双子の惹きつけ合う宿命的な磁性、ミュージカル「ブラッド・ブラザーズ」
※写真はミュージカル「ブラッド・ブラザーズ」の一場面(提供・東宝演劇部)
双子にはとかくさまざまな都市伝説が付きまとう。例えば双子には、親から教えられる言語とは別にお互いにしか理解できない「秘密の言語」があるとか、同じ場所や空間に居なくてももう片方に起きたことに気付くとか…。中には科学的に証明できることもあるが、ほとんどは単なる思い込みや根も葉もないうわさ、迷信のたぐいだ。
しかし、人々が双子の間のきずなや互いを惹きつけ合う宿命的な磁性にロマンを抱く以上、それは物語のかっこうの材料となる。生き別れた双子が、裕福な呉服商の一人娘と郊外の村の娘として成長した全く境遇の違う2人として祇園祭の夜に出会う川端康成の「古都」や、サマーキャンプ場で偶然出会った相手があまりにも自分に似ていることに気付いた2人の少女が、さまざまないたずらを仕掛けて秘密を探ろうとするドイツのエーリッヒ・ケストナーの児童文学「ふたりのロッテ」など名作も多いが、比較的現代の英国・リバプールを舞台に描いたミュージカル「ブラッド・ブラザーズ」もこうした流れの中に位置づけられる作品。日本でもたびたび演じられているが、新たに注目の若手俳優によるダブルキャストと演技派の元タカラジェンヌ同士の奇跡的な初共演という話題を引っ提げ、上演されている。
双子の物語が持つ時代を超えた普遍的な意味合いと、現代的な社会批評的設定が組み合わされた物語を生み出したのは、英国の俊英、ウィリー・ラッセル。元美容師でフォークシンガーでもあったが、1970年代に戯曲を書くようになり、「リタの教育」「シャーリー・バレンタイン」で世界的な劇作家となった。
「ブラッド・ブラザーズ」は1983年に初演された。子だくさんの家の母親だったミセス・ジョンストン(安蘭けい)は、生活費を稼ぐため裕福なライオンズ家の家政婦として働き始めた。ある日、ジョンストンが双子を生んだことを知ったライオンズ家の奥様ミセス・ライオンズ(瀬奈じゅん)から「ひとり譲ってくれませんか」と禁断のお願いを持ち掛けられる。ライオンズ夫妻は子宝に恵まれていなかったのだ。苦悩の末、双子のうちエドワード(山田健登・島太星)をライオンズに託した。それがすべての始まりだった。
貧しいジョンストン家の息子マイケル(小林亮太・渡邉蒼)と裕福なライオンズ家の勉学優秀な青年エドワードとして育った2人はある日、運命的な出会いを果たす。双子物語としてはお約束の展開なのだが、この物語にはナレーター(東山義久)という存在がいて、産婦人科医や通行人などさまざまな存在として物語という名のステージに登場しては、まるで悪魔のように不穏なことを言っては去っていく。このために徐々にダークな予感も絡み始め、登場人物も観客も宿命の中に取り込まれていく。
小林は2.5次元ミュージカルからメガミュージカルまで幅広い出演経験を持ち、渡邉は子役出身で話題の映画や舞台でよく見かける実力派。山田はテニミュ(ミュージカル「テニスの王子様」)にも抜擢されたシンガー・ソングライター&ダンサー。島はボーイズグループで磨いた歌唱力を武器にミュージカルでの出演を続けている。4人いずれもが成長株で、キャスティング担当者のセンスが光る。
そして演劇ファンにとってたまらないのが、安蘭と瀬奈の初共演。ともに宝塚歌劇団の元男役トップスター(安蘭は星組、瀬奈は月組)で退団も2009年と同じでありながら、共演がなかった2人の息は感動的なほどぴったりで、2人が歌うナンバー「我が子」は互いがわが子に抱く母の愛情を多彩に表現している。実質的にはこの母親2人が主人公だと言ってもいいだろうとさえ思わせる。
皮肉なことに真実を知らない双子たちはどんどん仲良くなり、母親たちの不安は深刻なものに。破局の予感が漂い始めたころ、すべてのバランスが狂い始める。
このミュージカルには双子の問題だけではなく、英国の階級社会、あるいは貧富の差という社会課題が色濃く盛り込まれている。これまで日本を含めて世界中で上演されてきたこの作品。今回の公演がより特別な味わいを持つのは、日澤雄介の演出によるところが大きい。
日澤は主宰する劇団チョコレートケーキで社会派の作品を連発し、鋭い問題意識を演劇というステージで表現してきたツワモノ。作者のラッセルが作品に込めた核のようなものを的確にとらえ、終盤はとりわけはらはらさせるエンターテインメントに徹した展開のテンポも加味して、観客の心を着実につかんでいた。
ミュージカル「ブラッド・ブラザーズ」は2026年4月10~12日に大阪市のサンケイホール・ブリーゼで上演される。これに先立ち、3月9日~4月2日に東京・日比谷のシアタークリエで上演された東京公演はすべて終了しています。







