シワをのばしつづけた功労者

宮城
ライター
KIROKU vol.22
佐藤 綾香

 

16年使っていたアイロンが壊れた。

ある朝、シャツにアイロンをかけたかったのに、それは暖まることなくそのまま息途絶えた。

なんの前触れもない、急な出来事だった。

 

何度スイッチを入れなおしても暖まらなかったので、その日の朝はパニック。

これから仕事に行くのに、シワクチャな服で出勤するだなんてすごく嫌だ。

しかしアイロンは動かないから仕方なしと、比較的アイロンをかけなくてもちょっと大目に見てもらえそうなレベルの服を急いで探した。

結果、買ったばかりでまだ洗濯もしていないシャツが一番マシだったので、背に腹はかえられんとばかりにそのシャツを着た。

 

 

そうして会社に到着して第一声。

シワが少し残るシャツで出勤したわたしは、だらしないとおもわれたくなくて、隣の席に座る同僚に「今朝アイロンが急に壊れてシワシワのシャツで出勤してます。いま、わたしはどんよりした気持ちでいます」と伝えて先手を打った。

そうすると同僚は、「そういう加工のシャツかとおもいました」と一言。わたしは「このひと、めちゃくちゃいいひとだ」と感心していると「何年使ったんすか」と同僚が尋ねてきた。

「あ〜、大学生の頃からだから……16年ですかね」と答えると、「じゃあ寿命っすよ」との見解も示した。

続けて同僚は「ちなみにいま着てるこのシャツはアイロンしなくていい、ノンアイロンシャツです。だから洗濯して干したやつをそのまま着てきました」と一言。

「なにそれかっこいい、それ買えばアイロン買う必要なくなるじゃん」とおもったけれど、仕事以外でも、シャツ以外も、シワをのばしたい服がわたしにはあるんだから、どうしたってアイロンは買わなきゃいけない。

 

ところが、「16年使った」と口に出してしまったからか、それほどなかったはずの愛着が湧いてきた。

自覚があるほど、最近周りには「衣類スチーマーほしい」とやたらつぶやいていたから、それがアイロンにも伝わってしまったんだろうか。

そもそも、アイロンを捨てるとしたらは「燃えないゴミ」の日に出せばいいのだろうか。……ゴミ、かぁ。

長い間、いつも当たり前に使っていたアイロンが壊れて初めて湧いてきた愛着。

「捨てたくない」という気持ちが芽生え、壊れたアイロンとの思い出についてグルグルと考えて浸っているけれど、結局は買わなきゃいけないし、捨てなければいけないのだ。

友人と遊ぶ前にお気に入りのカットソーやTシャツのシワをのばしてくれたアイロン。

仕事前にシャツやズボンのシワをのばしてくれたアイロン。

デート前にハンカチやワンピースをのばしてくれたアイロン。

 

思えば、わたしはアイロンでシワをのばす、という行為がとてもすきなことに気がついた。

シワがきれいにのびていくのを見るのも、シワ取りスプレーをしたあとにアイロンでシワをのばしている間に出る匂いもすき。

急いでいる朝はたまに面倒だとおもうこともあるけれど、アイロンをかけてシワをのばすことで一日が始まるスイッチが押されていたし、清々しい気持ちになっていたことはまちがいない。

 

「絶対にこのアイロンがほしい!」というこだわりがあって手に入れたわけでもない。

単に安かったから手に入れたまでのもの、それだけのはずだった。

だけど、積み重ねた年月はそんな適当な気持ちを超えて「愛」になってしまうほど、重いものなのだろう。

 

次に購入するアイロンも、特にそれほどこだわりはない。

安くてある程度いいものなら、それがいい。

次のアイロンもきっと、勝手に愛着が湧いてくるのかもしれない。

とにかくわたしは、シワクチャな服が溜まりに溜まっているので、はやくシワをのばしたい。

 

 

プロフィール
ライター
佐藤 綾香
1992年生まれ、宮城県出身。ライター。夜型人間。いちばん好きな食べ物はピザです。

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