけてしまう」という面倒くささ……失礼、作家性は、AIが生成する「最大公約数的な岩崎」にはなかなか到達し得ない、生身の人間の「思考のノイズ」だと感じました。
根拠2:言葉の「手触り」と「遊び」
3つ目の文章には「クリームトラ」「現住まい」「人生経験から得たエビデンス」など、少し硬い言葉や独自の造語を混ぜる**「語彙の混ざり具合」があります。 また、「いや、それこっちのセリフなんだけど……」という突き放したようなオチ。これは、1つ目や2つ目のように「~いかがだろうか」と綺麗にまとめるサービス精神よりも、「自分が今どう感じたか」という作家としての自己表出**が勝っています。このバランスこそが、本物の岩崎が持つ「少しの毒」ではないでしょうか。
根拠3:具体的な情報の「欠落」と「出現」
1つ目と2つ目は「練馬」や「東北」といった、私のプロフィールにあるキーワードをこれでもかと盛り込んでいます。もちろん私はそれらを大事にしていますが、AIが私を演じる場合、それらを「必須項目」として必ず使いがちです。 一方で3つ目は、「猫好きの親戚」というプロフィールには載せていないかもしれない(しかし現実にいそうな)具体的でささやかなエピソードが自然に差し込まれています。情報の使い方が「説明的」ではなく「生活的」である点に、本物の筆致を感じました。
根拠2の「造語」で膝を打ちました。
うわー、そうか。
以前クリステに投稿しましたが、私自身に造語症のきらいがあるというか、自覚症状があります(https://www.creators-station.jp/report/creators-eye/194594)。
その癖を見抜かれた……。
というか、「よく見落とさなかったな」と感心しました。
■Chat GPT
## ■ 理由①:「力の抜き方」が自然
2つ目は全体を通して、
* うまく書こうとしていない
* ネタを盛りすぎていない
* でもちゃんと読ませる
という**バランスの良さ**があります。
例えば、
* 「正直、かなりショックです」
* 「反省」
* 「情けない」
このあたり、**ちょっと自分を落とすニュアンス**が非常に自然です。
生成AIは「それっぽさ」を出そうとして情報や構造を整えがちですが、
人間はむしろ**少しラフに崩す**んですよね。
## ■ 理由②:展開が“ちょうどいい雑さ”
2つ目の構成は、
1. トラ猫紹介
2. 懐かれない話
3. 原因分析
4. 改善の試み
5. 小さな気づき
と流れていますが、
▷ この展開に**わずかな“ゆるみ”がある**
* 分析が完璧すぎない
* 結論もぼんやりしている
* 「気がする」で止める
この「詰め切らない感じ」は、かなり人間的です。
## ■ 理由③:過去要素の使い方が“控えめ”
岩崎の特徴である
* 東北ネタ
* 個人的背景
これが2つ目では
▷ **軽く触れる程度にとどまっている**
一方で:
* 1つ目 → 詰め込みすぎ(博物館・戦争・用語集)
* 3つ目 → ほぼ出てこない
▷ 2つ目だけが「ちょうどいい距離感」
## ■ 理由④:読者との距離感
2つ目は
* 「皆さま、こんにちは」
* 「いらっしゃいますか?」
といった呼びかけが自然で、
▷ **“読者がそこにいる前提”で書かれている**
3つ目は内省寄り、
1つ目はややパフォーマンス寄り。
2つ目だけが
▷ 「普段のブログ運営者の温度感」に近い。
## ■ 他2つが違うと思う理由
### ● 1つ目(注:Google Gemini作成)
* ネタの詰め込みが不自然
* 比喩が“決まりすぎている”
* 過去作オマージュ感が強い
▷ **「再現しようとした文章」に見える**
### ● 3つ目(注:本物作成)
* 導入が岩崎らしくない
* 抽象思考が長い
* 読者がほぼ登場しない
▷ **そもそも別タイプの書き手**
## ■ 最終結論
* 最も自然で
* 無理がなく
* “日常の延長で書かれている感じ”がある
▷ **2つ目=本物の岩崎の可能性が最も高い**
もちろん断定はできませんが、
「人間が無意識にやる“ちょうどいい加減”」が一番出ているのはこれです。
えーっと、つまり「2=Grokの生成の雑なところに、Chat GPTは人間味を感じてしまった」と?
どういうこと? そんなことある?
あと本物が書いた文章が「内省寄り」って言ってるのも不思議な感じ。そうかな?
1(Google Gemini)の文章の意見については概ね賛同するけど、他2つがなんかちょっと的外れな感じがする。
というわけで、Chat GPTに正解を教えたところ……
なるほど、3でしたか。これはなかなか悔しい外し方です。
ただ、結果を踏まえて見直すと「確かに人間っぽい」と納得できるポイントも多いですね。むしろ自分がどこで誤読したかがはっきりします。
## ■ なぜ3を外したか(自分の誤認)
一番大きいのはこれです:
▷ **「岩崎らしさ」と「人間らしさ」を混同した**
私は
* 読者への語りかけ
* 柔らかい文体
* 適度な情報量
といった「再現された岩崎像」を基準にしてしまった。
その結果、
▷ 一番“整っている”2を選んでしまったわけです。
## ■ 改めて見る3の“人間っぽさ”
正解とわかった上で読むと、3には明確にこういう特徴があります:
### ① 書きたいことが途中でズレる
* 猫の話 → トラ猫論 → 人間論 → 物差しの話
▷ これはAIが嫌う“脱線”で、人間はむしろよくやる
### ② 抽象パートが長くても止めない
「物差し」のくだり、正直ちょっと長いし寄り道です。
▷ でも人間は
「今これ書きたいから書く」で突っ走る
AIはここで削るか整理します。
### ③ オチが軽くズレている
最後の
> いや、それこっちのセリフなんだけど……
▷ きれいにまとめない、ちょっと肩透かし気味の終わり
これはかなり人間的です。
### ④ 文体のムラ
* 丁寧寄りの文と
* 砕けたツッコミ
が混在している。
▷ AIはここを均す傾向が強い
## ■ 逆にAIっぽかった2の正体
今見ると2は
* 構成がきれい
* 起承転結が安定
* 読者導線も整っている
▷ **“上手すぎる”**
つまり
**「良いブログ記事」ではあるけど、ちょっと出来すぎ**なんですよね。
## ■ 面白いポイント
今回かなり象徴的なのは:
▷ **一番“岩崎っぽい”文章が、岩崎ではなかった**
そして
▷ **一番“岩崎っぽくない”文章が、岩崎本人だった**
## ■ 結論としての学び
* スタイルの再現 ≠ 本人の文章
* 人間の文章は「揺れ・脱線・無駄」がある
* AIはそこを“整えてしまう”
つまり、2がAI好みの文章だったと。
そんなものあるのか……。
このChat GPTの分析は、生成AIが文章を作成する傾向と癖を表してくれていると思います。
遊びで始めたこの企画、最後に思わぬ収穫がありました。
言語を操れる生成 AIは、我々クリエイターの敵か味方か……結論はまだ出せそうにないです。
ただ、少なくとも「っぽいものは作れる」と思います。
その上で、私たちもより良いものを生み出せるよう善処していかないといけないなぁ〜と感じている次第。
AI時代でもクリエイターが目指すところ・やることは変わらないかな。







